第13話 元幹部連続暗殺事件

 その次の日の昼にはアイリスは出発し、夕方には、それぞれの班がそれぞれの任務を終えて≪地精の墓標≫へ戻ってきた。

 各員が集めてきた情報を元にウィルが計画を練り、丁寧に確認し、少々訂正などをした後、ウィルは静かに行動開始を告げた。それを契機に、彼らは素早く出動していく。ラズとウィルと第三班はクラフナー公宅へ、アレンと第四班はアーヴィンズ公宅へ、エリディアと第五班はビズー卿宅へ。各々が地上に出たのはすでに暗くなった頃で、空にはいくつもの星が輝いていた。



 裏にちょっとした林を所有し、それから庭を挟んで、広いが質素な屋敷が建っている。

それがクラフナー邸だった。両サイドには、また別の貴族の館が隣接している。周囲に気取られずに侵入するには、林で敷地外からの目を遮られた裏側から、という経路がまず挙げられるだろう。しかしそれを屋敷の主人も分かっているようで、警備員を三人、裏庭の見回りにつけてある。表の門には、二人。

 以前は、警備員などこの国内のどこの貴族の屋敷にも見られなかった。それが、原因不明の王族失踪事件を契機にちらほらと増え始め、解雇された重臣が数人、何者かによって暗殺された後はほぼずべての貴族の屋敷が警備員を雇ったのだった。

 国民の間には、王城は賊に乗っ取られたのだとか他国の侵略を受けたのだとか、国王夫妻が表に顔を出さなくなったのは監禁されているからだとか、近衛兵たちは国王夫妻を棄てて侵略者に寝返ったのだとか、そういった色々な噂が流れていて、皆日々を不安に過ごしていた。

 ──表には、ほとんど情報が流れていない。

 城に行ったまま、自宅に帰ってこない上に連絡の一つも寄越さない、王族たちや、使用人たち。どこへも顔を出さなくなった国王夫婦。王室近衛兵団の変貌。そんな状況だけは理解できて、人々はこそこそと憶測を並べるくらいしかできない。

 増税の布告などをするのは近衛兵や軍隊だった。軍は触書などの形で下される命令にとまどっている様子だったが……。

 ともかくウィルは、いったん裏手に回り林に身を潜めて目標の屋敷を見つめながら、小さく合図をした。≪望月衆もちづきしゅう≫の七人は暗闇の中、無音で南隣の屋敷の壁へとはりつく。こちらの屋敷では、クラフナー邸からは反対側が、何とか警備員の死角になり得るという調べがついていた。この屋敷の警備員は規則正しく巡回するのである。そして数秒だけ、南の壁がまったく警備の目から外れるのだ。このような隙が残っているところは今までが平和であった証明なのかもしれない。

(微風よ、我を助けて空を掴ましめたまえ)

 ウィルはこっそりとそう唱えた。手はず通り、皆同様にそれぞれの〈浮遊の呪文〉を唱えていた。七人が七人ともその場にふわりと浮き上がり、あっと言う間に屋根上に至る。皆訓練により無音で走ることも可能だが、用心するに越したことはない。浮遊したままクラフナー邸の屋根へ乗り移った。そして目星を付けていた、廊下の端にある窓の上まで来る。第三班のうち一人がその窓に取り付き、念力で音も無く開錠し、侵入を果たす。すぐそれに皆続く。下にいる人間に見咎められないよう、ここまでをほんの数秒で済ませた。

 ここで皆〈浮遊の呪文〉を解除して床に降り立ち、大所帯で足音も立てずに移動する。そして警備の目をかいくぐりながら、時には〈就眠の呪文〉をけしかけもして、滞りなく二階まで下りた。この階の四つの部屋が、一家の寝室になっている……。七人は三、二、一、一に分かれてそれぞれの部屋へ向かった。あまりに呪文を使うと疲労するので控えるべきだが、警備がひときわ厳重なこの階では仕方ないので〈就眠の呪文〉が大活躍である。

 ウィルと第三班の二人は、ドアの前で半分眠りそうであった警備員に本当に眠ってもらい、静かにドアを開いた。すると。

 ひたり。

 先に部屋に足を踏み入れたウィルの喉に、短剣の刃が押し付けられた。

「……誰も傷つけてはおらぬようだからな、このまま大人しく帰れば許すぞ」

「…………クラフナー公……」

 気配がドア付近でしたのでもしやとは思ったが、恐るべきことに公は侵入者に気付いていたようである。

「お、落ち着いて下さい、公……! 我々は近衛兵団の者です……!」

 自分が刃を突きつけられている訳ではないとはいえ、さすがに慌ててラズは言った。

「痴れ者が。その制服を着ていればその素性はそれか、ただの真似か、どちらかしか想像できんだろうさ。どちらにしろ、近衛兵団がおかしくなったのは知っているぞ。近衛兵が要職を外された者の家でこそこそと何をしているというのだ」

 そう言いながら彼はますます短剣を握る手に力を込める。

 だが。

 次の瞬間ウィルは身を引きながらクラフナー公の腕をねじりあげていた。

「ぬぅ……ッ」

 苦悶の声と共に、公は短剣をとり落とす。音が立つことを嫌って、短剣が床に接する前に、第三班員の彼女がすばやくその柄をかっさらう。

「我々は、貴方に危害を加えたくてここにいるのではありません……」

 そしてウィルは腕を放し、元財務大臣クラフナー公に、とつとつとことの次第を語りだした。今この国の実権を握る者(国王だとは言いたくなかったために敢えて言わなかった)から彼の暗殺命令を受けていること。自分たちが従順に命令を実行したフリをするために、標的にされた人々には自分たちがそれぞれ用意した郊外の屋敷に、一時的に逃げてもらいたいということ。前回起きたとされる暗殺事件も、そういうものだったということ。今から公とその家族を、隠れ家に連れて行きたいと思っていること。〈浮遊の呪文〉や〈跳躍の呪文〉での移動が多いので、持ち物はなしでお願いしたいこと。生活用具は隠れ家にすべて揃えてあること……これらは匿った後に、公たちが目を覚ましたら説明しようと思っていたことだった。全員眠っているうちに更に〈就眠の呪文〉で駄目押しをしてことを行う予定だったのである。

 公は、怪訝な顔をしながらも、しっかり話をきいてくれた。

「我々を、信じて頂けますか?」

 少しだけ、彼は考えている様子を見せた。

「……ひとつ、聞きたい」

 沈黙を終わらせた第一句は、質問を欲するものだった。

「私の暗殺を命じたのは────やはりガルフォート様なのか?」

「────」

「そうか。いや、いい。分かった……」

 無言で表情を青ざめさせた二人を見て、彼はそのことを確信したようで、ふっと引きつった笑顔を浮かべた。

「すまなかったな。刃を向けたりして。後は任せる……」

 三人は手早く血糊を使い、それらしく部屋を赤で染めた。

 同室ですやすやと眠っていた奥方には眠ったままでいてもらい、魔力の強い彼女が一人で抱えた。魔力の弱いウィルとラズが二人でクラフナー公を支える。他の部屋で眠っている公の子供三人に対しても同様のことを行い、魔力の強いものは一人、弱いものは二人がかりで運ぶよう当てがわれていた。そして他を待ったりはせずにそれぞれで隠れ家を目指すよう言ってある。

((微風よ、我らを助けて空を掴ましめたまえ))

 一度屋根に上がってから、ウィルとラズは全く同時に同じ文言を唱えた。通常、呪文というものは個々人によって違うものなのだが、この場はウィルのものに合わせることにした。複数人数を支えられない弱い魔力を補うために、二人がかりで呪文を発動させたのだが、それにはそういった言葉合わせが必要だった。そして文句を「我ら」にすることによって三人すべてに呪文が働くようにしてある。そうしなければ人を抱えての移動となり、その重さで疲れてしまうからだ。

 彼女の方も周囲への警戒を怠らずに奥方を抱えて空を走った。タイミングを計って難なく隣家の南壁の影に隠れ、間髪置かずにその場から離れる。ウィルたち三人も同じである。

 そうしてクラフナー一家を安全な隠れ家まで運び、公に隠れ家についての説明や、無闇に屋外へ出ないようになどの忠告をしてシアンに帰ろうとした頃には、東から下弦の月が昇り始めていた。


≪地精の墓標≫に辿りついた頃には皆へとへとで、全員が帰ってくるまでに、ウィルはついうとうとしていた。気付けば周囲は、『つ、疲れた……一晩中走ったり飛んだり跳んだりはやっぱきついわ……』『それだけならまだましだぜ……ビヅー卿、これだけは置いていけないのです……とか言ってニコニコ笑いながらクソ重てぇ箱抱えてさぁ……あぁぁああお優しいあのお方の頼みなんてお断りできる訳もなく~』『今日はゆっくり寝る……もう夕方まで寝てやる……絶対ぇ起きねぇ……』『てか起きれないわ……』などといった愚痴で溢れかえっていた。

「……おー、皆無事に帰ったか……? うまくいったか……?」

 伸び上がりながらウィルは呼びかけた。そこここで成功と無事を伝える疲れた声があが

る。一応人数を確認してから彼は言った。

「では、今日は解散! 救援物資運び等の詳細は明日夕刻集まってくれ! 以上!」

 規定通りに歩けば地上まで二時間以上かかってしまうこの遺跡である。わざわざ内部に寝所が設置されているのは、このような状況が多々あるためであった。

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