【3-13】

岡部さんが彩色堂を出た後、真帆さんは大きな伸びをした。


「さて……と」


身の回りの家事をする能力が著しく欠損している真帆さんは、一昨日からずっと放置された鍋の残骸をチラチラと見た。


「片付けましょう、真帆さん。僕も手伝いますから」


「でもこれってよく考えたら助手の仕事だろう?」


「え、いやでも」


「やれ。命令だぞ蓮介」


とんでもない店主だった。僕の店主は、とんでもないろくでなしだった。


「くそ……あーあ、香帆ちゃん、具材置きっぱなしだよ……」


「そうだ蓮介」


真帆さんは、ふと思い出したように言った。


「……なんですか?」


「ど、どうだろう。もし君がよければなんだけど、ほら。今年の夏は色々と大変だったじゃないか。そのねぎらいも込めて……2人で旅行に行かないか」


「旅行ですか?」


「金沢にいい旅館があるらしいのだけど……ダメ……かな?」


「い……いいですね。そういえば、僕と真帆さん、2人だけの時間って、最近あまり取れていませんでしたもんね」


「そそそ……そういうことは関係ないんだ。別に私は、せめて君に疲れを癒して欲しいと思って……」


「ありがとうございます。日はいつか分かりますか?」


「できれば来月の頭には行きたいかなあ」


「それじゃあ詳しい予定が分かったら連絡してくださいね。僕も、楽しみにしていますので」


「うん……私も」

そう言うと、真帆さんは困ったように頬を赤らめた。

そしてばつが悪いといった様子で、ちまちまと鍋の掃除を手伝い始めたのだった。

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