第50話 大莫迦者と大きな杖
「大
そう言ったアイリスの無表情はなんだか恐ろしい。
「お前のせいでどうなった」
セリシアはただ泣いていた。
ふとサラの方を見ると、ほとんどの者が魔法を剣に吸収させたところらしく、その刀身がサイケデリックな色に輝いていて、サラは安定して構えるのに必死な様子だった。
シールの方は相変わらず大魔法を雨のように降らせている。
「サラ……行って!」
泣きながらセリシアが叫ぶ。……シリウスから指示を引き継いだように見えた。
サラは言われた瞬間一気に踏み込み、放たれた矢のようなスピードで──おそらく大量の魔法によって剣が強化されたためだ──魔族に斬り込んだ。市民たちにその移動はまったく見えなかった。瞬間移動したように見えたと思った時にはもう魔族は長剣に刺し貫かれていた。
最期は、悲鳴すら無かった。
長剣が爆発するように白い輝きを放つ。魔族の身体は灰となり散り、本体である精神体は虹色の泡となって消える。
その様子を目にして、全員が肩の荷をおろすように気を抜く。
「やっと、倒した……のか?」
「多分な……」
アイリスが疑い深い
「セリ、分かるか」
「うん。……魂がはじけた、から、あれで終わりみたいだよ。……だけど、本体が分散し、た、だけだからっ……そのうち他所で、別の魔族の、一部になるんだって」
「……それが魔族の輪廻みたいなもんなのかな……」
ラズがげっそりした声を上げた。
「で、正気に戻ったか?
アイリスが無表情に──それはやはりどことなく怖かった──セリに問う。
「……」
セリシアは泣きながら俯いた。
「何をしたか分かっているのか」
「……ううう……」
彼女はぼろぼろと泣いている。
ごん、と、聞き覚えのある音がした。
「うわあああ」
セリは怯えたように声を上げて泣き始める。
その頭には、シールの杖。
「本当に
シールも無表情だった。
「どんだけ兄貴に気遣わせてんだよ。もうあの世でも会えない、あいつには来世もない」
彼はもう一度、馬鹿が、と吐き捨てる。
「……代わりに、あいつのことを一ミリたりとて忘れるな、あいつの存在はお前らの記憶の中にしかもうないんだ」
そしてもう一度、今度は少し軽く、こん、とセリの頭に杖を落とす。
「シャキっとしろ、安っぽいがあいつの代わりに目いっぱい生きやがれ。それくらいしかお前にはできないんだよ。そんだけ釣り合いの取れないことしやがったんだアホ」
わあああ、と、セリシアは声を上げて泣く。こんな泣き方をするなど何時以来なのだろう。
アイリスは少しシールに感謝した。妹に対して怒りはあるものの、もうどうしようもないことに対して怒っても何の意味も無い。どうやって許すかが問題だった。感情的になりすぎて、許す方向に言葉を運ぶことのできる自信は無かったのだ。
「それに……あんな無理な術式組み上げようとするくらいならもっと理に則った魔法の研究でもしやがれ」
セリシアの泣き声は止まらなかった。
「おい、もううじうじするのは後にしろ。んでそん時にいくらでも説教されろ」
シールがぶっきらぼうに言う。
「……こんなのが、まだあと何体もいるんですか」
サラが話題を変えるつもりで肩で息をしながら言った。
小さい頃両親は目の前で魔族をぼろぼろ狩っていたのだが……。
「……ううん。黙示録が魔族に、できるのは、一体だけ。あとは、っその、眷属だから……ここまで、苦労は、しないと思う」
ひくひくとしゃくりあげながらセリシアは言った。
「一体だけ……? 眷属……?」
あの嫌な気配でも『彼ら』はビヅー卿の取り巻きでしかないということなのか?
「うぅぅ……魔族は、魔族なんだけど……あぁ……わかん、ない」
セリシアはうまく言葉にできないようだった。
「魔族の構成なんかはどうでもいいが……眷属とやらも、本当に人間に戻ることはできないのか」
アイリスが表情を変えずに言う。声には少し緊迫した色があった。
「……無理、だね。もし、戻せると……っしたら主神様くらい……なんじゃ、ないかな。でも……神話の通りみたい、だよ……」
「
ラズが考え込む。
「……おい、もう誰も減ってないだろうな……?」
そこに、別働隊だったウィルの声がした。
「不甲斐なく二人も失いましたが……この通り、皆生きてます」
「ウィルさん遅いです」
タイミングが良いのか悪いのか、丁度一息ついたところに一斑を始めとするグループが到着していた。
ミンファの報告とラズのぼやきはほぼ同時に発せられた。
「すまん。……クソ、魔族対策にも力を入れる……知識が足りなすぎた、本当にすまん」
ウィルは心底悔しそうに顔を歪めた。
この部隊は本来帝国内部の諜報機関だ。魔物・魔族対策は軍部に任せきりだった。──その軍部は壊滅している。今後の国の行く末が思いやられた。 ……建て直せるのか? この国は?
不安を感じながらも、ウィルはすぐに背筋を伸ばした。
「皆……こちらにあらせられるのがルーナ様だ。保護奉るだけのつもりだったが、見届けると仰せだ」
「おい。あまり
別に媚びている訳ではないウィルは大きなため息をついた。
「ご自覚頂きたい。貴女様はただの王族ではございません……この国の民にとっては神の一族であらせられるのです」
「それがどうした。神だろうと何だろうと私はお前より生きていない。何より私自身が好まない」
ルーナは凛としていた。痩せこけてはいるがエリディアの着付けで、派手ではないが見栄えがする。
そのいでたちだけでもう体裁は整っているようなものだった。
自分の家臣の言葉遣いなど、どうでも良いことに見える。
しかも逆に民衆にとっては親しみを覚えられたようで、皆目を輝かせていた。
その様子にウィルは苦笑し、言う。
「分かりましたよ。敬語は必要最低限にします」
「個人的には敬語というもの自体が面倒なのだが」
「そこは上司としてということで勘弁してください」
本当に勘弁して欲しかった。ルーナは、まあしかたなかろう、としぶしぶ頷いた。
「さあ、では、
ルーナは不適な笑みを浮かべて大広間を見遣った。
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