【3-12】
松本に着いたのは午前10時を回った頃だった。
組が無くなったため帰る場所が無く、やむなく一行は彩色堂に集まるのだった。
「お前たちを襲った則本という男、あいつは則本一派という臓器調達グループのリーダーだ。それでも所詮はカタギだから、ここまで報復に来るということもないだろう。警察に介入されて損をするのは明らかに則本一派なんだから」
「極彩色さん……嶋岸組や樋尻組から、何らかの攻撃を受けることは無いのでしょうか。口封じとか、ケジメとか」
山辺と江本は心配そうに言う。
「だからお前たちはもうカタギだろう?ケジメなんて取る必要がどこにある。それに、嶋岸組は既に1億を手中に、樋尻組組長は嶋岸組次期若頭に。ヤクザ連中は、既に各々の目的を達成しているんだ。お前たちを憎む理由が無い。だから報復の可能性があるのは、則本一派だけだ」
「よ、よかった……」
「だから今回の一件、こちらで一番被害を被るのは則本を撲殺した蓮介だ。お前たちは、きっと安心していい」
「ちょっ……ちょっと待ってください!突っ込みどころが多すぎて……僕は則本を殺していませんし、警察の御用にもなりませんって!あれは、岡部さんたちを助けるためだったんですから」
蓮介がそう言うと、岡部は蓮介の肩をポンと叩いた。彼は逞しく笑っていた。
「ああ。ありがとうな蓮介。お前が来てくれなかったら、今頃俺たちはやられていた。本当に、感謝しているんだぜ」
「そう面と向かって言われると……て、照れるので」
すると真帆がポンポンと手を叩く。
「さあさあお前ら。いつまでも私の店にたむろしてんじゃあないぞ。お前らみたいな凶悪な人相をした有象無象に、いつまでも居座られるとこちらも商売上がったりなんだよ。客が怖がって逃げてしまう。さあ帰った帰った」
「ちょ、ちょっと待ってください極彩色さん。俺たち、今帰る場所が無いのです」
「知るか。この道を出て左に曲がり突き当たった先にハローワークがある。そこでいい就職先でも探すがいい。少々なら口を利いてやる」
「うえ〜」
山辺と江本は口を揃えて泣き言を言う。
「おいお前ら。俺はちょっと極彩色と話があるから、お前らは先に近場の喫茶店にでも入っててくれ。話が終わったら連絡する」
「あ、はい。分かりました」
「……」
山辺と江本は、そう言うと「お邪魔しました」と頭を下げ彩色堂を出て行った。
店内には、岡部、真帆、そして蓮介が取り残される。
「……それで?私に話ってのは何なんだい?」
真帆は妖艶な笑みを浮かべている。まるで、岡部の言わんとしていることが分かっているかのようだった。
というか、実際分かっているのだろう。
「今の俺には……背景が無い。極道でもなければ会社員でもない……ただの、いわゆるニートだ」
「まあ……そうなるね」
「俺はこんなことで、この先生きていけるのだろうか。今の俺は、ただそれが不安だ。不安で不安で……今にも胸がはち切れそうなんだ。こんな泣き言を、あいつらの前で言いたくなかった」
「まったく……お前は綺麗な人間だよな。ヤクザのクセに毒気が無い。そんなんだから、いちいちそんな風に色々と考えちゃうんだろう」
真帆はからからと笑った。その笑みには、労わりがあった。
「生きることは誰にだってできるんだ。それは別に、人に限った話じゃない。その辺の犬や猫、ゴキブリにだって、ちゃんとそれはできてるんだから」
「……」
「でもな。命を活かすこと。こればかりは人にしかできない。お前がしている心配は、きっとそういうことだ。命は活かさないと、どんどん色を失って死んでいく」
「命を活かす……とは」
「活かし方は人それぞれだ。仕事でもいいし趣味だっていい。私が言いたいこと、お前には分かるかい?何も働けと言ってるわけじゃないんだぜ。やれ生きる目的を持てだとか、生きる意味を見い出せだとか、そんなものもどうでもいい。いっそのこと、面倒なことはすべて回避して、ダメ人間になってもいい」
「極彩色……お前は……」
「命を活かすとは、摩耗するということなんだ。今は徹底的に打ちのめされろ。徹底的に傷付き、徹底的に絶望しろ。そしてその上で、それでも生きていたいと願っていろよ」
「……俺に、そんなことが」
「できるさ。お前は以前、漫画家になりたいと思っていたんだろう?ならば、その辺の夢とやらを糧に精々長生きしてみろよ。私は、夢は必ず叶うなんて安い言葉も、敢えて使ってやらないから」
「……」
「頑張る必要なんて無い。ただ頑張りたいと、そう思えればそれでいいんだ。それだけで、きっと人の人生は上等だ。今はただ摩耗しろ。強い心さえ持っていれば、どんな外壁だって越えていけるさ」
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