第2話

『Ladies and gentleman!今夜はドリシーラVSレッドガルムの試合だ!みんな!ノッてるかーい!』

上機嫌なDJじみたアナウンスが、今宵のバトル場となる湾岸倉庫跡地に響く。観客席とでは、これまたテンション高々とした歓声が聞こえる。ここは数あるViReXの公式フィールドで、四方にはMistを人工的に発生させる装置が夜闇に向かって悠然と佇んでいる。

「“レッドガルム”…ねぇ…。随分と大層な名前だな」

「甘く見てっと痛い目見るぜ。チームランクはウチと同じだが、個々のレベルが高い。集団でも個人でも、臨機応変に変化することが出来るチームだ」

控室で仮想ディスプレイを片手にヴィーヴォの調整をしながら呟く斎に、和哉が至極真面目な声色で答える。が、当の斎は至極楽しそうな表情で外を見た。相手チームが居るのは、丁度このフィールドの反対側。その方角を真っ直ぐに見る斎の表情は殊更に嬉々としている。

「ホント、バトルになると性格変わるよな…斎は」

「なんとでも。俺は好きでやってんだからよ。…ん?」

呆れたように言う和哉の言葉を花で笑い飛ばし、手元のディスプレイに視線を戻す。と、斎の所有するモデル一覧の中に、見慣れない名前のものが混ざり込んでいた。斎は普段、モデルをベースにした動物ごとに分けている。そのモデルが居たのは、爬虫類のフォルダー。しかし、ここ最近爬虫類系統のモデルを弄った記憶はない。あったとして、ここへ来る前にプレルーノで新たに購入した時だが、このフォルダーは混合種のフォルダー。斎が買ったのは、純種のみだ。

「斎、そろそろ時間だぞー。…どうした?」

つい今しがた、チームメイトに呼ばれていた和哉が、睨み付けていたディスプレイをのぞき込む。とは言え、英数字ばかり並ぶそれは、斎にしか分からないわけで。殊の外英語を苦手とする和哉は、渋い顔をした。

「いや…見慣れないモデルが入ってて…入れ間違えたのかな…」

「相変わらず、几帳面だな。んなもん、使ってみりゃ分かるだろ?お前オールラウンダーなんだしよ」

「持ち上げてもなんも出ねぇよ。けど、一理あるな」

和哉の言葉にニヤリと笑い、決めあぐねていた残り使用モデルの残り一枠にそのモデルを入れた。そこへ丁度、施設の係員が控室のドアを叩き準備を促しに来た。斎は長い髪を一つに結い上げると、さらにキャップを目深に被り、愛用のパーカーを着た。ゴーグルの奥で、カーマインの色をした瞳に鋭さが宿る。

「相変わらずの、戦闘狂ぶりだな」

「うっせぇよ。楽しいんだからしょうがねぇだろ」

呆れたように言う和哉を鼻で笑い、フィールドへ出る。途端に、黄色い歓声が巻き起こった。おそらく、見に来ると言っていた斎のファンなのだろう。聞き覚えのある声がいくつも聞こえる。

「なぁ、ドリシーラにメンバーチェンジあったって言ってたが、まさかアイツか?女じゃん!」

「バカ、お前知らないのか?」

ふと、ヒソヒソと聞こえる話し声に視線を向ければ、ドリシーラとは違う別のユニフォームを着た二人組が斎を見て話をしていた。それぞれ違うアレンジの成された黒いつなぎ、顔を隠す動物を模したフェイスマスク―――

「そこの二人!私語は慎みなさい!」

「っ!はい!すみません!」

斎が睨んでいると、どこからともなく現れ降り立った人物に叱責される二名。斎に背を向けるようにして立ったその人物の背には、月に吠える狼の下に“GARDISガルディス”と書かれたトライバル調のエンブレム。

――ViReX専属取り締まり部隊“GARDIS”――

警察に似ているがそういった組織とも、ViReXを生み出したガニーソ社とも違う、独立した第三組織。警察とほぼ同等の権限を持つ彼らは、こういったチーム戦などがあるとどこからともなく現れ、審判役を務める。そして規約違反者が居れば、厳しく取り締まるのが彼らだ。彼らの使用するヴィーヴォは特殊で、例え重罪違反者がフィールド外へ逃げても、モデルを使用して追う事が出来る。しかしMistの薄いフィールド外でモデルを形成するには相応の強い磁力が必要だ。そのため、彼らが外でヴィーヴォを使用すると、周囲にある電子機器に障害が発生すると言われている。とは言え彼らがフィールドの外に出る事は滅多にないこともあり半ば都市伝説のようだが、斎は過去にそれを目の当たりにしていた。斎がこのゲームを始めたきっかけともいえる、幼い日に見た巨大な狼。あの狼を探したいがために、斎はこの世界へ足を踏み入れたのだ。とは言え、GARDISは収賄などを防ぐため、皆一様に動物を模したフェイスマスクをしている。それはどういう仕組みをしているのかどんなに激しい動きをしても外れることがなく、今まで彼らの素顔を見た、という者はいない。現に、たった今現れた人物も、狼を模しているのだろうフルフェイスのマスクをつけており、顔は見えない。バトル後に追おうとした者もいるらしいが、彼らはバトルが終わると煙のように消えるため失敗に終わるのがほとんどだ。

そんな彼らの最大の特徴が、使用するモデルにある。空を見上げれば、大きな翼を生やした天馬や、異質な姿をした鳥類らしきものが何匹も飛び回っている。“幻獣種”と呼ばれるそのモデルは、名前の通り架空の生物がモデルとなっており、本来なら作る事も使用することも禁止されている。つまり幻獣種の使用はGARDISのみに許された特殊なモデルなのだ。一介のオーヴォが作れるのはそのモドキとも言える混合種くらい。時折違法に作り使用する者もいるが、能力に大きな違いがあり、彼らにはそれがすぐに分かるらしい。現に、斎が幼い頃に見たあの光景も、違法制作をした違反者を追っていたのだと知ったのは、随分と後になってからの事だ。

「おい、斎。早く来いよ」

「…ああ」

和哉に呼ばれ、チームの中へと混じる。視線を前に向ければ、先ほどの狼頭をしたGARDISが誰かと連絡を取っていた。腕に腕章を付けているあたり、彼が総指揮を取っているようだ。先ほどの声からして男だろうかなどと考えていれば、その顔が斎達の方へと向けられる。

「バトル内容は20VS20の殲滅戦。勝利条件は時間内に生き残った人数、あるいは双方どちらかの全滅により勝利とします。制限時間は五十分。違反者は即刻退場となります」

良く知ったルールを、確認のために宣言するGARDIS。周囲をぐるりと見回すと、再び背を向けて通信を再開した。

「こちらノクト。準備完了」

『――!―――!』

「了解。チームドリシーラ、君たちの幸運を祈る」

そう言い残し、どこかへと立ち去る。程なくして、その報を受けたのだろうアナウンスかテンション高く開戦を宣言した。ブザー音が鳴り響くと同時に、斎は誰よりも早くモデルを起動させ、フィールドへと飛び出した。その身を包むのは、闇夜に浮かぶほど白い鬣を靡かせる真っ白なライガー。斎は手近な崩れかけのビルの上へと昇ると、自分の存在を知らしめるように力強いバインドボイスを放った。強く空気を揺るがすそれが衝撃派となって被弾したのだろう。上空を飛んでいた鳥類モデルの相手チームが数基降下していくのが見える。その中で、一羽のハクトウワシが真っ直ぐに斎の方へと滑空してきた。

反射的に隣の建物へ飛び退くと、降り立ったハクトウワシの姿が消え、オーヴォが姿を現した。

「白いライガーとは珍しいな…見たところ、ホワイトタイガー割り増しってとこか?」

瓦礫の上に片足を乗せ、モデルを見分するオーヴォ。斎はフッと鼻で笑うと、相手に習って姿を見せた。オーヴォの目が驚いたように見開かれる。

「そういうアンタは、ハクトウワシにハヤブサの混合種ソルヴォだろ?そのサイズであのスピードじゃ、割に合わないからな」

「ヒュー♪まさかとは思ってたが、アンタが白雪姫か。話に聞くより美人じゃん♪」

口笛を吹き、下衆な視線を斎に向けるオーヴォ。その呼び名に、斎は顔を顰めた。誰がそう言い始めたのかは知らない。ただ、斎の白い肌を揶揄しているのは明白だ。不機嫌そうに舌打ちをすると、斎は再びライガー纏った。途端に相手が、残念そうな顔をする。

「あらら、ご機嫌ナナメかい?お姫サマ?」

「はっ!いつまでも舐めた口利いてっと、テメェの喉食いちぎるぜ!」

強く踏み込む、飛びかかる。相手は即座に反応し、再びハクトウワシを纏って空へと逃れた。が、それも斎の読み通りだ。

「とんだじゃじゃ馬だな。鳥類相手に陸上種で空中戦ドッグファイトなんて、初心者でもやらねぇぜ?」

第二形態セカンド モード出力アウトプット50!」

相手の言葉を歯牙にも掛けず力強く叫び、跳躍する。それと同時にモデルが姿を変え、人に近い鳥人のような姿へと変わり同じ高さまで上昇した。驚く相手にニヤリと笑った斎が、即座に回し蹴りを打ち込み叩き落す。相手は即座に地上生物へと切り替え受け身を取ったが、少なからずダメージは入ったはずだ。その証拠に、モデルのグラフィックに負傷を示す傷が入り、本物よろしく血が滲んでいる。素早く先程のオオワシの姿へと戻ると、悔しげに見上げる相手を見下ろした。どうやら相手は、飛行種をメインに使用しているようだ。

「イイザマだな。丁度いい。ついでにこいつの被験体になってもらうぜ!!第三形態サード モード!」

嬉々とした表情で、あの正体不明のモデルを起動させる。途端にMistが渦巻き、集約されていく。

『――オマエガ…アルジカ……?』

「なっ!?」

刹那、頭の中に響くような声がどこからともなく聞こえてきた。斎が驚愕したのも束の間。今度はそれまで纏っていたMistが四散し、バチンという音が耳元で鳴った。それと同時に脳を揺さぶられたかのような眩暈に見舞われ、体が傾く。ヴィーヴォの安全装置が働く様子はない。揺らぐ視界の中、地面が刻一刻と近付く。

「ッ!!おい!!」

――オオ―――ン・・・・・・

地上で叫ぶ声が聞こえたと思った次の瞬間、斎の身体は何者かによって受け止められた。地面に激突という最悪の事態は回避されたが、ぐらぐらと揺れるようなそれは収まる様子はない。自分が上昇しているのか下降しているのか、前進しているのか後退しているのかすら分からない。次第に、呼吸すらままならなくなっていく。

「しっかりしろ!大丈夫か!?」

「ッ……ぁ……」

遠くで叫んでいるような声に答えようとするもそれすらままならず。ヒューヒューと空気が喉を抜けていく。意識が薄れ始めた頃、急激に供給された空気に斎は思わず咳き込んだ。数度噎せて呼吸が落ち着き始めた頃、今度は何かが喉をせり上がる。

「ッ…ゲホッ…ゴホッ…グッ…ッ!」

耐えきれず、反射的に体を反らしおう吐する。その場から離れようにも手足に力が入らず、手を付くことすらままならない。誰かが斎の背を撫で、何かを叫ぶ。しばらく吐き続けたことでそれはようやく収まったが、今度は意識が混濁し始めた。倒れ込む斎の身体を、誰かが受け止める。ひどく優しい浮遊感。はっきりしない視界に、幼い頃に見たあの夜色の狼が映る。

「っ……ぁ……」

「無理に喋らないで。少し、眠るといい……」

狼の顔を視界に留めた直後にゆっくりと目元を手で覆われ、視界が暗くなる。それと同時に、斎の意識は闇の中へと引き摺り込まれた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る