第37話

『I miss you』



「狸寝入りはいい加減にしろ」

 廃墟と化した最上階の空の下、銀髪の青年がおもむろに呟く。

「同種のお前がこの程度で死んだとは思っていない」

 問いではなく確信。だからこそ、部屋の隅のガレキが盛り上がり、途端に微塵と化した。

「・・・ふむ、気付いていたのならば、先制攻撃くらい仕掛けたらどうだね?」

「気付かれていたからこそしなかった」

 中心に立つカルノとは離れた距離で、純白のスーツに身を包んだ痩身の青年が笑う。

「なるほど、さすがは同じイミテーションだ」

「わかっているなら話しは早い」

「なにがだい?」

 理解しているからこそ嬉しげに笑う。

「お前を殺す」

 赤黒い閃光が、再び腕に纏わりついた。

「手を取り合うことは出来ないのかな?」

「ラヴェンダーが貴様を生かすと思うか? シーラが貴様を許すと思うか? 俺が貴様の手を取ると思うか?」

 拒絶。それだけが表情に表れている。

「ならば、君はバートンが憎くないのか?」

「・・・・・。」

 反論できなかったわけではない。しかし、ウォンが続ける。

「望まぬ力を与えられて、身体を切り刻まれる毎日。殺されないために殺して、生きるために友すら殺す毎日」

 そんな事はカルノ自身、嫌になるほど理解している。健康診断と称じた人体実験、殺されないために知った者達を殺す毎日。時には、憧れた異性すらも命を奪った。

 親友と思っていた少年の首を折り、姉のように守ってくれた女性を切り裂き、兄のように慕ってくれた少女を破壊した。

「だが、俺は認めない」

「・・・なにをだね?」

 以外・・・だったのだろう。実際、ウォンの表情に疑念がよぎる。

「お前の行動は逃げだ」

「なにを・・・」

「やってる事がガキと変わらない。より強い力を頼って敵を倒そうとする弱虫のガキと同じだ。頼った後はどうする? そのまま頼り続けるのか? 自身の力では戦わないのか?」

「ならば、君が私の立場だったらどうする?」

「俺なら・・・」

 答えられなかったのではない。ただ、力を振るうだけ。

「自身の力で全てを勝ち取る!」

 雷光が走った。

「個人で組織に打ち勝つのは不可能だ」

 ウォンは眼前に極低温の障壁を張って電磁誘導により回避する。

「なぜ個人と決め付ける! 実際俺たちは一人じゃなかった!」

「ならば、たった三人程度で世界と戦えるとでも言うのか?」

「古代の人形に頼った貴様の言える事か!」

 カルノが霞むような速度で間合いを詰め、ウォンは迎撃のために土槍で迎え撃つ。

「それに、お前だったら、たった一人で世界が変えられるとでも歌うつもりか?!」

「そのためのスプリガンだった。だが、それすらも失われた!」

 無数の槍はカルノの一閃によって形を失い虚空に還る。

「なら、見ているなんて事はせずに邪魔すればよかっただろ!」

 ウォンは雷光をかいくぐり、カルノの胸元に風を纏わせた掌底を放つ。

「そんな事は私のポリシーに反する! 私は、最初から最後まで、私自身の信念に従う!」

「だったらバートン位出抜いて見せろ!」

「言われなくともそうさせてもらう!」

 風は、カルノの服だけを切り裂くに留め、たいしたダメージにはならなかった。そこに雷光が襲い掛かり、ウォンの右手を根元から切断した。

「っ!」

「回復の時間は与えない!」

 拳を振るう度に白の衣装は朱に染まり、足を繰り出すたびに肉体は砕けた。それでもウォンは障壁を張り、回復のための時間を稼ぎ追撃を逃れる。しかし、それでも間に合わない事は明白だった。

「私は明日のために世界を滅ぼす!」

「俺は明日のためにあいつを守る!」

 雷光と閃光が交わった。



 白く・・・そして紅く、空は染まっていた。

 ようは、今日の空が曇りに染まり、雨を降らす前兆だということだ。

 朝焼けの空の下、夜と朝の境界線で二人は互いに腰を下ろした。

「・・・まいったな」

 言ったのは白服の青年だ。律儀に衣装を修復したらしい。

「・・・なにがだ?」

 言ったのは黒衣。こちらも力なく腰を下ろしている。

「私と君は分かり合えたかもしれないという事さ」

「遅いんだよ」

 黒衣は容赦なく断じた。

『全身経由するナノサイズエレメントの崩壊率上昇。これより消滅へのカウントダウン開始します』

「私はこれまでのようだ」

 ピッとかすかな音と共に亀裂が走る。

 ・・・ウォンの顔に。

「君はどうするのかね?」

「バートンを滅ぼすのさ」

 笑いそうな、だけど泣きそうな、そんな顔で、

「せめて、あんな過去を繰り返させたくはない」

 ウォンが笑った。カルノは怪訝そうに、

「なにがおかしい?」

「気にしないでくれ。私は見つけた事が嬉しいのだよ」

「見つけた?」

 白衣の青年が笑う。

「君は自由だ。君自身の未来を自身で作る事が出来る」

 怪訝は変わらない。

「私の寿命は明らかだった。イミテーションというのは力を使うだけ、全身のナノサイズエレメントが崩壊に近づく。レプリカ? それともコピーの欠陥か」

 ひび割れは全身にまで及んでいた。

「お前は・・・」

「カルノ・セパイド、君はまだ余裕がある。だからこそ、生きるんだ。生きて未来を掴み取れ」

 先人、そして、最強の意味を知るがゆえに、

「俺は、俺のやりたい事のために生きる」

「それでいい」

 ああ、もう終りか。

 声にならない青年の声が満ちる。

「さよならだ、兄さん。道が違えていた事を残念に思う」

「っ!」

 一瞬、ウォンは驚いたように目を見開き、やがて微笑みで答えた。

「そう言ってくれるなら全てを滅ぼしてくれ。私の肉体があいつ等に利用されないよう徹底的に、全てを、何もかもを滅ぼしてくれ。それが、最後の願いで懇願だ」

「カルノ・セパイドが解き放つ!」

 今までは一線をかくす真紅の雷光が荒れ狂う。

そして、カルノは、


「カルノッ!」

 見上げる空に閃光が走った。

 それは、何もかもを破砕し切り裂き打ち砕く。

「・・・あのバカ」

 バートンから離れた二人がうめくようにして吐息を漏らす。

 その間に、世界に誇る超高層建築物は、ゆっくりと、しかし確実に崩れ始めていた。もし、中に人がいたのならば、その命は絶望だろう。

 だからこそ、二人は見上げていた。

「・・・大丈夫だよね?」

[当たり前だ]

 しかし、その声に力はない。


『シーラ』

 

 声が聞こえた。ただし、耳にではなく、直接頭に響くような、

『悪い、今は帰れそうにない』

 知った声。大好きな声にシーラは顔を上げて叫んだ。

「カルノ! 何処にいるのカルノ?!」

 姿はない。しかし、声だけが明瞭に響いた。 

『だけど、いつかは帰る。待っててくれ』

「やだよ! 今すぐ私の前に来てよ! 約束したじゃない!」

『………必ず帰る。それまではさよならだ』


 不意に、声が聞こえなくなった。

 途端、少女は崩れ落ちる。

「………嘘つき」

「違う」

 ラヴェンダーが言った。

「あいつは絶対に戻ってくる」


 Never more


 決してまたとない

 Never more

 

 ゆえにもう二度と


「だったら・・・」

 少女は朝焼けの空に向かって叫んだ。

「今すぐ戻って来い、バカヤロー!」

 空は高く、そして、赤い。

 そんな空の下、少女はいつまでも待ち続けた。


 





 手紙が届いた。それはあまりにも簡潔で素っ気かなかった。宛名も住所もなく、それでも誰が送ってくれたのかシーラだけがわかった。


『近いうちに帰る』


 たった一言。それでも彼女は、
































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ストレイウィザーズハウリング 箒に乗らない魔女 @touyafubuki

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