第41話 真実

『……なんだと?!』

 ウィルは一瞬何を言われたかが分からず、やっとそれだけ≪ネットワーク≫で発言した。

『セリシア=アイルハウンドに何事か語っていたようだったが……彼女は今、正気じゃない』

 何を要求されているのか、ウィルは悟った。

『……分かった。グレン様に状況を説明してもらう』

 既に終わった出来事、に関しては、グレン婆から情報を引き出すことができる。

 そしてネットワークで婆との接続が可能なのは、≪望月衆もちづきしゅう≫部隊長であるウィリアムだけだった。

 シリウスが、死んだ?

 俄かに信じがたく彼は深呼吸してから、問う。

『婆、シリウスはセリシアに何を語ったのですか』

『両陛下はもう元には戻らない。おかしくなった近衛兵団員も元には戻らない。……倒すしかないのじゃよ』

 すぐに答えが返ってくる。

『……それは真実ですか』

『ああ、違いない』

 念のためというよりは、信じたくないことの確認だった。それに婆は即答した。

『元の陛下のお力である紫の月の力は───解除はできずとも、銀の月の力ですることができた。だからであろうな、あやつらはシリウスを狙っていたようじゃ。しかし奴らも理解しておらぬようだが、現状の陛下はもう紫の月ではない。すなわちシリウスには現状をどうにもできなかったということじゃが……まぁ、であるからして……そもそも現在の民衆に月の魅了はかかっていない』

 ビヅー卿が自身の得た知識の中で混乱しているところを婆は訂正するが、ウィルはシリウスが語った内容を知るよしもない。

 その、告げられた救いようのない内容の中で、ひとつだけ心を温めてくれるもの、それは。

『……ということは皆の陛下を案ずる心は自然発生したものなのですね』

 つくづく、平和な国だったのだな、と、元の皇帝がどれだけ善政を敷いていたのか、と、彼は思う。

 民衆を見渡し、誰もが陛下の身を案じていることを──誇りに、思う。

 そして──シリウスが本当に命を落としたのだと……じわじわと判断し……心のうちだけで絶叫した。

 親置いて先に逝ってんじゃねえよ……!

 何だってこんな一度にたくさんの人を失わなければいけないんだ?

『陛下が何故お変わりになられたのか、はお教えいただけるのですか』

『『彼ら』は魔族になっておる。すでに人ではない』

「な……」

 思わず実際に声が出る。

 皇帝の心変わりの理由が、理解の範疇を超えていることもあるが──国の中央部に魔族の手が伸びているなど──あってはならないし知られてはならない。

『第十三巻四条の群れじゃ。裏で糸を引いている存在がおる』

 なんだそれは。気になっていた、色々な奇妙な一致をかき集める。

『……ジオとエリスを狙っていた魔族との関係は』

『あるし、ない』

 なんだそれは。

 なんだ、それは。

 そこは開示できないということなのだろう。そして開示できないつらさをこの女性が二千年以上も抱えていることを知っている。知っているが怒りを憶え、そしてそれを抑える。永遠に解消されることの無いもどかしさ。

『ルーナ様は……ルーナ様はご無事なのですか』

 雲を掴むような思いでそれだけを思い出す。

『無事じゃ』

 それを聞いて、ある程度彼は気持ちを切り替えた。

「≪ネットワーク≫から別グループの情報です……両陛下は既に魔族に殺されたあとです。今いるのは偽者です」

 ウィルは『偽り』を口にする。

 空気が凍りつく。

「守れなかった我々を断罪するのは後にして頂けますか。今はルーナ様をお助けしなければいけません」

 棒のように言ってウィルはテラスから見える、北東の細く高い塔を指した。

 魔封じの塔。

 その名の通り、精霊の力を遮断する謎の物質でできた塔だった。

 これも、ここに城が建つ前からあった遺跡の一つらしい。

 その中では、いかなる魔法も使うことができない。

 シアン市民たちの中には嘘だ、と青くなる者たちも居たが、ウィルの方がもっと青ざめていた。

 そのためほとんどが疑いもせず塔の方を見る。

「お助けに向かうぞ」

 誰からとも無くそういう声が上がり、民衆は北東へ向かって歩き出した。

 ウィルは≪ネットワーク≫を利用し、冒険者証を持つ隊員全員に淡々と事実を告げた。

 二班の人員と情報を交換し、事態を、

『ビヅー卿の謀略による陛下の暗殺。魔族を呼び込み王宮を混乱に陥れている。ルーナ侯女を救い出し、次の王となっていただくことを目標とする』

 とした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る