第四戦:闇夜に嫁ぎし三叉槍の竜
Trident heart
第21話
「斎さん!階級昇進おめでとうございます!」
「ああ、サンキュ、みんな」
バトルを終えた斎の元へファンの子達が次々に駆け寄り祝いの言葉を掛けていく。
クリーゾに感染してもうすぐ2年。あの日和解したクリーゾは斎により”メディ”という名を与えられ、解析開発のためクレアドに預けられていた。その間斎は箱庭を離れて今まで以上にバトルや遠征に取り組み、着実に功績を積み重ねていた。
元よりモデル購入以外に使う事のなかったポイントは課金した事で遠征費用には十分な金額となり、そこへさらに遠征先でのバトルによるポイントが上乗せされたため、費用面では全くと言っていい程不便はなかった。今年の階級査定により斎の階級が異例の二段階昇級したのはつい昨日の事。そんな斎の実力に目を付けた各地の企業や強豪チームから、是非自分達をスポンサーに、自分たちのチームにとこぞって声を掛けた。しかし当の斎は意に介する事無く、それら全て同じ言葉で断り続けていた。
「心に決めたスポンサーがいるんで」
まるで恋をした少女のような笑顔でそう答える斎に、企業はますます躍起になった。それは、彼女を欲しがる強豪チームも同じだった。そのチームが、企業が、どこなのか突き止めようとする者も多くはなかったが、斎自身がそれに関する素振りを見せる事もなかったため、尽く失敗に終わっていた。そして今年の診査にも無事通過し、また一つ階級を上げたのはつい昨日の事。その結果を、始まりの地とも言えるこの湾岸倉庫跡地で迎える事となった。
「ちぇっ。才能あるとは思ってたけど、こうも大きく引き離されるとはな」
「悪いな、和哉。休業してる間に、目指したい目標が出来たんでな」
「何はともあれ、昇級おめでとさん」
「おう」
口では愚痴を言いながらも笑う和哉と拳を打ち付け、笑い合う。実は和哉も最初こそ遠征に付き合ってはいたのだが、自身のチームを蔑ろにする訳にも行かず、途中で断念していた。そんな事もあったがため、内心は斎の昇級を自分の事のように喜んでいるのは周囲の誰が見ても明らかだった。
――オォ……ン――
不意に、どこからともなく聞こえてきた遠吠え。周囲があたりを見回す中、斎は一人目を見開いた。高い…それでいて心地よい声。それはまるで、愛しい者を呼ぶように幾度も響き渡る。斎の傍らで渡されるプレゼントを預かっていた司もまた、その声の主に気づいた。
「…随分と、情熱的なラブソングだね、いっちゃん?」
「っ……そんな言い方しなくても…」
『ママ…ママ……』
遠吠えの合間に聞こえて来た子供のような幼さを帯びた声に、斎はますます笑みを深めた。静かに目を閉じれば、その声ははっきりと斎の脳裏に響く。斎にしか聞こえていないその声は、箱庭を離れる前に斎があの子に与えた声だ。ふわりと、自身の周りで空気がやさしく渦巻くのが分かる。
「…おかえり。久しぶりだね、メディ。いい子にしてたかい?」
『ママ…パパがまってるよ…』
「知ってる。よく、聞こえるよ。連れてってくれるかい?」
「斎さん?誰と……キャア!」
まるで誰かと話すかのように一人で喋る斎に、そばにいたファンの少女が首を傾げる。その刹那、斎の身体は一陣の突風によって空へと舞い上げられた。やがてタワー型のMist発生機をも超えた頃、斎の身体は真っ逆さまに落下を始めた。落ちていく斎が、ヴィーヴォを起動させる様子はない。
「斎!!」
誰よりも早く我に返った和哉が助けに行こうとヴィーヴォを起動させる。しかしそれよりも早く、斎を空中で受け止めた者がいた。
――ウォオオオオ………ン―――
「まったく…無茶をするのは変わらないね…斎」
「無茶しても、アンタはこうして迎えに来てくれる。そうだろ?弥琴」
突如現れた一匹の巨狼により受け止められた斎の身体が、発生機の上へと運ばれる。呆れと苦笑交じりの声に顔を上げれば、斎はしっかりと弥琴の腕に抱えられていた。優しく笑う顔も、瞳も、記憶と寸分違わない。違いがあるとしたら、きっとそれは…
「少し老けたか?」
「久しぶりに会ってそれは酷いんじゃないかい?言い返したいけど、君は変わらず綺麗なままだから反論もできないよ。約束だ…迎えに来たよ。君の部隊と一緒にね。――コード”ブランカ”着任。チームTrident!起動!」
弥琴がフィールドを見下ろして楽しそうに号令を発した瞬間、目下に広がるフィールドのあちこちから力強い嘶きが響き渡った。その大半はGARDISのメンバーだったが、中には観客席から発されるものもある。彼らは驚く周囲を気にする事もなく、瞬く間にMistを集束し姿を変えていく。やがてその姿が様々なドラゴンの姿となった頃、彼らは斎の周囲を飛び始めた。伝承にある典型的な姿をした者、飛竜の姿をした者。中には蛇龍の姿をした者まで。その大きさも大小様々だ。
「これが君の部隊、【Trident】だ。君が箱庭での訓練中に見つけた、メディの特性を受け継いだ子供達だ」
――そう。斎は箱庭を去るまでの間、巫弦城らの解析・トリミングに立ち会っていた。
解析の結果、メディは知能を持ったAIプログラムを中心に、取り込んだデータ片が周囲で重なり合い形成されている事が判明したまでは良かったが、やはりと言うべきか結合してしまっている箇所が多々あり、、トリミングに時間が掛かった。最終的に既存の爬虫類データを繋ぎ合わせてカタチを整え伝承されるドラゴンの姿を与え使えるまでにはなったのだが、変動する数値は変わらず。数値が安定しなければ、モデルとしての姿を保つ事は出来ない。しかし斎は何度か繰り返された試運転中、そこに目を付けた。
「君には恐れ入るよ。訓練中にメディの変則体質を特性として昇華させるなんて。おかげでこれだけの人員を選ぶのに苦労したよ。けど、癖はあるが名実共に認められた隊員が揃った。さあ、子供達が待っているよ」
クスクスとからかい交じりにそう言うと、懐から新型のヴィーヴォと共に手のひらサイズの筐体を取り出した。それは紛うことなき、弥琴がローアを使用する際に使っている拡張デバイスと同じもの。斎はそれを受け取ると即座にデバイスを起動させ、ヴィーヴォのスイッチを入れた。刹那、凄まじい勢いでMistが集束し、斎を包み込む。同時に、酷く懐かしさを帯びた気配が、斎に寄り添った。
『ママ…』
「ああ…おかえり、メディ。いくよ…どれくらい強くなったか見せてごらん!」
弥琴の手を離れ、照明だけが照らすフィールドへと躍り出る。地上で誰かが悲鳴を上げる中、Mistを纏った斎の姿が別のものに変わっていく。人々の顔が目視出来る頃、その姿は大きな翼を携えた純白の西洋竜の姿となってその頭上を滑空していった。その後を追うように無数のドラゴンが群れとなって追っていく。まるで一筋の流星のように旋風を巻き起こし、そのスピード故に体表から離れるMistの破片を零しながらフィールドを一周して弥琴の元へ戻る。するとそこには夜色の翼竜が一匹、斎を待つように佇んでいた。それが誰なのか気づくと同時に、斎は思わず驚きの声を上げる。
「弥琴!?なんで…!」
「老師の計らいだよ。君の補佐に着くようにとのお達しだ。と言っても、僕が第一部隊を指揮する事は変わりない。念の為、とでも言うべきかな」
「それはありがたいけど…っていうかそれ、ローアか?」
「中身は、ね。姿やプログラムされた能力は他の子達と一緒さ。ローア自身も元はプログラムデータ。彼にとって姿を替えるのは、服を着替えるのと変わらないんだよ」
つまり、ローアからすれば今あるこのドラゴンの姿は、本来の姿である狼の姿の上から被って着ている状態に近いらしい。そのためローアとしての体質が繁栄されているらしい夜風に長い体毛を靡かせながら、ゆらゆらと尾を揺らし応える。他者が居る手前声を発する事はないが、こくりと頷いたのは弥琴なのかローアなのか。いずれにしろ、弥琴が補佐として斎の隣に立つ事は確定事項らしい。仮にも助言者だと言うのに、誰かの下に就くというのはいかなるものか。思わず眉間に皺を寄せ掛けた斎だったが、それは眼前で聞こえた羽ばたきの音に引き戻された。それに応えるように、メディが首を伸ばしローアに頬を摺り寄せる。甘えたような声を出す姿に、斎は思わず赤面した。俯いてしまった斎の様子に苦笑すれば、弥琴は彼女の背後に控える隊員達に通信を繋いで声を掛けた。
「Trident諸君、今日は召集に応じてくれた事に感謝する。どうやら彼女の挨拶は後日になりそうだ。解散!」
弥琴の掛け声により、飛び交っていた面々が方々に散っていく。やがてその姿が闇に紛れるように消えて行ったのを見送ると、斎は改めて弥琴の前に降り立ち視線を上げた。
メディは相変わらずローアに甘えており、ローアの方もまんざらではない様子でメディの長い首に頬を摺り寄せ撫でている。ペットは飼い主に似るとはよく言ったものだが、感情同期している事もありあながち弥琴と斎の本心とも言えるのかもしれない。
二人はしばらく揃って笑い合うと、その場から離れるように大きな翼を広げ羽ばたかせ飛び上がる。
その日、まるで手を取り合うようつがいのように、仲睦まじく夜の闇の中へと消えて行った二匹の竜が目撃された。
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