【1-3】

時計の針は午後2時を指していた。となると僕は合計で2時間以上この上司の肩を揉み続けていたことになる。これは助手じゃなくて下僕の仕事だ。


「あ~肩が軽い。君はやっぱりいい男だな」


「……ありがとうございます」

どうやら先ほどの不機嫌は解消されたようで、真帆さんはからからと笑いながら軽口を叩いてくる。

そういえば店内は外のお客さんから丸見えなので、果たして僕らの行動が店主に媚を売る学生として写ったか、下僕をこき使う店主として写ったかは定かではない。

しかし肩を揉んでいる最中、真帆さんの髪はとてもいい香りがすることに気づいた。

いいシャンプーでも使っているのだろうか。


「それじゃあ真帆さん。僕、これから大学の講義があるので失礼しますね。都合ついたら夕方にでもまた顔を出しますんで」


「ん、もう行っちゃうのかい」


「ええ。というか、基本的に僕が助手として活動するのは依頼を請け負ったときだけじゃないですか。細かな雑用の度に呼び出されてはこちらも困るんですよ。真帆さんは確かに凄いですけれど、もっと初歩的な、せめてまともに買い物くらいはできるようにならないと」

蓮介がそう言うと、真帆は頬を膨らまして不貞腐れてしまった。反論しようにも、あいにくその余地は無かったようだ。


「あ、真帆さん……すいませ……」


「君は私が呼び出すと迷惑かい?」


「え……」

思わず言葉に詰まってしまった。別に、呈したい苦言は掃いて捨てるほどあるけれど、しかし。


「……別に、迷惑なんかじゃありませんよ。僕は真帆さんの助手ですから」

僕は苦笑しながらそう言った。


「そ……そうかい?それならよかった」

真帆は安心したように、そっと胸をなで下ろした。

もしもそうならば光栄だが、果たして真帆さんも、僕が来ることを待ちわびてくれているのだろうか。

そうであってくれたら嬉しい。実際は僕も、色々と文句は言いつつも、この場所は好きだったりするのだ。

真帆さんとする会話を、楽しみにしていたりするのだ。

せめて悪運尽きて死ぬまでは、この関係は絶ってしまいたくないものだと、僕は思った。


「じゃあ真帆さん。また今度」

僕は小さな店主との別れを済ませ、彩色堂の玄関を出た。

日はほぼ真上に昇っており、日光がじりじりと僕の皮膚を蝕んだ。

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