【1-6】

明美を帰らせた後、真帆は独自に思い当たる筋を当たっていた。

先ほど明美から聞いた東美香の特徴は以下の通りである。


・市内の高校に通う2年生


・髪型は茶髪でアシンメトリー。長いのは左側。


・身長は160センチほど。


・最後に会ったときの服装は学校指定の制服。


・童顔。化粧はしていない。


「うーむ」

一通りの筋を当たり終えた頃、真帆は両肘を付いて唸った。外はもう真っ暗である。

明美から聞いた美香の人物像は至って平凡なものでこれといった特徴は無かった。

東美香の顔写真があれば早かったのだが、あいにく明美は東美香の写真を所持していなかった。

よく街で高校生がスマートフォンを用い写真を撮っているのを見かけるため、近頃はプライバシーもなにもあったものじゃないなと思っていたが、どうやら、案外そうでもないらしい。

それ故に顔写真の入手はなかなか骨の折れる作業になると思われたが、近場にある塾と連携を取っている会社に裏口から問合わせてみたところ、それは比較的容易に入手できた。


「ちくしょう、結構可愛いじゃないか……」


写真を見た真帆の第一声はそんなものだった。

その後、真帆はその写真を樋尻組の岡部という若頭に流した。そこまでする必要はないと念押しはしたが、どうやら十人ばかり人手を割いて捜索してくれるようである。

樋尻組はこの近辺に根付いた地方ヤクザであり、その歴史は明治初期まで遡る。地元民との交流を大切にし、強きを抉き弱気を助ける、まさに任侠を絵に描いたような集団である。

彩色堂が建てられたのも同じく明治初期であり、真帆の先代である叔父はこの樋尻組に店の用心棒を依頼していたらしい。

その頃の名残のお陰か、店が真帆に受け継がれた今もなお、彩色堂と樋尻組との関係が途絶えることはない。

当時はみかじめ料を取られていたらしいが、今では特にそのような請求はない。

聞くところによると、ろくに用心棒としての勤めを果たさないばかりか法外なみかじめ料を請求していたという組の下っ端が組長さんの逆鱗に触れ、破門されるという出来事があったのが原因らしい。

なんにしろ、これで一通りやることはやった。あとは樋尻組の報告を待ち、人手が足りぬようならこちらからも助手をひとり派遣すればよい。


「……」


たまに心配になる。

助手とはいえ、蓮介をこうして裏の世界へ誘ってしまったのは他ならぬ自分である。蓮介の傍にいたいのと同じくらいに、真帆は、蓮介には学生として普通の生活を送ってもらいたいと思っているのだ。

自分がこうして気に病んでいるのを蓮介に悟られると、また不要な心配をかけてしまうので滅多に顔には出さないが、実際のところ、蓮介はどう思っているのだろう。

自分の置かれている立場のことを。そして他ならぬ私のことを。


「んむむ……」


真帆は赤面しまた唸った。


「なんだい蓮介め、あいつ夕方顔を出すとか言って全然来ないじゃないか。もう7時を回ってしまう」

真帆は傍らにあった携帯を手繰り寄せ、蓮介へと電話を掛けた。

何度かのコールの末、果たして、蓮介が応答した。


『もしもし』


「もしもしじゃあないよ。君、もしかして今日は来ないつもりかい。しかし随分と鼻声だな」


『いや、本当はそちらへ向かう予定だったのですが、少しばかり用事ができてしまいまして。鼻声なのは勘弁してください。あまり体調が良くないんです』


「そうなのかい?君は今どこにいる」


『はい。休めば良くなると思います。今は駅にいるんですけど、もしかして、何か大事な用事でもありましたか?……って、そんなわけありませんか』


「おいおい蓮介。いつだって私の店が閑古鳥が鳴いていると思ったら大間違いだぜ」


『……と仰言いますと、何かあったんですか?』


「聞いて驚け。なんと女子高生の捜索依頼だ。女子高生が、忽然と行方を晦ましたんだ。3日前から警察が行方を追っているが、依然足取りが掴めていないという。これに怪異が絡むかどうかは分からないが、君はどう思う?」


『どう思うと言われましても……ただ、そういうものが絡む可能性も視野に入れておくべきだとは思いますが、もっと身近なところ、例えばその子が拉致監禁されている可能性だって十分あると思いますが。彼女が拉致監禁される理由は定かではないですけれど、プロの犯行であればいかに警察といえど、たかが数日で探し出せるものじゃあないでしょう。そちらの場合へのアプローチは、もう済んでいるんですか?』


「ああ。一応樋尻組に捜索願いを出してある。まあ、どちらにしても私にできるのはこの程度だ。私には腕っ節もなければ、怪異を祓うような技術も持ち合わせていないからね」


『そう……樋尻組……ですか』

その時、彩色堂のドアが勢いよく開いた。すると樋尻組の構成員が1人、息を切らして入ってきた。


「真帆さんっ……!東美香の足取りが僅かですが掴めました!」

がたいのいい構成員は言う。名を確か江本と言ったか。


「本当かい?」


「ええ。3日前、駅のホームから電車に乗ったのが監視カメラによって確認されています。彼女の家は松本から6つばかり下った駅の近くにあり、彼女はいつもそこで降りるのですが、その日は降りた姿が確認されていません」


「乗りはしたが降りていない……ということかい?そこ以降の駅で降りた姿とかは確認できていないのかい?」


「一応そちらも見させてもらったんですけど、結局終点も含めて、彼女が降りる姿は映っていませんでした」


「ふむ……」

やはりどこか妙である。乗車した姿は確認されているが、降車した姿は確認されていない……つまり、東美香はまだ電車の中にいるということなのだろうか。

そんな推理を立ててみるが、すぐにそんなことは不可能であると気づく。

電車の中は、車掌が見回りをするはずである。車掌にとってもそれはルーチンワークのようなものであり、見回りが多少雑になっていた可能性も否めないけれど、それにしたって人を一人、しかも3日間に渡って見落とし続ける道理が無い。というか、そんなことはほぼ有り得ない。


「不可解だ……」


真帆は声に出してそう呟く。


「真帆さん、それと、どうやら近頃になって失踪しているのは、何も東美香だけじゃあないそうです。調査を進めていく上で分かったことなのですが、どうやら他にも何人か……。これが東美香と何らかの関係があるのかどうかは、まだあまり分かっていませんけれど」


「なるほど、心得た。集団失踪の可能性も視野に入れておくよ」

真帆は澄ました顔で受け答えるが、心中、少しばかりの胸騒ぎを感じていた。

最近になってある秘密結社の残党が、秘密裏に動き出しているという情報を噂で耳に挟んでいたからだ。

少なくとも奴らならば、攫った人間を生かして帰したりはしないだろうから。

しかし電車と奴らは無関係だ。今回の件に奴らが絡んでいる可能性は極めて低いだろう。


「それじゃあ、俺は一度事務所に戻りますが……」

ふいに言葉を掛けられ、真帆は一瞬反応が遅れた。


「ああ、うん。ありがとう江本さん。岡部によろしく言っておいてくれたまえよ」

江本はにこやかに敬礼すると、彩色堂のドアを勢いよく閉じて走り去っていった。


「……」

店内は再度静寂に包まれる。


『さて、どうしたものですかねえ……』


「うひゃあっ!」

突然発された蓮介の声に、真帆は思わず飛び上がった。


「れ、蓮介……店主を驚かすとは、君も随分と偉くなったものじゃないか……それはそうと、電話、切っていないなら切っていないと早く言いたまえよ」


『そ、そんなこと言われましても……』


「取り敢えず蓮介、今聞いていたとおりだ。恐らくすべての謎は電車にある。東美香は、乗車中に何らかの事態に巻き込まれ、失踪したということだ」

奴らについては敢えて触れない。

低すぎる可能性を蓮介に告げ、結果、彼に不要な不安感を抱かせてしまうことを、真

帆は良しとしなかった。


『……のようですね。聞いていた限りだと、およそどんな方法を使ったのか検討もつきませんが』


「だから蓮介」

真帆は少し声を潜め、恥ずかしそうに言った。


『……なんですか?』


「電車は危険だ。お前の家も確かそちらの方面だっただろう。助手をそんな危険に巻き込むのは不本意だ」


『……はあ』


「だから、さ、その……今日電車で帰るのはまずい。そこでだ、その、今日のところは、私の家……というか彩色堂に、泊まっていかないか。そうすれば、少なくとも今日は、お前が失踪することはないだろう」


『え……っと……』


「私のところに泊まっていくのは、その、あまり気が乗らないかい?」


『いえ、本当に、そういうわけじゃあないですし、お言葉に甘えたいところなのですが……』


「だったら……」


『もう乗車してしまったので』

そう蓮介が言った瞬間、真帆は電話を切った。

勇気を振り絞った代償なのか、真帆は羞恥心で死にそうになった。


「うわあああ……うわああああああ」

真帆は悶えた。

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