【3-7】


「岡部さん。今山梨に入りました。高速降りたらもうかなり山道なんで、そろそろ降りる準備しといてください」


運転を任せた構成員のひとりがそう言う。


「おう」


午前9時。

今日の取引の雲行きを表すかのように、天候はどんどん悪化していった。そろそろ雨が降り出しそうだ。

助手席の窓越しに、岡部健次郎はそんなことを思った。

今日は、昨日極彩色に依頼しておいた則本の情報を手に、2人の構成員を引き連れて、いざこうして富士の樹海へと出向いたわけだ。

昨晩、極彩色に頼んだ依頼は見事完遂されていた。臓器売買の元締めである則本は、本名を則本学のりもとまなぶといった。

則本の情報は10枚もの紙に長々と書かれており、極彩色の仕事に対する執念を窺わせた。

則本学。45歳。男性。

血液型はB型で未婚。臓器の調達、密売を生業なりわいとしている。

逮捕歴無し。カタギを謳ってはいるが、していることは本物のヤクザと大差無し。

学歴も至って平凡なもので、高校までは普通に進学、卒業している。

人生を変えたであろう出来事が起こったのは、恐らく高校を出てからだ。定職に就かなかった則本は、以前関係を持っていたチンピラのバックにつくヤクザのコネを用いて、裏方のコンサルタント業で生計を立てるようになった。

コンサルタントと言っても、実際はそんな立派なものではない。抱きたい女を抱かせるだけの、神経を磨り減らす仕事の連続だったらしい。

しかし需要があることだけは確かであり、その手の分野に精通していた則本は着実に金を稼ぎ、なかなかいい目で見られていたようだ。

その頃に作り上げたコネクションが、今の臓器売買に活きているというのだから、人脈は大事にしておくものだとつくづく思う。

……などなど、今挙げた例で漸く1枚半だ。残りの紙にも、細かな文字でびっしりと則本の情報が余すことなく書き込まれている。


「……」


その中でも、特に目を引いたのがこれだ。


『則本学は、臓器売買を複数人から成る団体で行っている。樹海の集落で、単独行動は避けたほうが賢明である』


「……なあ山ちゃん。やっぱこれって、闇討ちされる危険があるってことでいいんだよなあ」


岡部は運転席に座る山辺という構成員に声を掛けた。


「どうですかね……いくらでも恐ろしい風に取れてしまいますが、そもそも今回の取引、謎が多すぎやしませんか?臓器売買を樋尻組のシノギにしちまうっていったって、果たしてそんなことが可能なのか……」


すると後部座席に座る江本という構成員も口を開いた。


「それは俺も思ってました。岡部さん、取引を円滑に進める策のようなものはあるんですか?」


「……まあ、俺ら全員頭脳派ってよりは武闘派だからな。策なんて気の利いたもんは用意してねえが、まあ、なるようになるさ。組長オヤジの名前を出してみて、何の反応も示さねえようじゃあ、残念ながら今回の取引はお手上げだ。則本も、一切のコネを持たない俺みたいな人間に、数十億を生み出すシノギを渡しちまったりはしないだろう」


「やっぱり岡部さん、組長オヤジのことまだ疑ってんですか?」


「まあ……な。だってあそこまで言葉を濁すのもおかしいじゃねえか」


「……」

江本は考えるように口を閉じた。


「岡部さん。もうすぐ樹海に着きますが、最後にひとつ。今回の最終目標を教えてください。俺たち2人は、岡部さんのため、どのように動けばいいのか」


「……うん」

岡部は少しの間目を閉じた。自分たちにとって、一番最良であるエンディングを模索する。


「……最高目標からいこうか。最高のエンディングは、則本を説得し、樋尻組が臓器売買のシノギを手にする。そして俺たち3人は五体満足で、悠々と飯でも食って帰るんだ。それはいいか?」


「はい」


「そしてこれは絶対譲れない最後の一線。何があってもこれだけは……っていう目標だ。これは簡単。則本を敵に回しちまって、当然シノギも手に入らねえ。そんな絶望的な状況に陥っちまっても、俺の中じゃあ及第点なんだよ」


「……」


「いいか。最低目標は命を大事にってことだ。要するに死ぬな。お前ら、何があっても絶対に死ぬんじゃねえぞ。何があっても、必ず生きて帰るんだ」


「……オス!」


山辺と江本は、そう勢いよく返事をした。


3人の男を乗せたバンは高速を降りる。降りた先は、地元と変わらぬ山道が広がっていた。

富士の樹海は間もなく。

こうして、3人の極道による樹海探索が幕を上げたのだった。

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