第12話 こうして彼女はやって来た
「悪い、実は頼みごとがあってな……」
他に人の気配がなくなって初めて、ウィルはそう切り出した。
年若い六班の一同は、皆不思議そうに首をかしげたり、眉をひそめたりした。
「私的なのか公的なのかもよく分からん頼みごとだが……お前らと似たような境遇の人間が、一人増えることになった」
「はい……?」
五人が五人とも怪訝な顔をした。
六班の人間は一様に皆未成年であり、何らかの事情で家族と別れた者ばかりである。
「……皇妃は今……以前とは変わってしまわれたのですよね……?」
少年──ロノがそう問うたのは、国内で様々な事情により家族と別れた未成年を保護していたのが、他ならぬ現在の皇妃だったからだ。その皇妃が今や、大きく変貌してしまったのだという。つまり今もまだその事業を行っているという保証はないということだ。
……慈善事業といったものは、教会などが行う場合が多い。それを考えれば特にその事態がおかしなことではないと、この国のことを知っている人間なら納得できるだろう。何故なら、この国の中では王宮が教会的役割を持っていたからだ。月を信仰しているこの国では、代々アメジストのような瞳をもって生まれてくる王──皇帝の一族を、月の精霊の化身として崇めているのである。月の精霊に関する色として挙げられるのが紫や銀色などであるためだろう。ちなみにもちろん、現皇帝の瞳も美しい紫である。
そして六班の五人はほとんど全てその施設出身なのだった。
「今もまだ、施設は生きているのですか……?」
「いや、これはクリス様とは関係ないんだ」
ウィルはあっさりと否定した。
「その子の両親と俺は結構仲がよくてな……個人的に十年くらい前に頼まれたんだ。だからあの施設の一員になるわけじゃない。あとはまぁ、その親二人がな……二、三年前に会った時には、その子はそのうち充分実践で活躍できるようにはなれそうだから、預かってもらえる代わりに組織の一員にしてくれて構わないとか言ってな……ただ、問題はその子が、まだ多分十一歳くらいなんだよな……」
「ちょっと待ってください、十一で実戦要員って、何ですかその親御さん」
解せない、というような、しかも少し悲しそうな顔をして、ロノは問いかけた。しかし。
「……死んだらしいんだ」
ウィルの答えは充分すぎるほどの理由を持っていた。同時にそれはウィルと親しい人間の死の意味も含むもの。
「…………す、すみません……!」
「いや、何謝ってんだ? 最初に俺が『似たような』とか言っただろ」
「あの……『らしい』というのはどういうことですか?」
「……あぁ、すまん、最初から全部きちんと話そうか」
ウィルは苦笑しながら、ゆっくりと話し始めた。
「その子の両親は、もとはこの組織にいたんだ。十年前に、その二人は結婚して組織を抜けた。みんなは結婚自体が理由だろうと思っていたようだが、本当の理由は良く分からん。ただグレン婆は承知していた……というよりも、何だか後押ししていたような感じだったんだが……まぁ、結局よく分からんのは一緒だ。どうやら数年に一回グレン婆の所に訪ねてきていたようだったから、ますます気になるところで……まあどうせなんか危ねぇ橋でも渡ってたんだろうよ。んでさっきも言ったように、俺に自分たちの子供に関して、もし何かあったら頼むと言ってきた。自分たちがこの世にいなくなった可能性が限りなく百パーセントに近くなったら分かるような装置まで渡してな……。そして先日その装置がそれを告げた。あの二人が鍛えたってんなら、親権受け取って、独りで立てるようになったら自由に生きればいいだろうと思ってたんだが……グレン婆がここに連れて来いと言った。だから俺はその子を迎えに行かなきゃならん。だが今のこの状況では厳しい。だから……誰かに代わりに行ってほしいんだ」
「どうして死んでしまったと決められるのですか? 子供の将来を託されるくらいだ、かなり仲が良かったのでしょう? 生存の望みくらい……」
だがその疑問はあっさりと却下される。
「……エリシエル=ランカスターとジエライト=スノークロスの名、一度も聞いたことがないか? よく奇術師とか何とか言って誰か茶化しているだろう?」
何か便利なものが欲しいとかそういった怠けたような気分になったときによく年長組が口にするのは、『あー、あの常識無視の小僧がいたらちょいちょいっとか造ってくれそうなのになぁ』『いねぇもんは仕方ねぇだろ。今頃一緒にバカップルやりながら行商でもしてんじゃねぇか?』というような冗談交じりの散々な茶化しだった。
「……亡くなったというのは……その人たちのことだったのですか……?」
どうやら彼は数回聞たことがあるらしい。それで印象に残っているようだ。そのためかなり驚いている。
「僕も聞いたことあります……本当に作れるんですか、とか聞いたこともあるんですが……実際に何でも造れるわけじゃない、神サマじゃあるまいし、とか、でもそれくらい何でも造れそうに見える人だった、とか……要するに天才技師だったんですね……?」
「……その装置の精度は、かなり高い、と……」
シリウスとセリシアが難しい顔をして俯いている。
生存を信じたいのは山々だったが、その夫婦の技術がそうさせてくれない……エリシエルとジエライトというその魔法技師の持つ技術が、それほど信頼されているのだろう。
「あぁ、発想は突飛だが腕は信じられた……だから、本当なんだろうさ……」
ウィルの表情には得も言われぬ影が差していた。
「ウィルさん……」
セリシアが心配そうな目を向ける。
「本当は、自分で行きたいんだ。……だがな……俺は責任者だ……勝手な個人事情で、こんなときに動く訳には……」
珍しく暗い顔をしている組織の隊長に、どうしてよいものか分からなくなり年少組は少し慌てた。
「私が行きます。全員で行ったりしても人員が不足するのでしょう?」
名乗りをあげたのはアイリス──六班の班長だった。
「……すまん。……情けねぇよなぁ……」
「仲間の死をそれだけ思える人の方が、人間味があっていいんじゃないの?」
セリシアが言う。
「……はは、お前に慰められてちゃ世話ねぇやな」
ウィルはそう言って苦笑した。
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