【1-16】

序盤で銃弾を使いすぎたことを、今更ながらシスイは後悔していた。

比較的優位な状況であったにも関わらず、調子に乗って3発も発砲してしまったのは明らかに自分のミスだ。自分の心のスキが生んでしまった大ミスだ。

替えの弾は持ってきていない。

先ほど確認したが、この猟銃はフル装填しても5発が限界だ。

つまり、残りの弾は2発しか残っていないのだ。映画で見るピストルなどはもっと沢山弾が詰められるのに……。シスイは手元の猟銃を見つめ唸った。


「クソッ……暗くてよく見えねえ……蓮介、あの野郎絶対ブッ殺してやる……」


ちなみにだが日本の猟銃は基本、ライフルと空気銃の装弾数は5発以下と決まっている。

仲間に持たせたピストルは海外から輸入したものだが、今持っている猟銃は人質を脅すために近場の民家から盗んだものだったので、それはしっかりと、日本の法律に則られていた。


「おいこらてめえー!どこにいるんだコラ、出てきやがれクソ野郎っ!」


本来自分は物静かな性格だ。

子供の頃からそうだった。常に一歩引いた立場からあれこれ意見を言いはするが、ギリギリのラインで踏みとどまり、その先に進むことは無かった。

だが爆発すると手が付けられなくなる。

以前、というよりかなり昔の話、俺が小学生の頃。

クラスの人気者だった岩下という女の子に恋心を抱いたことがあった。言葉にこそ出さなかったが、俺の態度から俺の岩下へと向けた好意は自然と周囲にも露見していたらしい。

ある日のこと、クラスの男子連中が俺の恋心を岩下に告げてしまった。奴らからしたら軽い気持ちだったのだろうが、俺からすればそれは筆舌に尽くしがたい屈辱だった。

俺は、常に人を見下していたかったのだ。その為には、心に余裕を持たせなければならなかったのだ。

恋心というのは、基本的に人間を堕落させる。人間を弱くさせる。誰かを愛おしいと思うことは、それだけ、その相手を優位に立たせてしまうということなのだから。

つまり、俺の恋心が明るみに晒された時点で、俺の優位は崩れ去ったのだ。

俺は、自分が人間っぽく思われるのも嫌いだった。人間として扱われたくないということではない。何を思っているか分からない、人並み外れた存在でいたかったのだ。恋をするということは、即ち感情を持つということで、それは図らずも人間味というものを持たせてしまう。

俺は持っていた自我を、懸命に守り続けてきた自尊心を、奴らの手によって奪われたのだ。

そこからの俺の行動は早かった。

奪われたのならば奪い返せばいいだけだ。

俺の心と釣り合う代償は、奴らの魂以外に無いと思った。奴らの魂を奪うことでしか、俺の心の隙間は満たされないと思った。

結果俺は、それに関わった男子4人を殺してしまった。心苦しかったが、岩下もそのまま殺してしまった。自分の弱みを見せてしまった人間を、生かしておくのは気持ちが悪かったからだ。

死体は学校の裏山で処理した。全身を灰にして土に還した。男子連中の遺灰と岩下の遺灰が混ざり合うのは悔しかったので、遺灰はそれぞれ別の場所に埋めた。

悪いことをしたという自覚は無かった。というか、そんなもの今だって無い。その時あったものは何も無い。精々埋めた際の疲労くらいだ。

奪われた心を奪い返しただけだったので、別段恥ずかしいとも思わなかった。むしろ当然の報いだと思った。


「……」


つまり俺は、そういう男なのだ。俺を怒らせると、人の命のひとつやふたつ、なんてことはない。

今俺が血眼で追っている男だってそうだ。所詮は人間なのだ。

俺を怒らせた、人間なのだ。


「蓮介ーっ!逃げてばかりかてめえ!ダセえんだよこの野郎!」


そういえば、俺はこうしてどれだけ蓮介を追っているだろう。少なくとも1時間は経ったはずだが。そう考えるとこの疲労も頷ける。


「クソっ……まともに飯を食ってねえから体力が……」


その時、何かに躓いたようで、シスイの身体はそのまま闇の中に放り出された。

溜まった疲労が原因かうまく受身を取ることができず、シスイは急斜面から転げ落ちた。


「あ痛てて……クソ……あっ……」


どうやら転んだ際に猟銃を離してしまったらしい。手から離れた猟銃は、シスイから少し離れた場所に投げ出されていた。

シスイはよろよろと立ち上がり、猟銃を手に取ろうとした。その時だった。

目の前の影に、シスイの手が踏み潰された。踏み潰すという表現は過剰ではなく、実際にごりごりと嫌な音が鳴っている。


「あぎゃあっ!」


「こんなもの取らせてたまるかよ……シスイ、お前らのアジトを吐いてもらうぞ」


「れ……蓮介っ……てめえっ」


自分と同様、疲労困憊した様子の蓮介がそこには立っていた。肩からの出血は多少止まったようであるが、貧血で随分としんどそうだった。


「この銃が無いんじゃあお前ももうおしまいだろう。悪いことは言わない。さっさとアジトの場所を吐け」


「だ……誰が教えるかよ、クソ……」


「……シスイ、お前さっき、『何人も殺している』と言っていたよな。それじゃあ、

殺された経験は何回ある?」


「ああっ……!そんなもんあるわけ…………」

言い終わる前に、シスイの顔が青ざめた。

今の状況を絵にすると、蓮介が横たわるシスイを踏みつけているような構図になるのだが、その構図が出来上がっている場所が問題だった。

そこは線路の上だった。

しかもシスイらが作ったダミーの線路ではない。本物の線路だ。


「今は午前5時だ。もうじき、始発の電車が走り出すぜ。いや、貨物列車とかならもう走ってるかも知れないな」


「や……やめろよ、おい……冗談だろう……?」


「頭と胴体を切り離されたくないんなら、大人しくアジトの場所を吐けよ。早くしないと、車輪で首を切断されるぞ」


「おいやめてくれよ!なんでこんなことすんだよ!」


シスイは蓮介の足元でジタバタともがいた。しかし、思うように身体が動かない。よく見ると、下半身が傷だらけだった。動いている最中に切ったのだろうか、怒りで我を忘れていたために痛覚が麻痺しており、怪我に気付くことができなかった。


「僕はアジトの場所を知りたいだけだ。だから早く教えてくれ」


「教えたら……俺を助けてくれるのか」


「ああ。だから早くしてくれ」


シスイはまるで断腸の思いとでも言うように、ギリギリと歯ぎしりを始めた。あまりに強烈で歯が砕けそうだ。


「…………廃駅を出て真っ直ぐ行ったところに階段がある。そこを上ってすぐだ」


「本当だろうな」


「本当だ!本当だよ!だから俺の首から足をどけてくれ!」

シスイが叫んだ次の瞬間だった。遠くから、電車の走る音が聞こえてきた。


「ああああああああっ!」


「あーもう、うるっさいな!ほら、もう行っていいから!」


蓮介はシスイの首元から足をどかした。しかし、シスイは線路から起き上がろうとしない。


「……シスイ?おい、早く起きろよ。電車が来るぞ」


「あああああっ!あああっ!ああああああっ!」


シスイの尋常ではない絶叫に、さすがの蓮介も違和感を覚えた。この叫び方はおかしい。怖いのなら、すぐに起き上がって逃げればいいものを。


「シスイ?おいどうした。お前、もしかして何かが見えているのか?」


「ああああっ……ゆ、許してください許してください。俺がっ、俺が悪かったです。

みんなの命を奪ってしまった、俺が全部悪いのです。だから、だから俺を許してください」

シスイは何も無いところに向かって、突然泣きながら懺悔を始めた。弱々しい顔で、必死に許しを求めている。


「シスイ……おい、電車が、おいっシスイっ!」



「許してくぎゃぶ」



シスイの祈りは、轟音によって掻き消えた。

シスイを轢き潰した貨物列車は、そのまま止まることなく明け方の街へと消えていった。

その場には貨物列車の残響と、もはや原型を留めぬシスイの残骸だけが残った。

シスイは車輪と線路の隙間に飲み込まれたようで、線路にはシスイの肉片がびっしりとこびり付いている。摩擦によって肉も焼けてしまったのだろうか。辺りには何とも形容し難い悪臭が立ち込めていた。


「……死の際に立たされて、あの世との距離が縮まったシスイは……見てしまったということだろうか。殺してしまった人間の亡霊を……」


蓮介は、シスイから聞き出したアジトの場所を目指し歩き出す。

線路を辿れば、案外簡単に辿り着けそうではあった。

……それに気付くことができたなら、きっとお前の人生は上等だったぜ。

蓮介は、道中そんなことを思った。

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