【1-15】

樋尻組は天上会という組織の傘下に収められた団体である。即ち、樋尻組は正確には天上会直系樋尻組と表記するのが正しい。

天上会とは、主に信州全域に渡って暗躍する極道団体だ。構成員の数は並外れた規模では決してないが、長年の間、様々な手段でこの県に貢献を重ねてきた。


「……」


そんな天上会本部の応接室に、樋尻組若頭こと岡部健次郎は、いた。


「というわけで岡部。この件に関しては、後は俺たちに任せてくれ。お前らが今回やってくれた功績は、しっかりと本部へ伝えておく」


天上会直系嶋岸組組長、嶋岸徹はそう告げた。


「ええ、了解しました。それじゃあ樋尻組の構成員は、全員引き上げさせても大丈夫なんですね?」


「ああ。手柄を奪ってしまうようで申し訳ないが、奴ら血盟団のアジトが姨捨近辺にあると分かった以上、この先は嶋岸組の仕事だからな。というか、本部からの命令だから俺も軽々に逆らえない」


「いえ、気になさらないでください。俺たちは端から手柄欲しさで動いているわけじゃあない。ヤクザ風情がこんなことを言うのは間違っているのかも知れませんが、ねじ曲がった治安を正すのが、俺たちの役目だと思っていますから。組員にもそう教育してあります」


「……本当に、お前は珍しいタイプの極道だよなあ。こんな裏街道を歩かせておくのが勿体無いくらいだよ」


嶋岸は苦笑しながら言った。


「それで、俺たちが確保した血盟団のガキ共はどうなったんです?」


「ああ。あいつらは今、本部の拷問部屋にいる。下衆な有象無象のくせして口だけはえらく固くてな。適当に痛めつけといた。若い連中に任せちまったから加減できなかったが、必要な情報は聞き出せたよ」


「拷問の内容をぼかしましたね。やっぱ、ちょっとキツイことしたんです?」


「……最初は結束バンドで手首を縛ってそこから先を腐らせようとしたんだが、まああれは短期戦には向いてねえやな。結局手足を少しずつ短くさせてもらったよ。死んではねえと思うが、まあ、そう簡単に社会には復帰できまい」


「……そうですか」


「おっと、クズ共相手に変な情けは無用だぜ。実際あいつらは殺しもやっている。それに、もある」


「……ガキ相手にそんな大層な拷問やったってことは、彩色堂のお嬢……極彩色の言った情報は本当だったということですか?」


「ああ。手間取ったがようやく吐きやがったよ。あいつらが一般人使って人体実験してたクスリ。あれはやっぱり正規のクスリじゃあなかった。あれは麻薬だ。しかもまだどのブランドにも属してねえ。どうやらそのことは、あいつら自信も分かっていなかったようだが」


「つまり血盟団のガキ共は、どこかの雇い主から依頼されて、理由も分からず麻薬の効果を一般人を使って調べていたということですか」


「そういうことになるな。市場に回る前にこうして押さえられてよかった。一般人に流れちまったら、そのまま県全域に広がっちまう」


嶋岸の話によると、血盟団のメンバーは全員、自分らの行為を正義と信じて疑っていなかったそうだ。

人の為と信じ、こうして誘拐を行っていたらしい。

そう考えると胸が痛くなるが、彼らのもたらしてしまった結果は残酷だ。罪は罪として受け入れるべきだ。


「で、結局、麻薬を血盟団に流した黒幕の目星はついたんですか?」


「いや、それはまだだ。っていうか、恐らく目星は付かないと思う。連中も馬鹿じゃねえ。芋づる式に事が露見しないように、いくつか段階を踏んでいる筈だ。とてもじゃねえが黒幕の胴元には辿り着けねえよ」


「そうですか……」


「まあ今回はこうして血盟団を壊滅させ、麻薬を押収できただけで御の字だ。後はアジトに残っているっていうメンバーを拘束すればそれでいい。攫われた人間の世話を見るのは警察の仕事だ」


「それで、その、攫われた人間はどうなるのでしょうか。そいつらの証言によると、随分な量の麻薬を打ち込まれているらしいですが。社会復帰は、可能なのですか」


「……」


岡部の問いに、嶋岸は押し黙ってしまった。

何人もの薬物依存者を見てきた彼らにとって、麻薬の驚異にはまってしまった人間の末路は恐ろしく、そして絶望的であったからだ。

自ら進んで麻薬に溺れた人間など、嶋岸はどうでもいいと切り捨ててきた。それは岡部も同様だった。自分の人生の責任を取れるのは自分だけであり、他人がどうこうすることではないのだから。

しかし今回は違っていた。

強引に麻薬を摂取させられた人間を救うには一体どうしたらいいのか。それは見当もつかなかった。


「俺たちは願うことしかできねえよ。人間の強さを、欲望に溺れまいとする人間の精神を、願うしかない」


「……」


岡部は唇を噛み締めた。自分の無力さを、呪っていた。

唇から滴った血は岡部の顎を伝い、ポトリと机に落ちた。

それは涙のようだった。

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