【2-7】
「待てこらてめえっ!絶対逃がさねえぞ!」
信玄は標的の男と、着実に距離を詰めていた。男は元来体力が無いのか、走るスピードが段々に落ちてきている。
その隙を見逃す信玄ではなく、これ好機と一気に信玄は距離を詰めた。
「はあっ!はあぁっ!」
男の呼吸が荒くなる。やはり追われる方よりは追う方の方が有利だ。追われる方が追っ手から来るプレッシャーに屈してしまえば、もう勝負は着いたようなものだ。
「あっ……ああっ!」
信玄は男の襟元を掴んだ。男は一気に気持ちが緩んだようで、その場に倒れ込んでしまった。
「はぁっ……つ、捕まえたぞ。おらストーカー野郎。とっとと立ちやがれ」
「ひい……や、やめてください。ぼ、暴力は」
「うるせえっ!いいから立ちやがれ。これから一緒に来てもらうぜ」
「ぐっ……」
男は信玄の顔を睨むように、しぶしぶと立ち上がった。その時、遠くの方で蓮介の声がした。
「おーい、し、信玄さん。捕まえました」
「あぅっ……」
中谷は蓮介に胸倉を掴まれるようなかたちで拘束されていた。かなりの抵抗があったのか、中谷の服はダルダルだった。
「よし。それじゃあ今から楽しい尋問タイムだ。覚悟しろよてめえら」
「ひいい……」
「っていうかおい。今俺が捕まえた方のお前。お前の名前は」
「な……長瀬です」
「よし。長瀬と中谷だな。お前らはなんで2人がかりでストーカーなんてやってんだ?もしかして、誰かに頼まれたのか」
長瀬と中谷は顔を見合わせた。何か相談でもしているのだろうか。信玄の質問に、2人は息を合わせて首を横に振った。
「信玄さん。どうやらこの2人、ただ城ヶ崎さんに好意を抱いていただけだそうです。さっき中谷を捕まえたとき、そう言っていました」
「……そうなのか?」
信玄さんの問いに、長瀬は答える。
「その……亜矢ちゃんは、僕がスーパーで買い物をするとき、いつも笑顔で対応してくれるんですよ。それだけじゃない。どこにあるか分からない商品を、僕と一緒に探してくれたりもするんです」
「……それがどうした」
「きっと……ですけど、亜矢ちゃんは僕のことが好きなんじゃないかって。そんなことを考え出したら、毎晩いてもたってもいられなくなってしまったのです。あまりよくないことだとは思っているのですが、少しでも僕と彼女の心の隙間を……」
「ああもういい!要するに、片思いが積もってストーカーに発展しちまったってことだろう?細々とうるせえんだよボケ!」
長瀬の弁解を遮り、信玄さんはそう一喝するのだった。
「それで?中谷。お前も長瀬と同じ理由か?2人して同じ女を好きになっちまって、2人でその追っかけをしてるだけなのか?」
「いや僕は違いますよ。僕は別に、亜弥ちゃんと結ばれることを望んでいるのではない。ただ僕は、彼女の笑顔を見ることができたらそれでいいんです。非合法なことはもちろん一切していませんよ。だって僕は亜弥ちゃんの……」
「それ以上そのくだらない能書きを垂れてみろ中谷。次は殺すぞ」
信玄さんのおよそ理不尽極まりない脅しに、中谷は黙るしかないようだった。それはそうと、今の中谷の言葉の中に一箇所気になるところがあったので、僕はそれを問いただしてみる。
「……非合法なことはしていない、とはどういうことだ。彼女の部屋を盗撮し、毎晩迷惑行為を重ねることは合法だとでも言いたいのか」
「………?」
中谷は何がなんだか分からないといった表情を僕に向けた。
「盗撮?……な、なんのことです」
「おいお前、とぼけるのもいい加減にしろよ。僕だって何もしていない訳じゃあないんだ。僕だって、お前らのしてきたストーカー行為の、一端は把握できているんだぞ」
僕がそう言っても、中谷の表情は晴れない。本当に意味が分からないという風に、しきりに首を傾げている。心当たりを模索しているようにも見える。
「おい……まさか本当に知らない……のか……?」
「すっ、すいません。本当に、僕たちがやっていたのは、ただ亜矢ちゃんのことを見ていただけなんです。信じてくださいっ」
「……」
その時だった。ポケットの中に入れておいた携帯が鳴った。画面には、城ヶ崎さんの名前が表示されていた。
「……はい夏目です。どうしましたか城ヶ崎さ……」
僕の声などまるで耳に入っていない様子で、間もなく、城ヶ崎さんの尋常ではない金切り声が僕の鼓膜に響いた。
『助けて夏目君早く来てっ!私、このままじゃ殺されるっ!殺、殺され』
「……!じ、城ヶ崎さん!おいっ、城ヶ崎さん!返事をして!」
僕の叫びも虚しく、既に城ヶ崎さんからの通話は切れていた。
「……!」
「おい蓮介……今のは……」
流石に信玄さんの耳にも彼女の叫び声は届いたようで、信玄さんはどこか不安気な顔を僕に向けた。
僕は言うよりも早く、城ヶ崎さんのアパート目掛けて走り出していた。その後を信玄さんが続く。
「おい蓮介っ!一体何があった!城ヶ崎は、今どうなっている!」
信玄さんの問いに、僕は息を切らしながら答えた。
「……あの2人だけじゃあ無かった。ストーカーは、もう1人います」
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