【1-8】

蓮介を乗せた電車はなかなか止まる気配を見せなかった。

運転手が見当たらないところから、蓮介はこの電車は遠隔操作で動いているのではという当たりをつけてみた。

電車を遠隔から操作するのだから、恐らく複雑な運転などはできないだろう。現に、今の今までこの電車がどこかに曲がったという感じはしない。

そんな中で蓮介は、まずは自分がいつ、どのタイミングで、どのような方法で幻覚を見させられたのかを考えてみた。


「やはり、電車に乗った直後だろうか。いやしかし、怪しい人間はいなかった……」


だとすると、何かしらの薬品か……?例えば信玄の煙草の煙とか。

しかし、すぐにそれは的外れな推理であると気付く。信玄が自分を陥れる道理がない。


「というか、一体どこからが幻覚だったんだ……?」


蓮介は記憶の糸を辿ってみる。確実に現実だと判断できる場所はどこだ。


「まずは信玄さんとの道中だが、あれはきっと現実だ。信玄さんの煙草の匂いなら覚えている」

というか今も服に染み付いている。これ、真帆さんは結構嫌うのだ。


「次はもうホーム……あ、そうだ。確か車内にジュースがこぼれていた。あれの匂いも覚えているぞ。今だって、少量だけど靴の裏に媚びりついている」

言葉に出しながら振り返っていると、なんだか自分がとても滑稽に思えてきた。

なぜ自分は先輩の吐き出した煙と一般人のこぼしたジュースを一身に受け止め、こうして無人の電車に揺られねばならぬのか。

しかしそんなことを考えていても仕方が無い。今は一刻も早く、この現状を打破することだ。


「じゃあ電車に乗った数分までは、まだ現実に起こった出来事と、考えてしまってもいいのかな」

すると、ふいに蓮介はあることを思い出した。


「……そうだ着信だ。確か、僕が電車に乗ってからしばらくして、真帆さんからの着信があったはずだ」

あの時、結局蓮介は着信に出なかったのだ。

頭痛が酷くてそれどころではなかった。後でかけ直すつもりでいたのをすっかり忘れていた。

蓮介は携帯電話を探すべく、自分の身体をまさぐった。


「……あれ?」

おかしい。あるはずの携帯が見当たらない。どこかに落としたのだろうか。


「いや、さすがにそれは考えにくい……もしかして、誰かに盗られたか」

可能性としてはアリ……いや、むしろそれが一番濃厚なような気がした。

念の為、鞄の中やズボンのポケットも確認してみるが、やはり携帯は見当たらない。


「こんなところで真帆さんの助言が役に立つとは。やはり、上司の言葉は聞いておくものだなあ」


蓮介は鞄の中から2台目の携帯電話を取り出した。

今日の今日までほとんど使う機会は無かったが、今となってみるとここまで頼りになる代物もない。

電話帳から真帆の名前を探す。というか、この2台目の電話帳に登録してあるのは真帆の連絡先だけだ。普段は1台目の携帯だけで十分に事足りる。

いざ真帆に電話をしようと思った矢先、蓮介の脳裏に何かが引っかかった。


「……何故、この携帯には真帆さんからの着信が無いのだろう」


素朴な疑問であった。

真帆との付き合いはそれなりに長い方なので、一応、多少は真帆のことを理解しているつもりだ。

だから考えてしまう。いつもならば真帆は、蓮介が1台目の着信に出なかった場合、2

蓮介は同時持ちが基本なので、1台目の着信に出られなければ、必然2台目の着信にも出られなさそうなものだけれど、それでも、真帆は徹底してこれを行う。

なのに今回に限ってそれが無いというのは、おかしな話だろう。先ほど蓮介は1台目の着信に応じなかったのだから、今持っている2台目の携帯には着信のあった形跡、着信履歴が残っているはずなのだ。


「現実においても、幻覚内においても、電車に乗ってから僕が真帆さんからの着信に応じたなんて記憶はないのだけど……」

そんな風に考えていると、あるひとつの推測が立った。


「1台目の携帯を盗んだ犯人は、真帆さんからの着信に応じた……ということだろうか」


意識を失っている僕のポケットからの着信音に気付いた犯人は、どういうわけかそれに応じ、僕の名を騙って真帆さんと通話をした……。

考え難い推測ではあったが、それでも、2台目の携帯に着信が無いというのは、こんなパターン以外には考えられない。


「どうして犯人はそんなことをしたのだ……?」


この問いに関しては見当も付かないが、しかしただひとつ言えることがあるとすれば、犯人は非常に愚かな行動を取ってしまったということだ。

恐らく犯人の目的は僕を完全に孤立させること、僕から外部への通信手段を奪ってしまうことだったのだろうけれど、不要に着信になど応じてしまったが故、結果僕を優位に立たせてしまった。

1台目の着信音など無視して鳴り止むのを待っていれば良かったものを。そうすれば、いずれ掛かってくるであろう2台目の着信音にも気付けたというのに。


「犯人は、僕が携帯を2台所持しているところまで考えが至らなかった……ということか」


きっと犯人は、僕は今携帯を所持していないと思っている。ならば、隙をつくことが

できる。


「……」


ここで気になってくるのは、一体その犯人は真帆さんと何を話したのか、ということであるが、そんなことは真帆さんに聞けば分かるはずだ。

さっきは確認をし忘れたが、僅かではあるが携帯の電波は立っている。

真帆さんに、助言を求めることができる。

そう思い立ったときであった。電車の速度が緩まった。


「……!」

電車が、駅に停車した。

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