第一戦:白雪の虎・夜闇の狼

Snow White

第1話

車が空を飛ぶと言われてから数世紀。そんな人々の夢は不運にも首都直下型地震とうい大規模な災害により夢半ばで時を止めていた。耐震工事の成されていなかったビルは脆く崩れ、それらが密集していた場所は廃墟となって今も残っている。

――東京都・新宿区 旧歌舞伎町跡地――

震災前は国内有数の歓楽地として栄えていたその場所も、今は災害の爪痕とかつての栄華を語るだけの廃墟とのように佇んでいた。しかしその町の賑わいは、おそらく一世紀前と変わらない。もっとも、その理由は全くもって違うものだが。

――ビィイイイイイ…

「戦闘終了ォ!只今のフラッグ戦!赤チームの勝利!」

ネットに囲まれた跡地に響き渡るブザー音。テンションの高いアナウンスや歓声。その中を、様々な姿をした動物たちが動き回っている。――いや、正確には“動物”とは言えないだろう。何故なら、それらの姿はゆらゆらとさながら陽炎のように揺らめいているからだ。

「次のゲームは、10分後に開始します。参加する人はカラーコードを登録してください」

震災によって傾いた、この街のシンボルとも言える看板。その前に、街の中を駆けまわっていた動物たちが集まり、姿を消していく。代わりに、動物の居た場所には幾人もの若者達。彼らが行っているのは、仮想現実を内包される拡張現実を利用したゲーム…通称ViReXヴァイレックスと呼ばれる、れっきとしたゲームだ。部類としては体感型アクションに属するそれは、大手ゲームメーカー・ガニーソ社がとある物質を利用し、デジタルデータを立体として具現化することに成功した。その機能を持つヴィーヴォと呼ばれる専用の機器が発する電磁波により、動物を模した“モデル”と呼ばれるデジタルデータを鎧のように纏って技術や性能などを競う、まったく新しいバトルゲームとして若者に人気を博していた。ここ歌舞伎町跡地が現在も賑わいを見せているのは、そのゲームのバトルフィールドとして利用されているから。

ViReXを行うために必要な“Mistミスト”という物質は、日常空間にも微量に漂っている塵のような存在。それを人体に害のない特殊な周波数の電磁波を利用して対象者の周囲に引き寄せ、架空データを具象化させているのだが、一般的な場所では辛うじて形を成すことが出来る程度。それこそ、霧と呼ぶにふさわしい程に脆弱なものだ。ガニーソ社はそのMistを人工的に精製し濃度を高める事に成功。フィールドの四方に設置する事で、そこをフィールドとして利用可能にしていた。現在この歌舞伎町跡地も地形や廃町を利用し、町全体がフィールドとして利用されている。

「お疲れさん、斎。モデルの起動チェックは済んだか?」

「…少し、微調整が必要だな…」

目元を覆っていたゴーグルを外し、投げかけられた質問にぶっきらぼうに返す。斎と呼ばれた少女は、声をかけてきた青年をカーマイン色の瞳でちらりと一瞥して歩き出した。長袖のスポーツウェアから除く象牙色をした色素の薄い肌は艶やかで、髪を隠すために深めに被ったキャップの隙間から、スノーホワイトの髪がうなじにちらついている。

青年はその様子に苦笑し、後を追った。纏わりつくような周囲の視線など、知ったことかといわんばかりにすたすたと歩みを進める少女は、どこか凛々しい。

斎はフィールドの出入り口に置かれた筐体でカラーコードを解除してプレハブ小屋に入ると、鍵付きのロッカーから預けていた荷物を取り出してフィールドを後にした。そのあとを、相変わらず青年が追いかける。斎がそれを気にする様子はない。

「今日はこれから店か?」

「おう。司さんはたまにはゆっくりしろって言うけど、そういう性分じゃないからさ」

「ああ、確かに。お前稼いでるもんなぁ…ポイント。それで食ってけるんじゃねぇの?」

他愛ない会話をしながら、帰路につく二人。その話の大半は、いつもViReXに関することだ。

彼女…朝比奈 斎は、ViReXプレイヤー――“オーヴォ”の中でも、5段階あるランクの最高ランク、Lv5に属する数少ない女性オーヴォとしてその名を馳せていた。臨機応変な洞察力を有し、どんなモデルも使いこなすオールラウンダー。取り分け陸上生物を扱う事に長けており、その中からモデルを掛け合わせて作り出す“混合種”と呼ばれるモデルでのバトルを得意としている。

ViReXには、現存する動物を元にした大元のモデル・純種を初めとし、二つの純種モデルを掛け合わせて作る合成獣――混合種という二種類のモデルが存在しており、どちらもバトルのみで入手出来る強化ポイントを使用して強化する。強化項目は重量・特能・俊敏性・攻撃・防御の5項目。それらをトータル5000pt以内で数値を振り分ける事が可能だ。

純種は名の通り、現存する生物の生態能力を数値化・データ化した最も基本的なモデル。ViReXを始めたばかりのビギナーオーヴォであれば、誰もが最初に世話になるモデルの種類であり、一方で混合種は二つの純種モデルを”掛け合わせる”ため純種に比べ欠点が少なく、二体それぞれの特徴や生態を持つ。混ぜ方次第ではマイナス点を補う事も可能であり、オーヴォのこだわりが垣間見ることが見られるが、それを掛け合わせるにはポイントも経験も必要となって来るため、初心者には難しい。

そのため初心者には規定ランク内であれば利用する事が出来る“Albaアルバ”というビギナー向けシステムが用意されている。Albaは低コストな純種二体のモデルを“足し合わせて”使う、いわば簡易混合種とも言えるシステムだ。

しかしデメリットというのはどうあっても存在するもので、純種は扱いやすい反面、動物にありがちな典型的な弱点が存在し、混合種は二種類のモデルを一体で内包するためコストが順守の約2.5倍と高い。オーヴォ自身の身体能力が高かったとしても、そのデメリットが解消される事は難しい。

それでも中には長所を最大限に生かそうと強化する者もいるわけで。そう言ったモデルは総じて”特化型”と呼ばれている。特化型は純種に多く見られるタイプで、長所を最大限に生かせる反面、弱点が露見しやすい諸刃の剣でもあった。

しかし斎はそれすらも突破口を見出し自在に扱う事が出来た。梧桐 和哉はそんな斎の能力の高さをルーキーの頃から見込み、度々自身のViReXチームである“ドラシーリ”へと勧誘を続けているのだが、悉く断られ続けている。斎は、これまで一度もチームに所属したことのない、フリーのオーヴォでもあるのだ。

「あ!斎さん帰ってきた!」

二人が他愛もない会話をしながら歩いていると、一件の店から出てきたばかりの女の子が、嬉しそうに声を上げる。それを皮切りに店内にいたのだろう他の子達も次々に顔を出した。斎がひらりと手を振れば、きゃあ!と黄色い悲鳴が上がる。

「相変わらず、人気者だねぇ~。…女に」

「うっさい。非モテは黙ってな」

「……ヒデェ」

ニヤニヤと話す和哉をぴしゃりと一瞥して店に入れば、斎を訪ねてきたのだろう数人の女の子達が声を掛けてきた。

ViReX専門店・プレルーノ。古びたアパートの一階で営業しているこの店は古いながらも綺麗な内装と充実した品ぞろえをしている。この店が斎の職場であり、自宅だ。カウンターでは、この店のオーナーである弥刑 司が備え付けのバーカウンターでカップを磨きながら笑顔で斎を出迎えた。彼は先代の店主が引退する際のこの店とアパートを引き継ぎ、店主兼管理人している斎の養父だ。

「おかえり、いっちゃん。みんながお待ちかねだよ」

「そうみたいだな」

苦笑して後ろを向けば、嬉しそうに斎の回りへと集まる女の子達。彼女たちは皆、斎と同じオーヴォであり、斎のファンだ。中には斎に憧れてViReXを始めたという子も何人かいる。そのため、この店には必然的に女の子のオーヴォが多く来店していた。認知度は高いものの、まだまだ男性オーヴォの比率が多いこの界隈において、女性客の多いプレルーノは珍しい。

「斎さん、フィールドに行ってたんですか?」

「うん。画面上で調整しても、実際に使ってみなきゃ分からない事もあるからね」

「今日は何のモデル使ったんですか?」

「今日はな……」

話しかけてくる子達を無下にすることなく、投げかけられる質問にやさしく答える斎。そんな彼女の姿に苦笑しながら、司はカウンターで飲み物の用意を始めた。

「ほらほら、話しするなら奥へ行った行った。今日は僕のブレンドしたオリジナルハーブティーだよ」

「やった!司さんさすがぁ♪」

「斎さん!チューニングのしかた教えてください!どうしても上手く行かなくて…」

「いいよ。俺もそろそろチューニングしようと思ってたから、実戦で教えてあげる」

女の子達を引き連れ、店の奥にあるカフェスペースの一角を占拠する。その様子を、和哉はカウンターの端で頬杖をつきながら眺めた。斎を勧誘し幾度も店を訪れた事があるため、すでにオーナーである司とも顔見知りだ。

「ホント、女にはよくモテるよなぁ…アイツ」

「いっちゃんは数少ないランク持ちの女性オーヴォだからね。それに、存外女の子ばっかりじゃないよ?」

茶葉をポットに入れ、湯を注ぎながらちらりと店内へ視線を向ける。その視線に促されるように和哉が肩越しに店内を見れば、司の言葉の意味する事に納得した。店の奥で女の子達に囲まれ話をする斎。その姿を、ちらちらと盗み見するように商品棚と向かい合う男性客の姿がちらほら。ここはViReX専門店。女性客が多いとはいえ、男性客が居ないわけではないのだ。

「そういう事か。斎の奴、贔屓目に見ても綺麗ですからね~。アイツの肌とか髪白いのも、生れ付きっすよね?なんだっけ…ナントカ症ってやつ…」

「先天性白皮症、だよ。素直にアルビノって言ったらどうだい?」

痛い指摘をされ渋い顔をする和哉にコーヒーを出すと、司は楽しそうに話をする斎に優しい視線を向けた。

先天性白皮症…通称アルビノ。それが、斎が生まれつき患っている疾患だ。おそらく斎のイメージはと聞かれれば、誰もが白あるいは赤と答えるだろう。象牙色の肌、カーマインの瞳、プラチナブロンドのミディアムロング…その容姿ゆえに、斎は美しく人目を惹く。

「伊達に、“スノーホワイト”なんて呼ばれてないさ。贔屓目に見ても、いっちゃんは美人枠に入るだけの容姿をしている」

「すみませーん」

「あ、はいはーい。和哉君、悪いけどこれ持って行ってあげて」

商品を見ていた客に呼ばれ、司は淹れ終ったハーブティーを和哉に託し客の元へ。託された和哉は小さくため息を吐くと斎達の元へとそれを運んだ。

「斎、司さんからだぜ」

「ああ、ありがと。司さんは?」

斎に問われ、肩越しに店を指さす和哉。その先を見た斎は、接客中の司の姿を見つけ納得した。この店の店員は司と斎のみ。時折和哉が手伝う事もある。元よりそう忙しなくなる事があまりない店だが、こうして斎目当てで訪れる子達の相手をしていれば、その役目は必然的に司の仕事となる。過去に一度だけ、仕事中だからと断ろうとしたことがあったが、司に「相手をするのも仕事のうち」と丸め込まれてしまったのだ。

しかしその結果、彼女目当ての女性客は増え、それがきっかけでViReXを始めたという女性客も増えているのだ。

「ああ、そうだ。斎、今夜湾岸フィールドでチームバトルやるんだが、お前も出るか?出場予定の奴が急用だとかで出られなくなって、一枠空きができちまってよ」

カウンターに腰掛け、飲みかけだったコーヒーを口にした和哉が、思い出したように声を掛けた。斎は、チームに所属していないフリーのオーヴォだ。そんな斎を気にかけ、和哉は度々こうして斎を誘っている。

ViReXで使用されるモデルは、バトルでのみ入手することのできるポイントでのみ強化が可能だ。ポイントはフリーチームへの参加でも手に入れられる事は出来るが、チーム戦で獲得できるポイント数に比べて幾分か低い。とは言え、ランクに相応しい成績と実力を持つ斎からすれば、それでも十分なポイントを得られる。ソーシャルゲームにありがちな課金による能力強化も、ポイントの課金入手が不可となっているこのゲームでは意味などない。そのため、純粋なオーヴォとしてのスキルが必要となるのがViReX最大の特徴とも言える。さらには現金でポイントを買う事は出来ないが、逆にポイントを現金に換える事は可能だ。そのため、それで生計を立てている者も少なくはない。そして斎には、それが可能だ。しかし当の彼女にその気がないのは、この場に居る全員が知っている。

「うーん…そろそろポイント欲しいと思ってたし、いいぜ。出てやるよ」

「やった!斎さんのバトルが見られる!」

「あーん!私その時間バイト~!」

斎の返答に、歓喜する者、残念がる者と多様な反応が飛び交った。日ごろ不定期でフリーチームに参加している事が多い斎のチーム戦への参加は、ある意味貴重だ。その証拠に、ファンの女の達は即座に友人や他のファンの子へと連絡を取り始めていた。おそらく、今日のドリシーラのファンの割合は、圧倒的に斎目当ての女性客が増えるはずだ。

「なぁ、今日のチーム戦、どことだ?」

「ん?ああ、確か相手チームは……」

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