卯月

「……様」

「……」

「……ウズメ様」

「……」

「ウズメ様っ!!」

「……はっ!な、なに!?」


ぐっすりと眠り込んでいたウズメは、がばっとその身を起こし、付き人であるカフカを見た。


「大変です!ど、どうしましょう!」

「わ、分かった分かった!分かったから落ち着いて話しなさい、ね?」

「それが落ち着いていられますか!ウズメ様、早くこちらへ!」


無理やりカフカに手を引かれ、居間へ行くと。


「……なんですか、これは」


そこには元気よく泣き叫ぶ、赤ん坊の姿があった。


「かすかに何かの泣き声がした気がして、外へ出てみたら……赤ん坊がおくるみに包まれて、置き去りにされていたのです。ひとまず、中に入れたのですが……どうしましょう、ウズメ様」

「どうしましょうと言われても……見つけた時、母親はどこにもいなかったのですか?」

「はい。何より、赤ん坊と一緒にこのようなものが……」


彼女から手渡されたのは、真っ白い手紙だった。


『ウズメ様

こんなことになってしまい、本当に申し訳ありません。ですが私には、もうこうすることしかできないのです。私は今までとある神として生きて参りましたが、最近は誰も私を参拝してはくれず、ひもじい思いをするばかり。ですがこの子にも、ひもじい思いはさせたくありません。ですからどうかウズメ様、この子をよろしくお願い致します』


「……つまりこの赤ん坊は、捨てられてしまったということですね」

「はい。本当に可哀想なことですが……。ウズメ様、どうしましょう?」

「……」


ウズメはその質問には答えないまま、赤ん坊を抱きかかえた。頬に手を当ててやると、随分長い間外にいたのか、冷たくなっている。しばらく頬を撫でていると、その赤ん坊の手が伸びてきてウズメの指を握り、そして……ウズメに笑顔を向けた。その笑顔を見て、ウズメは一瞬で決意した。


「この子は、私が育てます」

「えっ!?で、ですが……」

「この子に罪はありません。そして、この子を産んだ母親にも。誰にも罪はありません。ただ、この子がここへ来た事は何かの縁だと私は思うのです。だから私は、この子を育てます」

「……そう言って下さって、良かった」

「え?」

「実は、もしウズメ様がこの赤ん坊を育てる事を拒まれたら、私が引き取って育てようと思っていたのです」


カフカは赤ん坊に暖かい笑顔を向けた。ウズメも、つられたように笑顔になる。


「……『サラス』」

「え?」

「この子の名前は、『サラス』にします」


サラスと名付けられた赤ん坊は、手足をバタバタとさせてとても嬉しそうにした。その小さな手と握手して、ウズメは微笑んだ。


「サラス、私の名はアメノウズメ。これから、あなたの母となります。よろしくね」


そして、サラスの育ての母となるアメノウズメ。彼女は現代日本において芸能の女神とされ、日本最古の踊り子と崇められている神である。


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