【1-4】


「人を探して欲しいだと?」

午後4時。

蓮介が帰ってから約2時間後の彩色堂には、裏稼業の依頼人として一人の客が来ていた。

名を長宗我部明美というらしい。

長宗我部明美はやや背丈の小さい女子高生で、下世話な話、あまり裕福そうには見えなかった。

それにしても、この店の名も随分と知れ渡ってきたものだなあと、店主である極彩色真帆は思った。


「はい……えっと、探して欲しいのは私の友達の女の子なのですけど、3日ほど前、駅で別れた後くらいから全然連絡が取れなくて……」


「その子のご両親に連絡は?」


「電話してみたんですけど、やっぱり3日前から家には帰っていないらしいです」


「警察には相談したのかい?」


「はい。今も行方の捜索中らしいのですが、俄然見つかる気配が無いそうです。本当は警察にお任せしておくのが一番なのでしょうけれど、みーちゃんが今どうしているのかを思うと、いてもたってもいられなくて……」


「ふむ……そのみーちゃんというのがその子の名前かい?」


「はい」


「念の為聞いておくが飼い猫の名前とかじゃあないだろうね」


「はっ……はい。人間の名前です。本名は東美香っていうんですけど……」


「うん失礼。最近読んだ漫画にそんなオチがあってね。血眼になって探した挙句にそんな仕打ちでは、私はショックで立ち直れない。ショックでこの稼業を畳まざるを得なくなる。それはできれば避けたい事態だ。正直言って、表稼業の骨董屋だけで食べていくことは絶対にできない。絶対。絶対にだ」


「そ、そんなにですか?」

ここで明美の使った『そんなに』は、真帆がショックを受けることによって起こすアクションの方ではなく、真帆の骨董屋に対する自信の無さの方へと向けられたものだった。


「ハートの弱さには定評がある」

真帆は胸を張ってそう言った。明美は胸の張りどころが間違っているとも思ったし、骨董屋としてもそうやって胸を張ってもらいたいものだとも、無関係ながらに思ったけれど、それは口に出すべきではないと判断し、黙っておくことにした。


「それで、その東美香さんだったか。警察が捜索中ということは、もちろん彼女の行きそうなところはすべて押さえられていると考えてしまってもいいのかな」


「まあ……はい。私も、正直もう彼女の行きそうな場所に思い当たるところが無くて……。だけど、噂で聞いた彩色堂なら、もしかしたら何か、警察の方も見逃してしまったような手掛かりを見つけてくれるんじゃないかと思って」


「警察が見逃すような手掛かりは、もはや手掛かりじゃあないだろう。君も随分と私を買ってくれているようで光栄の至りではあるけれど、生憎、さすがの私も現場捜査では警察には敵わないさ」


「そうなんですか?」


「そうだよ。ここには道具や設備も無いし、人手だって、小生意気な助手がひとりいるだけだ」


「……そっか……」

明美は落胆した風にうなだれ呟いた。期待していた分、ショックもそれ相応だったのだろう。


「それなら、いくら彩色堂さんでも……」


「だが、警察には警察の。彩色堂うちには彩色堂うちの戦いかたがある」


「え……」


「例えば、3日掛けても警察がひとつも手掛かりを掴めていないという点。これはもう、証拠や手掛かりは存在しないと割り切って、捜査を進めていくしかない。荒唐無稽に聞こえてしまうかもしれないが、実は、案外そうじゃなかったりするんだぜ」

真帆は自信満々に言い切った。先ほどまでの、自身の表稼業を語っていたときの弱腰とは一味違った。


「それじゃあ、証拠や手掛かり無しに、みーちゃんを見つけることができるっていうんですか?」


「ああ。それに、さっきの話と少し矛盾してしまうが、手掛かりは無いでもない。のだから」


「そ、そうなのですか?」


「いかにもそうだ。この世に証拠や手掛かり、いわゆる痕跡が残らないというパターンは、実のところ、二通りしかない」

真帆は、一拍置いた後に言う。


「ずばり、『本人や第三者によって痕跡を消された』か、『痕跡を残すことができなかった』だ」


「……」

明美には、真帆の言うことがいまいちピンとこなかった。

痕跡を第三者によって消されたというのは分かるけれど、痕跡を残すことができなかったとは、一体どんな状況なのだろうか。

痕跡とは、つまり『過去に何があったかを示す跡』のことだ。それを残すことができないというのは、それが存在しないということは、それはつまり、と言っているようなものではないのか?


「あー、明美ちゃん。あんまり難しく考えなくてもいいよ。ややこしく言った私が悪かった」


「……はあ」


「簡単なことさ。例えば、急に君の足元から幽霊が出てきて、君を冥界へと引きずり込んでしまったら、痕跡なんて残らないだろう?だって何も無かったんだから。あの世の存在は、この世に痕跡を残すことはできない。この世に干渉はできても、そこにいたという証は、絶対に残らないんだ。よく心霊番組とかあるだろう?あんなもの全部ガセだぜ。フィルムなんていう媒体に、ビデオカメラなんていう人間の産物に、あの世の痕跡を残すなんて不可能なんだから」


「……」

明美には真帆の言っていることがよく分からなかった。いやさっきも十分に分からなかったが、次は尚の事分からない。


「……えっと、幽霊……とは」


「だから幽霊。物の怪とも言えるのかな」


「ふざけないでください!」

明美は真帆に向かって一喝した。普段あまり声を張り上げる機会がないため、もしかしたら裏声になってしまったかもしれない。


「私は本気で……みーちゃんを助けたくて……本気でみーちゃんを心配してここに来ているんです!そうやって茶化して煙に巻くのはやめてくださいよ。捜索が無理なら無理と、はっきり仰ってください」


「茶化したりなんてするものか。明美ちゃん、私は、本音で話す奴にはとことん本音でぶつかっていくことに決めているんだ。それが、私の長年持ってきた信条なんだよ」


「……」


「もしもこの件に物の怪、妖怪変化の類が関わってきているとするのなら……まあまだ確信は無いが、警察を頼ったって無駄だよ。それは君にも分かるだろう?」

明美は頭を抱え、少し考える仕草をした。

その後まるで観念したかのように、小さな声で真帆に言った。


「………あなたを信じれば、私の友達は……みーちゃんは帰ってくるんですか」


「ああ。正確には、私ではなく私の助手を信じてやってくれ」


「え?」

「私の専売特許は情報戦や交渉戦だ。助手はそれ以外の諸々に精通している。どうやら、今回私の出る幕はあまり多くはなさそうなのでね」

真帆は得意気にそう言った。まるで、出来の良い子供を褒める母親のように。


「じゃあ、東美香ちゃんの捜索、請け負わせてもらってもいいのかな?」

明美は力強く頷いた。


「分かりました。それじゃあその方を信じます。真帆さん。美香を……みーちゃんを絶対に見つけ出してください」


「うん。心得た」

真帆さんはにっこりと笑った。笑った顔は、無邪気でとても可愛らしかった。


「それじゃあ料金だけど、後払いでいいよ。無事に美香ちゃんが見つかったときに、払ってくれればそれでいい」

明美は宜しくお願いしますと真帆に頭を下げた。


「真帆さん……それでその、さっきの話ですけど、その……いわゆる霊という存在は、本当にいるのでしょうか。私は、今までそう積極的に否定も肯定もしてこなかったので何とも言えないのですが、それでも、やはり霊というのは些か信じがたいと言いますか……」

真帆はにやりと笑う。


「いないと思うかい?」


「……えっと…」


「いるよ」

霊はいる。

霊はちゃんと、存在している。

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