如月
「あ、あの……」
「……」
顔を赤らめ、俯いていた彼は意を決して手に持っていた物を差し出し、こう言った。
「俺と、付き合ってくれませんか!」
これは、甘くほろ苦い人生の1ページ。
「先月に比べると、かなり少なくなったなぁ」
新年を迎え大忙しだった先月に比べると、今月はかなり仕事量が減っている。とはいえ、以前の量に戻っただけなのだが。
「今日こそ、さっさと仕事を済ませてウズメ様の部屋に遊びに行こう!」
その宣言通り、彼女はかなり早いスピードで仕事を終わらせるとウズメの部屋に向かった。
「ウズメ様ーっ!」
元気良くウズメの部屋に入った彼女の目に飛び込んできたのは、じっと鏡を見つめるウズメの姿だった。
「ウズメ様?何か変わったものでも映っているのですか?」
「ああ、サラス。あなたもご覧なさい」
鏡を覗いてみると、そこにはウズメの社の前でウロウロする1人の男の子が。
「もうずっと、あの状態なんですよ」
「そうなんですか?……一体、何をしているんでしょう?参拝に来たのなら、普通に参拝すればいいものを」
2柱で男子の様子を眺めていると、手に何かを持っているのが見えた。それを見た瞬間、ウズメが「……あぁ、なるほど」と何か分かったように微笑んだ。
「サラス、この男の子はあなたに任せます」
「へっ?」
「たまにはこんな経験も必要でしょう。さ、この人間の元へ行って来なさい」
「えぇ!?この人間の元へって……彼は、私達に何か願い事をしているのですか?」
「ええ。心底ね。さ、その願いを聞いて来なさい」
そう言って、半ば無理やり外に放り出された。
……そうして下界に下りてきてから数時間。少年はまだ、落ち着かないように動いていた。時々、手に持った携帯電話を見ている。
「本当に、一体何をしているんだろう?誰か待ってるのかな?」
誰か待っていると言っても、待ち過ぎではないだろうか。だんだんとサラスが心配になっていると。
「ごめんなさい、遅くなって……っ」
遠くから走り寄ってきたのは、幼い顔立ちをした少女だった。その姿を認めた瞬間、少年の顔が薄っすらと赤く染まる。
「本当にごめんなさい、かなり待ちましたよね?」
「い、いや全然!俺もさっき来た所だし……!」
「それで、あの……お話って何ですか?」
『お話』とやらの内容がかなり気になっているようで、少女が期待のこもった目でそう尋ねると、少年の顔が更に赤く染まった。
「え、えっと実は……」
「……」
「えっと……」
そう言ったきり、少年は本題に移る事が出来ないようだった。しばらくそうして考えた後、少年は意を決したように顔を上げた。
「お、俺と、旅行に行ってくれませんか!?」
「……え?」
少女はその言葉に目を見開いた後、ぱっと顔を俯かせてしまう。サラスも「ええっ!?」と大声を出した。
「あっ、いや……その……」
「……どうして、そんなこと私に言うんですか?」
「へ?」
「どうして私と旅行に行きたいんですか?」
「えっと……」
少年はそう聞かれるのを予想していなかったようで、目を泳がせた。
「と、友達だから?」
「……え……」
「ほら、俺たちって結構仲良いし?仲良すぎて、学校でも付き合ってるんじゃないかって噂になったことあるぐらいだろ?あの噂にもっと近付いてやろうと思って!」
「……い」
「え?」
「ごめんなさい」
少女は冷たくそう吐きすてると、少年に背を向けて走り去って行った。
「お、おい!」
その光景を見て、サラスは「ああ」と頭を抱える。
「そんな言葉で、想いが届くわけないのに……」
あとに残ったのは呆然とする少年と、それを嘲笑うかのような少しの夕焼けだった。
「……と、いうことがあったんです」
上界に戻ってきたサラスは、ウズメとカフカにそう話して聞かせた。
「それは、なんと言いますか……随分と奥手な男子だったのですね」
「奥手にも程があります!想いをはっきりと伝えるのが恥ずかしいからと言って、あんな風に誤魔化すなんて!」
「『噂に近付きたい』なんて……女子の心は繊細なものなのに……!」
「やっぱりカフカもそう思うよね!」
「ええ、もちろん!」
2柱で手を取り合っていると、シタテルヒメがやってきた。
「やっほー……って、アンタ達何してんの?」
「シタテルヒメ様!」
実はこんな事があって……と、シタテルヒメに文句を聞かせるサラスを見て、ウズメが手を叩いた。パンッという音が辺りに響き渡る。
「そんなに文句があるのなら、あなたが少年の願いを叶えてやったらいいのです」
「へ?」
「少年は、相手に対して素直になれなかっただけのこと。だったら、次は素直になって2人がお付き合い出来るようにしてやれば良いのです」
「でも、少女はきっともう……」
「嫌いになったのかどうかは、私達には分からないでしょう?人間が抱える気持ちなんて、誰にも分からないのですよ」
「まぁ、確かにそれは……」
「ということで、あなたはその少年の願いを叶えてやりなさい。その間、他の仕事は全て私がやっておきます」
「ええっ!?」
「シタテルヒメ」
「はっはい?」
「サラスに協力してやって」
「……え、アタシ!?」
それだけを言うと、ウズメはすっと立ち上がった。
「どんな人間のどんな願いにも真摯に向き合う。それが私達の仕事ですよ」
全力でやりなさい、と言い放ったウズメを前に、サラスとシタテルヒメは顔を見合わせた。
そして翌日。サラス達2柱は唸っていた。
「うーん、どうしたらいいんだろ……」
「本当、どうしたらいいんでしょうね……」
「もう色々ありすぎて頭こんがらがってきた!一旦整理しよ!」
「そうですね。何はともあれ、事の発端はあの少年です。あの少年はきっとあの少女に恋愛感情を抱いています。それを成就させる為に、何時間も少女が来るのを待ち続けた」
「けど、肝心の告白でやらかしちゃって大失敗。女の子に愛想つかされちゃって、逃げられちゃったと」
「私達が叶えないといけないのは、その少年と少女をお付き合いせることですね」
サラスがそう言うと、「あー……」とシタテルヒメが頬を掻いた。
「え、難しくない?だって、絶対嫌われちゃったじゃん。その女の子に」
「私もそう思います……」
再び、2柱の間に沈黙が落ちる。
「……うちの親父に、頼ってみる?」
「え?」
サラスが顔を上げると、シタテルヒメはいたずらっ子のように笑っていた。
そして、数日後。
「それで……一体何がどうなって、2人は旅行に出かけているんでしょうね?」
サラスは引きつった笑顔を浮かべながら、肩を並べて歩く2人を指差した。だが、周りに漂う空気は重い。
「アタシ達が知らない間に、カップルになったとかじゃないよ。ただアタシがちょっと手助けして、旅行に行けるようにしてあげただけ」
「ええ!?……ああ、でも確かにあんまり会話してないみたいですね」
「でしょ?」
「でも、2人はどこに行くんでしょう」
サラスの疑問に、シタテルヒメが「ふふん」と笑う。
「言ったでしょ?親父に頼ろうって」
「親父ってまさか……出雲大社に向かうんですか!?」
「そうだよー。あそこ、色んな言い伝えもあるしね。言い伝えっていうか、全部親父の気まぐれで叶えたりした願いの結果、言われてることなんだけど」
「言い伝え?」
「例えばカップルで出雲大社に行くと別れる、とかね」
「えっ!?そうなんですか!?なんだか、悪い方向の言い伝えですね……」
「そう。親父がラブラブなカップルに嫉妬するんだって考えられてる。……まぁ、当たらずも遠からずって感じなんだけど」
「え、遠からずなんですか」
「そ。全部のカップルの願いを叶えてあげないわけじゃないんだけどね。機嫌いい時は全部叶えるし。でも、自分がちょっとでも嫉妬しちゃったらすぐ別れさせちゃう。……全く、自分はまだ若いって思い込んでるんだから」
記憶の中の見目麗しいオオクニヌシとどんどん離れていくようだ……とサラスは思う。
その後様々な交通手段を経て、一行は出雲大社に到着した。
「ん〜っ!久々っ」
「本当ですね〜!ついこの間、来たばかりなのに」
「この間って言っても、4ヶ月も前だよ」
「私にとっては十分、『この間』です!」
そう言い争う2柱の間を、相変わらず重苦しい空気を背負ったままの2人が歩いていく。
「……本当に、大丈夫でしょうか」
「さぁ?全ては、あの子達次第だよ」
うーん……とサラスが唸っていると、「あ、そーだ」とシタテルヒメが人差し指を2人に向けた。そのまま、くいっとある方向へ指を向ける。
鳥居をくぐろうとしていた2人はふと足を止めて、どちらからともなくシタテルヒメが指した方向へ歩き出した。
「え!?何したんですか!?」
「んー、このまま親父のとこ行ったって面白くないじゃん?だから、ちょっと寄り道!」
「そうじゃなくて」
サラスはシタテルヒメの手を見つめる。シタテルヒメは「ふふん」と笑って、頬に指を当てる。
「アタシを誰だと思ってるの?安産の神、シタテルヒメ様だよ」
その微笑みに、サラスは追求するのをやめた。
歩き続けた2人が到着したのは、『阿国寺連歌庵』という出雲大社の近くにある場所だった。建物の前に、大きくそびえ立つ女性の像が目を引く。
「……ここ、どういうところですか?」
前回聞いた時よりも大分落ち着いた声音の少女が、少年にそう聞いた。久方ぶりの会話だ。
「ここ、たぶん『イズモノオクニ』が余生を過ごした場所だ」
「イズモノオクニ?」
うん、と少年が頷く。サラスもシタテルヒメに視線を向けた。
「イズモノオクニってなんですか?」
「人の名前だよ」
シタテルヒメが像を指差した。
「この子。出雲阿国ちゃん」
「この人のお社か何かですか?」
「違うよ。しかもこの子、神様じゃなくて元は人間だしね」
「え?」
「歌舞伎って知ってる?」
「あ、はい。少しは」
「あれを広めたのが阿国ちゃんなんだよね。そういう芸能って呼ばれるものを、阿国ちゃんが最初に作ったの」
「そうなんですか?」
「阿国ちゃんが芸能者だって有名人になる前は、出雲大社に巫女さんとして仕えてくれてたんだけどね。墓も、もう少し向こう行けばあるし。そんな阿国ちゃんが余生を過ごしたのがここ!」
シタテルヒメが両手を広げると、ざあっ……と風が吹いた。気持ちが良くて目を閉じると、そこに凛として美しく舞う女性の姿を見た気がした。
しばらくしてから目を開けると、丁度少年もシタテルヒメと似たような説明をしている所だった。
「なぁんだ。アイツ、意外とやるじゃん」
歴史が好きなのだろうか。キラキラした表情で分かりやすく説明をする少年を、少女が目を細めて見つめていた。
「先輩、詳しいんですね」
「い、いやそんなことないよ!」
パッと顔を伏せると、少年はそのまま黙り込んでしまう。それを見たシタテルヒメは「まだまだガキだなぁ」と笑うと、何かを探すように目の上に手のひらを当てた。
「それにしても、今日はいないのか!」
「誰がですか?」
「阿国ちゃんだよ」
「え!?いる事あるんですか!?」
「あるよー。っていうか、ほとんど毎日いるし。むしろいない日が珍しいくらい!」
「じゃあ、阿国さんと話した事もあるんですか?」
「うん。お友達ー」
「……シタテルヒメ様って、結構人脈拾いですよね。人脈というより、神脈……?」
「ウズメ程じゃないけど、阿国ちゃんとは長い付き合いだからねー。あの子が出雲大社に仕えてくれてた頃から知ってるし!めっちゃいい子だよ、ホント」
「いいなぁ……私もお話ししてみたいです!」
「じゃあ今度会わせてあげるよ!で、生の歌舞伎見せてもらいなよ。凄いよ、生で見たら!」
「そんなに凄いんですか?」
「もちろん!なんか、圧倒されちゃうんだよねー。さすが、伊達にここがパワースポットだって言われてないわけだよね」
「パワースポット?」
「……アンタ、ホントにことごとく阿国ちゃんの事知らないね」
シタテルヒメはため息を吐いてそう言うと、友達を自慢するのがさぞかし嬉しそうに話し始めた。
「芸能者としてその名が知れ渡った阿国ちゃんの力をあやかろうと、歌舞伎俳優とか芸能人とか、結構来るんだよここに。そういう方面のパワースポットだって言われてんの!」
「芸能……なんだかウズメ様と似ている所がありますね!」
「でしょ?」
ふと2人の方へ目を向けると、2人は今度こそ出雲大社の方に向かって歩いていた。
「仕方ない。今日は阿国ちゃん諦めて、2人の恋を見守るか!」
口ではブツブツと言いながらも、その顔が笑っているのに気付いてサラスは可笑しくなる。
「何笑ってんのー?ほら、行こ!」
シタテルヒメに急かされて、阿国寺の前を離れた。
そして今度こそ、鳥居をくぐった。
「うわぁ……!なんだか、すごく神聖な感じがする……!」
「うん、確かに!」
2人がそう話すのを聞き、シタテルヒメが眉をひそめる。
「神聖さなんてあるかな?うちの親父に」
「あるんですよ、だって凄い神様じゃないですか!」
「女にうつつを抜かしてるだけだよー」
ぷう、と頬を膨らませて言うシタテルヒメを宥めていると、背後から声がかかった。
「誰が、女にうつつを抜かしてるって?」
え、と2柱同時に振り返る。
「親父!」
「久しぶりだね、シタテルヒメ。相変わらず元気そう」
「こんなとこで何してんの!?」
「こんなとこって……ここは僕の社だよ?」
詰め寄るシタテルヒメと、それを受けて困ったように笑うオオクニヌシ。傍目から見ると、とても親子のようには見えない。むしろ……
「恋人同士みたい……」
「何、サラス」
「いえ別に」
「君も久しぶりだね、サラス。神在月以来かな」
「そうですね。あの時は何も知らなくて……大変失礼しました!」
「とんでもない。愛娘の友達にお声がけしてもらえて良かったよ。……また会えて嬉しい」
「何が愛娘だ!それに、地味にサラスの事ナンパするのやめてよね!」
「ナンパなんてしてないよ。君の友達だから改めて挨拶を、と思っただけ」
「だったら、そんな距離近くなくてもいいでしょ」
ベリッと音がするほど強く2柱を引き剥がすと、シタテルヒメがサラスの前に立った。
「サラス、不用意に親父に近付いちゃダメだからね」
「えっ?」
「その若さでご懐妊しちゃうよ?」
「ええっ!?ご、ご懐妊って……」
かあっ、とサラスの頬が赤くなる。
「嫌だな、さすがに子供に手を出す程女に飢えてないよ」
「またそんな事言っちゃってさ!」
「まぁまぁ、そろそろ怒りを鎮めてよ。で?今日はどうしたの?」
オオクニヌシがそう言うと、「そうだった」とシタテルヒメがコロッと表情を変える。
「あの2人、くっつけてよ!」
「……は?」
指差した方向には、参拝の列に並ぶ2人の姿が。
「いきなりどうしたんだい?」
「くっつけてあげなきゃいけない事態になっちゃったの。でもアタシ達じゃ力不足だし……で、とりあえず出雲まで導いてみた!」
「導いてみたって言われてもなぁ」
オオクニヌシが渋っていると、「ねーぇ」とシタテルヒメが甘えた声を出して、父親の袖を掴む。
「お父様なら出来るでしょう?……ね?お願い……」
上目遣いをする手をそっと包み、シタテルヒメの顔を覗き込んでオオクニヌシは極上の微笑みを浮かべた。
「ダーメ」
「ええっ!?なんで!?」
「今回は、僕は力を貸さない」
「なんでよ!いいじゃん、少しくらい貸してくれたって!」
「僕の力で彼らをくっつけたって、それじゃ意味ないでしょ」
「でも、いつもは色んな人の願い叶えてるじゃん」
「今回はそれじゃダメでしょ。彼女のスキルアップにもならないし」
オオクニヌシがチラリとサラスを見やる。
「ああ、そっか……」
「スキルアップ?ってどういう事ですか?」
「君はまだ正式な神じゃない。だから、自分がどんな分野の願いを叶えたいのか、そんなビジョンもまだ無いはずだ」
「確かに、言われてみれば……」
とにかく困っている人の願いを叶える事が精一杯で、『どんな願いを叶えたいのか』を意識していなかった。
「正式な神になるよう言い渡された時、その時の自分が叶えたい分野を担当出来るように、今は色んな経験を積むべきだよ」
「そっか……」
オオクニヌシの言う事が正しいと感じたのか、シタテルヒメが下を向く。
「大丈夫。あの2人なら僕が力を貸さなくても平気だよ」
「……」
「そういえば、最近は女性が沢山来てくれるようになってね」
オオクニヌシが出雲大社の外を指差した。
「『縁結び』だって、色んなお店が建ったんだよ。女性だけじゃなくて、カップルで楽しむ人も多いようだし」
「ええ!?」
さっきまでの元気の無さが嘘のように、シタテルヒメが顔をぱあっと明るくさせる。参拝に並んでいた2人を見ると、丁度手を合わせている所だった。参拝を終えて、こちらに戻ってくる。
「サラス、行くよっ」
「へ?」
シタテルヒメは先ほどと同じように指をくいっと曲げると、2人を操った。シタテルヒメは心底楽しそうに駆けていく。
「サラス」
「はい?」
「頑張って、いい神になるんだよ」
「もちろんです!」
「娘をよろしくね」
「……はい!」
「サラスー!早く早く!」
深く一礼するとサラスも駆け出した。
参拝を済ませた間に、2人は大分元のように戻ったらしく笑顔が溢れていた。
「腹も減ったし、何か食べる?」
「そうですね!私、お土産も買って帰りたいです」
「じゃあ、帰りの電車が来る前にそれも見に行こう」
ブラブラと歩いていて目に入ったのは、『出雲そば』の文字。
「出雲特有のそばなんですかね?」
「食べてみるか!」
そう話して2人は中へ入って行く。4人掛けのテーブルに向かい合って座った2人の隣にそれぞれ座る。
「先輩、何にしますか?」
「俺は……割子そばで!」
「じゃあ私も同じもの食べます!」
2人の注文が決まるのを見ていたようなタイミングで店員がやって来る。手早く注文を済ませると、メニュー表を眺める少年に少女が身を乗り出して尋ねた。
「次、どこ行きます?」
「んー、俺はお前が行きたい所でいいけどな」
「ダメだねこいつは!男なら男らしく、女をリードしなよ!」
シタテルヒメがそう怒ったのを聞いているのかいないのか、恐らく後者であろうが、少年がメニュー表を閉じた。
「さっきさ、お土産買いに行きたいって言ってたじゃん。それ見に行こう」
「はい!私、実はこの辺のお店少し調べて来たんですよ〜」
少女がウキウキと携帯を開く。
「買いたい物がたくさんあって!」
「それ、他人へのお土産じゃなくて自分へのお土産じゃないか?」
「いいんです、それで!私はいつも頑張ってるので!」
クスクスと笑っていると、出雲そばが運ばれてきた。
「わぁ、すごい黒っぽいですね」
「ていうか、香りがすごくいいな!」
「お二人共、出雲は初めてですか?」
「そうなんです」
話しかけてきたのは、そばを運んできた綺麗な女性だった。
「出雲そばって、蕎麦粉を作る時にそばの実を皮ごと石臼で挽くから、他のそばに比べて色も濃くて黒いんです。三大そばの一つなんですよ」
「そうなんですか!?」
「ええ。わんこそば・戸隠そば・出雲そばが三大そばです。……それじゃあ、ごゆっくり!」
笑顔を残して店員は去って行き、2人は割り箸を割った。
「……うまっ」
「すっごいいい香り〜!」
美味しい、美味いを繰り返しながら一心不乱に食べていた2人のそばは直ぐに無くなり、少し休憩してからレジに向かった。レジを担当していたのは2人の元にそばを運んできた女性だった。
「すっごく美味しかったです」
「それは良かったです!今から出雲大社に参拝ですか?」
「いえ、参拝済ませて帰ってきた所です」
「そうなんですか。お二人はカップルとか?」
素朴な質問に、ブンブンと手を振って否定する。
「ち、違います!」
「なんだ、そうなんですか。……でも、頑張ってくださいね!」
最後の一言は少年にだけ聞こえるように言ったものだから、少年の顔が薄っすらと赤くなる。
「ご、ご馳走様でした!」
店を出ると、少し冷たい風が吹いていた。少女が少年の隣に並ぶ。
「先輩、ご馳走様です」
「へ?」
「お会計、サラッと私の分も払ってくれましたよね?あとでお金はお返しします!」
「いいよ別に。これくらい。それより、お土産見に行くんだろ」
「あ、そうでした!でも、もう目星はついてるんです!」
言って、少女がある店に入って行った。
「先輩、これ食べましょうよ!」
「まだ食べるのかよ」
「これ、出雲銘菓で有名なんですよ」
「『俵まんぢう』?」
「そうです!」
言いながら少女はそそくさと2つ買い、一つは少年に手渡しする。
「俵まんぢうって言うだけあって、形も俵だな」
「美味しい〜っ!」
「中身って白あんか!」
「外はカステラなんですけどね。カステラがふわふわしてて、白あんが程よい甘さを引き出してませんか!?優しい味です〜」
「随分詳しいね」
「言ったじゃないですか!調べて来ましたから」
「俺もこれ、買って帰ろ」
家族の為に一つ買うのをニコニコしながら眺め、少女は少年の腕を引っ張った。
「次、あっちです!」
「今度は何買うんだよ〜」
「『お箸』ですよ」
「箸?」
着いた店の箸を指差して言う。
「これですこれ!『縁結び箸』!」
「これ、縁結びなの?」
「男女の縁だけじゃなくて、色んな人との縁の繋がりを込めてるんだとか!一膳ずつ買いません?」
「じゃあ俺はこれ」
「あ、先輩そっちにするんですか?じゃあ私はこっちにします!」
結局、それぞれが黒と赤の箸を買い、店を出た。
「どう?満足した?そろそろ時間にもなってきたし……」
「あ、ホントですか?じゃあ駅に……」
辺りは夕暮れに染まり、2人の影も長く伸びる。出雲大社の前に差し掛かった時。前を歩いていた少年がピタリと足を止めた。つられて、少女も足を止める。
「……なぁ」
「はい?」
「ごめんな。あの時」
彼が指す『あの時』が、最初の告白の時だとサラス達にも理解出来た。
「ごめん、無責任だったと思ってる」
「そんなこと……」
「俺、素直に言えなかったんだよ。お前が前にいて、緊張して恥ずかしくて、素直になれなかったんだ。だから、その……」
「……」
「やり直させて、欲しい」
少年が、パッと振り返って少女に近寄った。その時に分かった。少年の顔が赤く染まり、手に何かを持っているのを。しばらく俯き、細く震える息を吐き出してから、少年は何かを差し出した。
「俺と、付き合って下さい!」
それは、チョコレートの箱だった。
「噂に近付こうなんてそんな事、1ミリも思ってない!思ってる事があるとするなら、」
「……」
「本物に、なりたい……」
差し出した箱が小刻みに揺れている。そのまま、少しの時間が過ぎた。少年が腕を下ろそうとした時。少女の指がそっと、触れた。
「私も、好きです」
「……え」
「多分先輩が私を好きになるよりずっと、ずっと前から好きでした」
「でも、あの時俺から逃げて……」
「悲しくなっちゃったんです。先輩にとって私って、噂の為だけの存在なのかなって……だから、逃げちゃったんです」
ごめんなさい、と謝る背中が小さい。その背中にぐっと腕を回したのは彼だった。
「……っ、先輩?」
「ごめん、俺……」
ざあっ……と、風が吹く。互いの存在を確かめるように抱きしめ合う2人を、風に流される髪の毛を押さえて、サラスとシタテルヒメは黙って見守った。
「お前の事、すげぇ好き」
これは、不器用な人間が作る、甘くほろ苦い人生の1ページ。
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