【2-4】

一度出してしまった言葉は、そう簡単には引っ込められまい。この世に取り返しのつかないことなんて、実は数える程度しかないのだけれど、今回の場合、真帆さんに向けてのプロポーズは僕なりの責任の取り方に過ぎなかったため、むしろ取り返しなんてついてもらっては困るのだ。

というか真帆さんには真帆さんの想いがある。玉砕するなら玉砕するで、僕は一向に構わなかった。熱帯夜とは関係無しに当分眠れぬ夜を過ごすことになるとは思われたが、それでも、一向に構わなかった。

しかし僕のそんな思いとは裏腹に、真帆さんはか細い声で「はい」と言ったのだった。

それに関してかどうかは分からないが、真帆さんは「依頼の内容だけ教えたら少しの間一人にしてくれ」と僕に言い、僕はそれに従った。

結果、僕は真帆さんから呼び出しを受けるまで、近くの公園で暇を潰すことになった。


「……」


暇ならせめて講義に出ろよという話だが、僕がこうして公園に訪れたのは何も暇潰しのためだけではなく、もうひとつの目的があったからだった。


「おう蓮介、おはようさん」


「あ、信玄さん、おはようございます」


遠くから僕目掛けて挨拶をしたのは、僕の大学の先輩である倉本信玄だった。


「朝早くからすいません。もっと先輩の都合つきやすい時間帯でも構わなかったんですが……」


今回のこの一件。僕は昨晩自分なりに色々考えてみた。すると、どうにも不安要素が強いような気がしてきたので、こうして信玄さんに助っ人を頼んだのだ。


「ああ。別にそんなの問題ないさ。それで?その真帆さんのところに届いた依頼ってのはどんな内容なんだ?」


「ストーカー対策です。依頼主は近頃ストーカー被害が相次いでいるようなので、それの護衛、もっと言ってしまえばそれの撃退です」


「はあ。俺に手伝えることなんてあるかなあ。喧嘩なら得意だけど、正直張り込みで犯人の目星付けるとかは向いてないと思うぜ」


「目星を付けるのは多分簡単です。というか、顔は見ていませんが、昨晩依頼主の家にそのストーカーが現れました」


「……なんだと」


そうなのだ。

昨晩あれから、結局僕は城ヶ崎さんの横で眠ることになったのだが、ようやくウトウトし始めた夜11時頃、玄関のドアをノックする音が聞こえたのだ。

そのノックがこれまた尋常ではなく、ドアをサンドバッグよろしく、異常な力でドカドカと、およそ1時間以上殴りつけていた。

そのままドアを破壊されるのではと内心ヒヤヒヤしていたが、どうやらそれは杞憂に終わり、ノックの主は大人しく帰っていった。

その間、城ヶ崎さんはずっと怯えていた。もしこれを一人で毎晩耐えているのだとしたら、こんな恐ろしい話はなかった。


「お前はその間、玄関を開けはしなかったのか?」


「開けれませんよ。僕はあまり腕力に自信がある方ではないですし、もしもそのままストーカーが彼女に危害を加えに行ってしまったら、とても僕に責任は取れませんからね」


「そうか……まあそうだわな。それにしても蓮介、お前、昨晩は女の部屋に泊まったのかい?俺の知らないところで、お前も随分成長したなあ」

信玄さんは感慨深そうに言った。この人も真帆さんも、まるで僕の保護者か何かのような物言いをする。


「違いますって。城ヶ崎さんは僕のバイト先の先輩です。それ以上でも以下でもありません。昨晩だって、僕が泊まったのはあくまで彼女の護衛が目的なのであって、何もやましいことなんてしていないのですから」


「本当か〜?」


茶化すように信玄さんは言う。


「だから本当ですってば。それに関しては先ほど、真帆さんにも散々言われましたし」


「真帆さん怒ってただろ?」


「……泣かれちゃいました」


「あーあ」


 信玄さんはまるで軽蔑したように、後ろにたじろぐ動作をした。


「それでも、ちゃんとその責任は取りましたよ。まあそのお陰で、今はこうして店を追い出されているわけですが」


「責任?責任ってどんな……」


「プロポーズしました」


信玄さんは先ほどのような軽いノリでなく、完全に素の表情でその場に固まった。


「……信玄さん?」


「お前……マジかよ。やるなあお前。それで?真帆さん何だって?」


「OKですって。それで気持ちの整理も兼ねて、こうして僕を追い出したのです」


「そうか……。いやあ、それにしてもお前、すげえなあ。本当に、俺が見ないうちに一皮剥けたよ、お前」


「そ、そりゃどうも」


「あー、それで?依頼の方はどんなんだっけ?いやあ、お前の話のインパクトが凄すぎて、依頼の話なんて完全に忘れちまったよ」


「……忘れちゃ困ります。なんせ、今日の本分はそれなんですから」


「悪い悪い。まああれだ。依頼の方は俺に任せとけ。なんせ俺も、少し前まではちょくちょく真帆さんの手伝いをさせてもらってたから。あの人のことはよく分かってる。あ、まあお前ほどじゃないけど」


「ほらそうやってすぐに茶々を入れる。それ、悪い癖ですよ」

信玄さんはまたからからと笑った。


「あれ?そういえば信玄さん、煙草やめたんですか?今日は吸ってませんけど」


「あああれな。口だけの人間は変われないって思って、取り敢えずやめてみた。まあまた吸いたくなったら吸えばいいさ」


「……」


それは禁煙とは言い難いのではないか。

まあどんな形であれ、そういうことを思えたのなら大したものだ。大事なのは結局、心持ちに尽きるのだから。

僕らがそんな風に談笑していた矢先だった。

真帆さんからの電話が、鳴った。

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