【1-17】

結果、蓮介が彩色堂に辿り着いたのはその日の夕方だった。

シスイたちのアジトに着くと、その中でシスイの仲間と思しき男が首を吊って死んでいた。大方、これから自分が受けるであろう処遇に絶望し、自ら命を絶ったのだろう。

東美香の特徴は真帆さんから聞いていたので、比較的簡単に身柄を押さえることができた。

他の攫われた人間も、後に警察によって保護されたようで一安心だ。

僕はといえば、猟銃で撃たれた右肩が思った以上に重症だったらしく、一度病院で治療を受けた後、こうしてまた真帆さんに会うことができたのだった。



「蓮介、これが今回の報酬だ。受け取ってくれ」


真帆さんは僕に茶封筒を渡して寄越した。中には一万円札がぎっしりと詰まっていた。


「えっ……と、こんなに貰っちゃっていいんですか?真帆さんの話を聞く限り、今回は僕の功績というより、主に樋尻組の兄さん方の功績の方が大きい気がするんですけど……」


「何言ってるんだ。そっちは岡部が勝手に動いただけだろう。今回の私たちの仕事は、あくまで東美香を見つけ出すことなんだから。よく連れ帰ってきてくれた。今回の君の成果は大きいぞ。そのお金は、いいから取っておいてくれたまえよ。これで君に、給料にケチをつけられることも無くなったわけだし、私も一安心といったところだ」


「そ、その話をまだ引っ張りますか」


こういうところ、僕の上司は執念深い。まあ払うと言ってくれているものを、わざわざ拒む必要も無かろう。


「東美香のことは、後で私から明美ちゃんに伝えておくよ」


「……そのことなんですが、東美香の容態は……その後どうです。身体に打ち込まれた麻薬は……」


「それに関しては心配無い。東美香は誘拐されてから日が浅かったようで、体内に溜まった麻薬の量が少なかったからな。他の人間みたく過剰な量の麻薬を打ち込まれずに済んだのが幸いだった。さっき軽井沢に別荘を手配しておいたから、そこでゆっくりと身体からクスリを抜いてもらうつもりだ。厳しい戦いになるかも知れないが、なあに、そこは彼女の頑張り次第さ。まあ彼女の生きたい気持ちが本物なら、麻薬の毒なんかに負けるものか」


「……よかった。僕も頑張った甲斐があったというものです。しかし、そんなところまで面倒を見てあげるなんて、真帆さんも意外と慈悲深いんですね」


「バカ。最後までクライアントの依頼に責任を持つのがプロなんだ。うちをそこらの便利屋と一緒くたにしてもらっちゃあ困る」


「……」


あの後僕は、僕が山中で奮闘している間に起きた全ての事件の顛末を聞かされた。

血盟団の真相、樋尻組や嶋岸組の功績、そして、その裏に蠢いていた麻薬の製造組織……。


「結局、裏で血盟団を操っていた人物については分からず終いなんですか?」


「ああ。やはりその辺はその組織の方が数枚上手だったよ。どこまでが露見してしまわなければ大丈夫かを熟知している。あれはプロの仕業だ。警察をもってしても、逮捕まで辿り着くのはかなりの労力だろう」


「……なんだか後味が悪いですね。僕も真帆さんも、果てには樋尻組の方々も、結局はその組織に踊らされていただけのような気がして……」


「なあに、私たちはちゃんと一矢報いているさ。あれだけの数の麻薬が押収されたんだ。しかも世に出回る前のオリジナルをだ。奴らも当分は悪事を働けまいよ」


「そうだといいのですが……」


「蓮介、あまり気に病むなよ。東美香を五体満足で救出できただけでも奇跡なんだ。私たちは、今はそれを喜ぶべきだ」


「……」


「それに……君にそんな怪我を負わせてしまったのも、結局は上司である私のミスだ」


真帆さんは、助手である僕に向かって深々と頭を下げた。


「本当にすまなかった」


「ちょっ……やめてくださいよそういのうは……僕はこれが仕事なんですから」


「しかし蓮介……」


「……」


とにかく、今は次ある依頼に備えゆっくり休もうと思った。丁度真帆さんが布団を用意してくれたので、そこで休ませてもらうことにした。


「そういえば真帆さん、僕が見せられた幻覚の中で、真帆さんが徐に裸になる場面があったのですが、あれにはえらくたじろいてしまいましたよ」


「なっ……ちょっ、はああ?」


「僕はそういう口説き文句にはあまり詳しくないのですが、その、こういうときなんて言うんですかね……『いい体してたよ』とか」


「うわああっ黙れ!黙れ黙れ!」

顔を真っ赤にした真帆さんは、僕の体をぽかぽかと殴りだした。

それによって丁度いい位置にあった傷口が開いてしまい、僕は帰りがけに再度病院へ向かう羽目になるのだけれど、それはまた、別のお話。

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