【3-8】

民宿村と書かれた看板を横目に、岡部一行は、果たしてその集落に足を踏み入れた。

ジャングルのような場所を想像していたが、中は至って普通の村で、こんな場所で本当に臓器売買が行われているのかと疑念を抱かずにはいられなかった。

ぽつりぽつりと雨も降り出し、一行の不安を余計に仰いだ。


「岡部さん。それで、これからどうするんです?」

江本が言う。


「取り敢えず則本に電話をする。極彩色から奴の連絡先は聞いているからな。則本の起こすアクション次第で、今後の動きが左右される」

岡部はそう言うと、真帆から得た紙を片手に発信動作を始めた。

今は殆どの番号が携帯内の電話帳に登録されているため、こうした発信動作は妙に新鮮に感じられた。


「……」


岡部は耳に携帯を当てる。

遠くで発信音が鳴っている。飾り気のない普通の発信音だ。


「……」


『……もしもし』


当然だが則本は名乗らない。もしもしの次に自分の名前をセット感覚で引っ付けて言う輩は死んでいいと、以前極彩色は言っていた。


「あ、こんにちは。私、樋尻組の岡部という者ですが……そちら、則本学さんの携帯でよろしいですか?」


『…………どちらさんだい。樋尻組っちゃあ信越地方のヤクザだな?ヤクザが俺に何の用事だ。あいにく、お前らの世話になるようなことはしちゃあいねえぞ』

敵意剥き出しで則本は言う。まあ、警戒されるのは仕方がない。この辺は予想していたことだ。


「ええと……うちの組長が則本さんの知り合いだと言うもんで、こうして電話を掛けさせて頂いてるのですが……今から会っていただけませんか?実は私、既に樹海に入っているのですけど」


『樋尻組の組長……ね。うん、そうかあいつが……うん。分かった。いいだろう。あと人生の先輩として、というか一般常識として一応言っておいてやるが、人を訪ねるときは、前もって連絡を寄越すのが基本だろう。ヤクザにだって、守らなきゃならんもんはあるんじゃないか?お前らは、組長からそんな教育をされているのかい』


則本はかなりあっけなく岡部一行の訪問を許可した。

それどころか、もっともらしい難癖までつけられた。自分の軽い一言が余計だったのだろうが、ちゃんと来る前にこうして連絡はしている(目的は居場所を聞き出す為だが)。恐らく則本のこの説教は、自分のことを思っての説教ではなく、則本自身の美意識を満たすためのものと思われた。


「あっ……すいません。肝に銘じておきます。それで、あなたに会うにはどこへ行け

ばいいのですか?」


『そうさな……こっちの若い衆を向かわせるよ。お前さん、今どこにいるんだい?』


「民宿村の入口です」


『1人かい?』


「いえ、私の他に2人います」


『あいよ了解。そんなら目立つ場所で待っててくれや』

則本はそう言うと、即座に電話を切った。


「……」


「岡部さん、則本は何と言ってました?」


「会ってくれるってよ。これからここに人が来るから待ってろと」


「へえ。やっぱ組長オヤジのコネは本当だったんすね!」


「ん?んん……ああ」

本当は、どこか釈然としないものを感じていた。事が簡単に運びすぎているというのは、まあこの際置いておいて、それとは別の何か、妙な違和感を……。


「おい江本、山ちゃん。念のため、いつでもナイフ抜けるようにしとけ。今の則本との会話、何かが引っ掛かった」


「えっ……ひ、引っ掛かるといいますと?」


「それは俺にもよく分からん。とにかく何か違和感があったんだ。今人を寄越すと言ったが、いきなり奇襲をかけられる可能性もある。とにかく警戒は一瞬も解くなよ」


「オ、オス……」

自分で言っておいてなんだが、これは考えすぎだろう。

本当に奇襲が目的なら、わざわざ人を寄越すなんて言わないだろうし、そもそもそんなことをするメリットがない。……まあ臓器売買が秘密裏に行われていることだとすれば、それだけの手間を掛けて口封じをする価値はあるのかもしれないが。

しかし前提を忘れてはならない。則本は、俺たちが臓器売買のことを知らないと思っている筈なのだ。

だから、こんな初っ端から俺らを襲う理由がない。理由ができるとすれば、俺たちが帰る直前だ。そのときならば、俺たちを始末する理由ができる。なんせ自分らの秘密を知られてしまったのだから。それ故、逆に言えば今現在において、俺らが襲われる理由はないのだ。


「……」


本当にそうなのだろうか。

何度も言うが、そういうこととはまた別のところで、俺は確実に違和感を覚えたのだ。則本は何かを知っていて、俺はその何かを知らない。さっきの会話は、恐らくそんな状況で成された会話だった。

根拠はない。長年ヤクザやってきた勘だ。

まあ警戒はするに越したことはないだろう。懐に忍ばせたナイフに手を当て、俺はそんなことを思った。

その時だった。


「あなた方、樋尻組の方ですか?」


岡部一行の前方からそんな声がした。

その声の主は、ジャージ姿でてふてふと歩いてくる。歳は自分と同じくらいだろうか。髪が長いから分かりにくかったが、どうやら男性のようだ。


「えっと、則本さんの言ったお迎えとは……あなたですか?」


岡部は男に問う。


「あ、はい。僕、則本学の下で働かせてもらっています、長屋と申します。短い間ですが、どうぞ宜しくお願いします」


「ええ、こちらこそ」

ぺこりと軽く頭を下げると、長屋はにこりと微笑んだ。


「まあまあ、そう固くならないで。ささ、今から則本さんのお宅へ案内します。遠路遥々大変でしたね〜。お疲れ様です」


「ええ……まあ」

別に長野の隣県なのだから、そこまで遠路でもない。


「長屋さんは、則本さんの下で働いて長いんですか?」

則本家までの道中、岡部はそんな質問をしてみた。特に深い意味は無かった。場を持たせるためだけの質問であった。


「ええと……そうですねえ。確か今年で5年になります。則本さんは素晴らしい方なのですよ。資産家でありながらそれを表に出さず、地域との繋がりを第一と考え、様々なボランティア活動にも積極的に参加されています。人間ができているというか……生き方が洗練されているというか……とにかく、とても人徳のあるお方なのです」


「へえ、そうですか」


よく漫画とかで見る偽善者っぽいなあと岡部は思った。

ものすごい余談だが俺は漫画が好きだ。いい歳して、特定の単行本が出る日には朝から本屋に並ぶほど(機械に疎いので通販という選択肢は無い)だ。

小さい頃は漫画家を志していたが、どこをどう間違えたか、今じゃこうして地方ヤクザの若頭だ。

本当、20年も経てば人も夢も、どう変わるかまるで分からないものだ。


「岡部さんは、則本さんになんの用です?」


唐突に長屋は言う。


「ちょっと仕事の話をね。うちの組長が則本さんの知り合いらしくて、こうして現地まで飛んできたってわけですよ」


「そうでしたか。いいお話が聞けるといいですね」


「ええ」

そんなことを話していると、狭い集落ということもあってか、割と早いうちに則本邸に到着した。

則本は資産家というだけあって、なるほど、かなりの豪邸に住んでいる。


「入口はこちらです」


岡部は澄ました顔をしながらも、内心から溢れる緊張を押し殺すことができなかった。

それは隣の山辺、江本も同様だったようで、3人は顔を見合わせた。


「……行くぞ」


「……オス!」

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