第34話
全身が焼けるように熱い。
原因はわかっている。限りない全力を注いだために余波の制御が出来なかったのだ。傷が焼かれ派手な出血が無いため生き延びてこそいるが、それでもすでに致命傷だ。皮膚の四割が活動を停止している。
「・・・・・・」
倒れているのか立っているのかすらもわからない。視界は黒に染まったままで、状況だってわかりはしない。
「・・・・・っ」
仕方ないので視界だけ開けてみる事にした。
「・・・・・。」
夕陽の頃が終わっていた。ひょっとしたら気を失っていたのかもしれない。
ラヴェンダーは苦笑した。
「何もしたいと思えない」
何もかもを失った。復讐すべき者は消え、助けてやろうとしていた者は自分が殺した。
ならばどうすればいい? 誰でもいいから教えてほしかった。
「あいつならどういうかな」
元部下であり、ここに来るなと言ってあるからこそ来ているであろう人物。彼ならどうするのか知っているのかもしれない。
ラヴェンダーよりも、誰よりも早く絶望していた青年。一番可愛がってやった青年。
「・・・これからどうすればいい?」
「あなたにこれからなんてないよ?」
喉の奥がなった。苦笑のために。
「………冗談抜きで死にかけたわ。それに自分の腕を切断するなんて狂ってるわよ」
真球の月が照らすのは苛立たしげに表情を歪める黒髪の少女。衣服のほとんどが焼け焦げて、服というものの機能を失っている。それでも覗く素肌は傷一つなく白いまま。見れば、傷ついた衣服の方もゆっくりと再生していく。
「・・・すまなかったな」
ラヴェンダーの唐突な言葉に、少女は怪訝そうに眉を寄せる。
「なに? 今さら命乞い?」
「お前じゃない」
息も絶え絶えなラヴェンダーはそのまま微笑した。
「シーラ、お前が悪かったわけじゃない。そうとだけ言っておく」
「私はあなたの知ってるシーラちゃんじゃないわよ?」
「黙れ人形」と吐き捨て遮る。
「私は小娘に言っている」
言葉を切って大きく息を吸う。
「私はお前のせいだと罵った。それでも、そんな事なくても結果は変わらなかったんだ。いつかは起こった。いつかはこうなる事だった。これ以上自分を責める必要はない」
「不愉快なんだけどなぁ」
ラヴェンダーを見下ろしていた少女が、彼女の膝を踏み砕く。だが、ラヴェンダーは構わず続けた。
「それに、お前の大好きなカルノに伝える事があるんだろう? 前のお前がやったとか言うくだらない事は忘れて、さっさと起きろバカ娘」
「無駄。彼女の人格なんかデリートしたもの」
それすらもラヴェンダーは構わない。
「私はお前の事は嫌いじゃない。出会いすら違ったらと今も思うよ。だから、全てを終えて再び始めないか? カルノに伝えたい事を告げて、私は・・・」
「黙れってのよ!」
烈風がラヴェンダーの腹を切り裂いた。だが、その割には内臓まで届いていない。
「制御が甘いぞ。首を飛ばせば黙る
笑った。
「それとも、小娘が起きようとしているか?」
「黙れ!」
少女はラヴェンダーの首を鷲摑みにして立ち上がらせる。
「私のプログラム風情が再起動するとでも言っているのか? 下賎な汝を滅ぼし証明してやる!」
「地が出てるぞ。激昂は真実の証明だ」
細い指が締まるがラヴェンダーの笑みは止まない。
「さっさと起きろシーラ! 自由を自分の手で掴むんじゃないのか?!」
「もういい死ねっ!」
ラヴェンダーは理由もわけもわかりはしない。現実として目の前の少女が自分を殺そうとしている。
だが、それでも後悔はなかった。
ようやく見つけたのだ。
自分だけではなく、全てを救おうとしている少女を。
あまりにも愚かで救いようがない。
それでも、それを知って行なおうとしていたのだ。ならば負けるわけにはいかない。勝者の笑みを絶やすわけにはいかない。
彼女のために、自分のために。
「いいか。たった少しの時間しか共有しなかったが、それでもお前は私の相棒だ。後悔なんぞせずに生きろ! したとしても乗り越えろ。まがいものの精神でも突き通せば真。お前がお前を突き通せ!!」
「いい加減死ねよォォォーーーー!」
ただし、残念なのは、最後の最後であいつに会えなかったことだ。
あいつは嫌がりながらも、唯一私を恐れなかった。あいつといた時だけは私は一人じゃなかった。
なんだかんだ言ってあいつも私も互いに好いていた。だからこそ、後を頼むよ。期待を裏切ったら恐いことを知っているのだから。
さて、死ぬか。
『コード・イミテーション 最大稼動 全てに置いての制限を解除します』
「死なれたら仕返しできないだろ?」
目の前を閃光が走った。
ただし、純白ではない。
赤黒い稲妻が駆け抜け、少女の腕を根元から切断した。
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