第2話 少女は闇の狭間で微笑む
【2-1】
日が落ちてもなお夏の暑さが和らぐことは無く、今晩も寝苦しい夜を過ごすのは必至だった。しかしここまでクーラー無しで乗り切れてしまうと、もはや残り少ないであろう夏日の為だけにそれを買うのも幾らか抵抗があり、結果、無駄に暑さに耐え忍ぶ日々が続いていた。
「あー夏目君、もうあがっちゃっていいよ。お疲れ様」
バイト先の店長からそう呼び掛けられ、蓮介はお疲れ様ですと言葉を返した。
蓮介は基本、彩色堂の依頼が無い日(というかある日の方が稀である)は、こうして近場のスーパーでバイトに励んでいる。学生にとって、金は有り余るということは無い。特に目標があるわけではないが、何も考えずに働くこの時間が、蓮介は割と好きだった。
蓮介がスーパーで働く時間帯は、大体午後5時から9時までの4時間だ。時給750円であれど、4時間働けば3千円だ。これを半月ばかりこなせば4万5千円となり、学生一人の食費としては申し分無かった。
スーパーは割り当てられる部門によっても変わってくるが、基本的に楽な職場だ。コンビニと違って商品の回転率が全体的に遅いというのが第一にあるし、バイトに関してはひとつの部門の商品さえ把握できてしまえば、後はあまり困ることは無い。
またこのスーパーは人手が有り余っており、勤務時間の後半は、ほぼ全ての時間を商品棚の整理等に回すことができた。
「……」
時刻は午後21時。
バックヤードで帰り支度を済ませた蓮介は、靴を履き替えるため休憩所の出口へ向かった。その時だった。
「夏目君、あの、ちょっといいかな」
目の前に、ここの先輩であるところの城ヶ崎亜矢が立っていた。どうやら既に帰り支度は済ませてあるようで、肩にはエメラルバッグが掛けられている。
城ヶ崎亜矢は蓮介のひとつ年上で、蓮介とは違う大学に通っているらしかった。ここに入りたての蓮介を指導してくれたのも彼女であり、職場での付き合いは一番長いといってもよかった。
亜矢は神妙な顔立ちで眼鏡の位置を直した。セミロングの髪をかき上げる仕草は、見ていて様になっていた。
「……なんですか?っていうか城ヶ崎さん、今日のシフトってもう1時間くらい前に
終わってますよね。もしかして、わざわざ僕が来るのを待っていたのですか」
「まあ、ね。うん、そんなところ。どうしても今日、君に相談しておきたいことがあったから。これからちょっと時間ある?」
蓮介は携帯電話を取り出し時間を確認した。そういえば、1台目の携帯は結局山の中へ置きっぱなしになっているため、今はこうして2台目の方を主として使っている。
思えばあの事件から、既に2週間が経とうとしていた。今となっては将来語る武勇伝がまたひとつ増えた程度の認識になりつつあるが、しかして本当に、よく生還できたものだ。
右肩の傷は、多少の痕は残るらしいが命に別状は無いそうなので、澄ました顔をしつつも僕は、内心胸をなで下ろしていた。
「あー……はい、大丈夫です。ひとつ電車を遅らせれば」
「本当にいいの?なんなら、また明日でもいいんだけど」
「いえ、心配なさらないでください。ここまで待たせてしまったのですから、僕にも付き合う責任があるのでしょうし。先輩に待っていただいた時間を、無下に扱ったりはしませんよ」
「そっか、それじゃあついて来て。ここから私の家、結構近いんだ」
城ヶ崎さんは僕に背を向け、スタスタと裏口へ歩きだした。まだ完全に靴を履き終えていなかった僕は、若干遅れてその後に続いた。
立ち上がってみると分かるが、この先輩は妙に身長が高い。僕と同じか、もしくはそれ以上だ。
今僕と同じ背丈みたいなことを言ってしまったけれど、これの大凡は僕の見栄であり、実際は数センチばかり彼女の方が背は高い。
裏口のドアを開ける寸前、ようやくになって、僕の口から呆けたような声が漏れた。
「えっ、家に行くんですか?」
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