第20話

ようやく落ち着いた頃、秘書の持ってきた車椅子に腰掛け蚊帳の外になりかけていた巫弦城にも事情を話す。それを聞いた巫弦城は、興味深そうにその話を聞いていた。

「…なるほど。つまり先程のアレで、夢と同じ光景が見えたんですね?」

「ん…全く同じイメージだった。前にアイツが言ってたけど…本当に子どもだったんだなぁ…」

まるで愛しむように、球体ディスプレイの中で浮遊するクリーゾに微笑みかける。一方のクリーゾは、そんな斎の様子に時折首を傾げたり顔を近づけたりと忙しない。そんな斎の頭を撫で、弥琴は巫弦城に視線を向けた。

「斎は議場へ来る前に感情同期らしき症状を発露させている。それにさっきのクリーゾの慌てようからして、悪意がない可能性が高い」

「僕も、そう思います。先日の暴走の引き金となったのも、斎さんの身に危険が待った事が原因ですし…」

弥琴の仮説に是認の意を示し、自身の見解を述べる巫弦城。弥琴もまた、巫弦城と同じ見解を持っていた。この場にはいないが、おそらく片倉医師や他の助言者も同じ見解を持つはずだ。その理由も、暴走事件の際に判明している。

「…あのクリーゾは、消去される事に酷く怯えていた。おそらく、斎の手元に流れつくまで、様々な理由で消去されたモデルを見て来たんだろ。それなら、一度とは言え使用した斎に執着した理由も納得する」

「しかし、あの大量のデータ片は……」

『…消エル…悲シイ……ダカラ…食ベタ…ミンナノ…欠片…』

それはまるで、木の葉の先から伝い落ちる雫のように、断片的な言葉となって降り注ぐように聞こえて来た。抑揚のない機械音声のようなそれに、周囲に居た研究員達は驚いて周囲を見回す。しかい弥琴と斎、巫弦城を含む数人は球体ディスプレイを見上げた。それまで白く靄のようにぼやけていたクリーゾの頭部が、少しずつ輪郭がはっきりし始める。

やがて目と口が認識できるくらいになり始めた頃、水晶のように丸く大きな爬虫類の目からはらはらと何かが落ち始めた。その涙と同調するように、斎の瞳からも涙が溢れ始めた。

『我…食ベル…ミンナ…一緒…デモ…我……ヒトリ…主…欲シイ』

「そっか…寂しかったんだな……だから、ずっと俺に……」

そう話しかけながら斎が手を伸ばせば、まるで甘えるようにフィルムへと頭を擦り付けるクリーゾ。そんな二人の様子を見ていた弥琴と巫弦城は互いに顔を見合わせて肩を竦めた。弥琴が前へと進み出て、球体の中のクリーゾを見据える。途端に、クリーゾは怯えた様子で近づく弥琴から距離を取った。どうやら暴走事件の際に叱られた事もあり、弥琴に怯えているようだ。

「図体がデカいくせに、存外ビビりだな。僕の声が直接聞こえているか?」

怯えるクリーゾに笑いながら声を掛ければ、こくこくと肯定が返って来る。斎を通して聞こえているのかと思ったが、反応からして直接聞こえるらしい。弥琴はふっと口元に弧を描くと、再び声を掛けた。

「結論を述べる前に、聞きたいことがある。お前は、斎に危害を加えるつもりはあるか?」

弥琴の質問に、ブンブンと頭を左右に振って否定して見せるクリーゾ。どうやら本当にそのつもりはないらしく、首を振る速度が異常に速い。その必死な様子に、思わず斎も苦笑する。これでは本当に子どもそのものだ。

「なら約束だ。金輪際、彼女を困らせる事はするなよ?」

まるで幼い子供に言い聞かせるような声色と共に指先でフィルムを突かれながら釘をさされ、ぽかんとした目をするクリーゾ。慌てて頷く姿は、至極人間臭いもので。そんなクリーゾの仕草に苦笑した弥琴は踵を返して斎へと近付き、隣へ屈んで膝に手を置いて見上げた。

「斎、君にもひとつ聞いておきたい。君はあのクリーゾを…あの子を受け入れるつもりはあるかい?」

至極、弥琴ならば答えが分かっているだろう質問を投げかけられ、思わずぱちくりと目を瞬かせる。思わずクリーゾを見れば、こちらを伺うようにじっと見つめている。

「どういう、意味だ?」

「君とあの子は、既に克服し、和解しているという事だよ。おそらく時間は掛かるかもしれないが、ちゃんと解析を済ませてデータ構造を処理していけば、ローア同様にモデルとして使えるようになるはずだ」

弥琴の言葉に、斎の目が瞬く間に大きくなっていく。審議を問うように巫弦城に視線を向ければ、静かに微笑んでから頷き肯定して見せた。ますます輝きだす瞳でクリーゾを見れば、虹彩のない瞳が大きく開くのが分かった。今にも手を取り合い飛び跳ねて喜びそうな一人と一匹に穏やかな溜め息を吐いて肩を落すと、弥琴は改まったように咳払いをした。二対のよく似た雰囲気を帯びた瞳が、弥琴へと向けられる。

「ただし、この件に関しては君にも条件をクリアしてもらう必要がある」

「条件…?」

「そ。この子の解析をし、必要なトリミングを施して実際に使えるようになるには、相応に時間が掛かる。この子の場合、それ以外にも学んでもらう必要もありそうだしね。だけど、この子はそれ以前に禁断とも言えるドラゴンの幻獣種。いかなる理由があるとは言え、今の君は一介のオーヴォだ」

「!幻獣種は…GARDIS以外の所有禁止…!」

首を傾げて話を聞いていた斎が、弥琴の言わんとしている事に気づき、口にする。発せられた答えにこくりと頷いた弥琴は、そっと頬を撫でながら結論を述べる。

「この子を持つ以上、君にはいずれGARDISになってもらう。そのために、まず相応しい技術力やランクになってもらう必要があるが…本来の基準以上を目指してもらう必要があるはずだ。こればかりは、GARDISとしての規約だから僕にはどうすることも出来ないし、してあげられる事には限界がある。…斎、ここから先は、君自身の戦いだ」

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