蒼穹の少女

第1話 少年少女と無法者


「……さて、結界石の配置は完璧?」

「当たり前だ」

「……じゃ、行きますか」

「おう、後で会おう」

 大小合わせて四つの影が、二手に分かれて音もなく行動を開始した。

 そこはとある森の、とある場所。そろそろ夜も更けようという時間。

 落ち葉や枯れ葉、枯れ木、枯れ枝などの吹き溜まりか、ゴミの塊のようになっている場所を目指して、二組はそれぞれほんの十数歩の距離を走った。

 出入り口は見た目そうとは判りにくい二ヶ所に設えられているようだった。表側に二人、裏側に一人、見張りらしい人物がその内側に潜んでいる気配を四人は捉えていた。

 そして。

「──ッ」

 表裏それぞれの見張りは、二人ずつの不審人物をそれぞれにみとめ、何らかの声を上げようと口を開きかけた。しかしその見張り三名はあっけなく地に沈んむ。

 二組は難なくゴミの内部に侵入を果たした。そして内部に居た者たちが侵入者に気づく前に、四人は襲いかかる。

 このゴミの塊のようなモノは、盗賊団のアジトだった。

「何だテメェらァ!」

 驚き半分、憤り半分でがなりたてる連中に応える代わりに、次々と戦闘不能に陥らせてゆく。侵入者たちのそのスピード、技術、連携はどれも並外れていた。

「くそガキども!」

 ただの小さな子供にしか見えないその少女に、戦斧の一撃を与えようとする男。

 少女はおかっぱくらいの長さの髪をなびかせて回避行動をとろうとするが、その前に、側にいた仲間が身を翻しカバーに入る。

 ガキィン!

 鈍い音がして、男の斧と彼の長剣がぶつかり合った瞬間、男の斧が砕けた。

「……あまりいい獲物ではなかったようだな」

 ぼそりと呟かれ盗賊は青筋を立てるが、ふいに意識を手放す。

 少女が剣の鞘で背中の一点を強打したせいで、急激に呼吸困難を起こしたようだ。

「ありがとうございます。前髪が揃っちゃうところでした」

 危機感も何もあったものではない科白せりふに盗賊たちは苛立つ。だが少女のいでたちとこの機動力を目の当たりにし、迂闊に攻撃できない。

 青みがかった銀色の髪と、深いサファイアブルーの瞳に、水色の爪。これらの色素は何らかの精霊の、しかも強力な加護を受けているという証にほかならない。

「おいてめーら! あのガキなめんな! 強ぇ!」

 賊のリーダー格らしき男がそう叫ぶ。

「どぉ? 生きてる!?」

 少し向こうの方で、黒い巻き毛の女性がそう叫んでいるのが聞こえた。

「あぁ」

「はい!」

 二人はほぼ同時に叫んで返し、また一人ずつ盗賊を昏倒させる。

「生きてるわね! お互い近くにいるってコトは、もう結構倒したってコトね!」

 そんな声と共に、黒い巻き毛の女性が三人ほどを一気に風系の術で吹き飛ばしていた。その台詞に盗賊たちが明らかにぎょっとしたのが分かった。子供相手と侮っていたのに、気付いたときにはほとんどの盗賊が失神して床に転がっていて、敗北を確信するしかない。

 その雰囲気を感じて四人は心中でニヤリとした。

「そろそろちょうだい!」

「分かってる……っらあああああああッ!」

 金色の髪を短く刈りそろえた彼は、応えるように力任せにその獲物である大槍を振り回した。旋風が巻き起こり身の危険しか感じられず、悲鳴を上げながら、盗賊たちは我先に外へ逃げ出した。

 それを追う形で四人も外へ出る。

 バリバリバリッ!!

 ゴミ山を出てすぐに見えない壁に衝突して感電し、ひとたまりもなく倒れていく盗賊たち。

 雷系の魔力を宿す魔石を理に従って配置することによって生まれる、放電する結界。そのありさまを見て残った者は戦意を失うように膝をつく。

「情けねぇなぁおい」

 そう言いながら、男が一人ゴミ山から出てくる。それを予想していたのか四人はすでに彼の方を見ていて、待ち構えるように並んでいる。

「あら。仮にもお仲間なんじゃないの?」

 皮肉のように巻き毛の女性が言うと、

「仲間さ。だからこそ愛着もって言ってんだよ」

 彼はため息をつきながら、仲間たちの様子を眺め、ぼやいた。

「全部おめぇらの計画通り、ってか?」

「まぁね。だから、足掻くのやめて大人しく捕まってくれないかしら」

「はン。おめぇらが何なんだか知らねぇが、ガキにココまでやられといてハイそうですね、じゃ終われねぇんだよ俺は」

「伊達に盗賊団の頭はってるわけじゃねぇってか」

「そういうことだ」

「その意地はあまり理解できないが──つまり大人しくする気はないということだな?」

 碧色をした瞳を光らせて、艶やかな黒髪を背中に流している少年が、構えながら言う。

「分かってるなら来いよ」

 頭目の言葉に乗り、黒髪の彼は踏み込んで間合いを詰める。

 ギィン!

 二人の獲物がぶつかり合う澄んだ音が響いた。

 盗賊の方はずんぐりした中途半端な長さの剣を、意外に器用な手つきで振り回す。

 横から素早く繰り出された黒髪の彼の剣をすんでのところで受け止めると、手首を返して受け流しながら押し返すように刀身をなぞり(耳障りな音が響く──)、一瞬で間合いを詰める。そのままであれば相手はこの一瞬獲物を封じられた上懐ががら空きになるところだが……黒髪の彼の方が一枚上手だった。

 勢いに逆らわずそのまま身体を反転させ、逆に盗賊の切っ先を絡め取る。

「……どこかで剣を習ったのか」

「昔な!」

「だが……甘い」

 次の瞬間、

 バキィッ

 盗賊の剣は黒髪の彼に弾き飛ばされた。

「勝負はついた。今度こそ大人しくしろ」

「ちッ!」

 盗賊は舌打ちしたが、しぶしぶとだが大人しく従った。これ以上あがいても敵わない上に意味が無いと判断したのかもしれない。

 全員を縛り上げると、巻き毛の女性は他の三人に結界石を回収してきてくれるように頼み、懐から小さな宝石を取り出した。

「……サルヴィア先生、終わりましたよ。こちらに怪我人はありません」


「うっす……悪ィなサラ。お前まで大目玉食らうなんてよ……」

 翌日教室に現れるなり、昨日大槍を振り回していた彼は青い少女に謝った。

 昨晩の盗賊狩りは、養成所卒業試験の実戦実技だ。卒業試験をのに特に年齢制限はないが、サラ──青い少女は、学びたいことがまだ多く、その受験資格を獲得してはいない。

 だが三人クラスメイトは、十一歳ながら養成所の最高クラスにいるこの後輩を、気に入っている上に高く評価していた。それゆえ何の心配もせず、それどころか、教授にこの少女の実力を再認させて卒業資格をもらおうなどと考え、連れて行ってしまったのだ。しかし、その思惑とは真逆に、担任の教授には散々怒られることとなった。盗賊を連行してもらうために先生が引き連れてきた、あの村の警察がびびるほどに大きな声で。

「はい? ……いえ別に? わたし面白半分でしたから、怒られても仕方ないですよー」

 本当に気にしていなさそうな少女の笑顔に安堵し、その一方で彼は先ほど廊下で耳にした不穏な噂を皆に伝えたくてうずうずしていた。

「そうか……? まぁ、気にしてねぇならありがたいけどよ……それとな、お前ら妙な噂を聞かなかったか?」

「……妙な噂? ……そういえば先週誰かが教授の誰かに喧嘩うってあっさり返り討ちにあったとかっていうのを聞いたわ」

「は? イヤ待て。そっちはそっちで気になるが……そんなスケールの話じゃねぇ」

 巻き毛の女性が本当に妙な噂を持ち出してきたが、それは大槍の彼にとっては見当外れだったようだ。

「隣の大陸で、急に政治情勢が怪しくなった国があるらしい。それでこっちに攻め込んでくるコトを想定して、戦力増強にかかるとかって……養成所卒業生は問答無用で国軍に配属されるって噂だ。卒業試験真っただ中の俺らにとっちゃ、不穏な話だろ」

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