第33話

「小娘無事か?!」

 徒歩だけで上ってきた最上階。そこに辿り着くなり聞こえた絶叫。それは彼女の知った声だった。

 死体だらけの中央管理室を抜けて、破壊された支社長室の扉の前に立った時、そこには似合いの破壊の風景が広がっていた。

 そして、部屋の中央には、昼と夜の境目だけ幻想的に輝く夕陽を全身に浴びる少女、シーラ・ディファインスが微笑んでいた。

「あっ、ラヴェンダー遅かったね」

「・・・・・。」

 ゆっくりと彼女に近づいていく間、弾痕だられの壁に寄りかかるようにして眠る金髪の青年に気付き、反対側の壁に前衛的な標本として飾られた元白衣が誰なのか理解する。

「・・・おい」

 ラヴェンダーが彼女を見下ろせる距離まで近づいてから不機嫌な調子で問いかける。

「あの金髪、誰がやった?」

「さあ? ウォンにやられた被害者じゃないの?」

 小首を傾げる彼女に、ラヴェンダーは続けて質問する。

「じゃあ、ウォンは誰にやられた?」

「さあ? あたしにやられた犠牲者じゃないの?」

「・・・・・」

「なになに?」

 ラヴェンダーはしばらく沈黙。拳を硬く握り締め、歯を食いしばる。

「さっき・・・」

 ミシッと拳が軋む。

「私の補助脳がとんでもない数値を感知した。その時の反応は二つ。あの金髪はエレメンターじゃない。なら、答えは一つ」

「あたし、実は凄腕のエレメンターなの♪」

「黙れ」

 激情を秘めた双眸が愛らしい少女を映す。

「小娘はどこだ?」

「名前で呼んで欲しいんだけど?」

「あのお人好しの小娘はどこだ? 二秒やるから答えろ。でなければ消し炭に変えてやる」

 あはっと笑い頬を一掻き、

『あたし・・あたし・・・殺しちゃった! そんなつもりじゃなかったのに。なんで、なんであたしの手が赤いの?! やだ、やだよぉ』

 ラヴェンダーは思わず息を飲む。

『何・・・これ? 知らないのに知ってる。あたし、こんな事してないのに知ってる! あたし・・・あたしが殺してる!』

 表情だけは笑顔の少女は悲痛に叫ぶ。

『男を女も、すがる老人も、泣き叫ぶ赤ん坊も、みんな・・みんなあたしが殺してるぅぅーーーー! こんなの嘘! 絶対違う!』

「やめろ」

『誰か止めて、助けてよぅ・・・だれかあたしを助けてよぉーーーー! 恐いよ、助けてよラヴェンダー………助けてよカルノォォーーーッカルノォォォ………………』

 少女は口を閉じてニッコリ笑う。

「ちょっと遊んであげたら心が壊れちゃった。トーゼン人格の方はデリート済み♪」

「………そっか」

 理解は必要ない。認識が一つ変わるだけ。

 すっと息を吸う。そして、

「空気も残さず灰と化せ!」

 ウォン相対時とは比較にならない破滅の奔流が知ってシラナイ少女を飲み込み破壊力を解放した。

 夕日を映すガラス窓も、灯りを遮る天井も、有象無象も区別無く、融解する時間も与えず刹那の時で焼失。

「・・・はぁっ・・はぁっ」

 水蒸気すら残さぬ致命的なまでの破壊。本来なら生存不可能なまでの温度上昇だったのだが、全力開放と同時に温度調整を行い自身の身だけは守っていた。

「危なかったぁ、防御が間に合わなかったら本当に空気も残さず灰になるとこだったよ」

『リミッター解除 知覚領域最大限』

 声は後方。振り返る愚を冒さず最速の動作で身を屈める。その頭上を細い腕が貫き、その腕を掴み立ち上がるのと同時のソーククラブ。限界以上の力を引き出したラヴェンダーの肘は螺旋を描きながら少女の後頭部に炸裂。

「ちぃっ!」

 だが、それが不発である事を知る。肘に伝わる感触は後頭部を砕くものではなく、柔らかい手の平で受け止められるそれだった。

 反撃を受けるよりも先に肘を抜いて炎撃。

『波状型EA感知 解除条件 出力8・75%』

「あはっ」

 牽制の炎は一瞬にして燃え上がり、

『コンタクト 99・9999%解除成功』

 消滅し、牽制にすらならなかった事を知る。

「良い反応するじゃない」

 笑顔の後にショートフック。不意打ちに近い形であったが、それでも十分な間合いを取ってかわした。

「ぐっ!」筈だった。

 見れば右腕の上椀部が、皮膚の表面を抉られるようにして血を吹いている。

「あたしはどちらかっていったら近接戦闘の方が得意なの。あの白いのが大陸を沈めたなんて言ったけど、そっちはあたしの相棒がやったのよね~~~」

 言っている間にも拳で風が渦巻き、蹴りには炎が迸る。

「でも、おかしいよね。あいつって、あたしを使って何かをしてたようだけど、そんなことできるわけないじゃん」

 ラヴェンダーは攻撃の合間を見て牽制を続け距離を取ろうとするのだが、少女はラヴェンダーの動きすら上回って許さない。避け続けていられるのは長年の経験と勘。それだけである。

「あたし達を作った奴等だってコントロールする事の出来なかった万能生命体。それがあたし達スプリガンだっていうのに。アハハ!」

「知った事か!」

 叫びと共に全ての力を左腕に集中。そして、叩きつけると同時に開放するのだ。腕一本どころか命すら危ういが、それ以外に方法が見つからなかった。

 そして、抜き手の一撃が少女の左胸に吸い込まれるように進んでいき、砕音。

「っ!」

「さっきから惜しい続きだね」

 ラヴェンダーの抜き手を寸前で受け止めたまではいい。それですら驚愕なのだが、次に少女は握り潰した。そう、手首を。

「まあ、あたし相手によくやったと思うよ」

 残った右手でラヴェンダーの関節を反対側に折り砕く。悲鳴の代わりに肉が裂け、骨が覗いて、血がしぶいた。

「左腕一本取ったからって、もう勝ったつもりか?」

言葉とは裏腹、額にはびっしり脂汗が浮いて歯の根はあっていない。しかし、それでも彼女は彼女で在った。

 一瞬にしてナイフを取り出すなり一閃。

「土産だ。大事にしてくれ」

 ただし、狙ったのは少女ではなかった。

 掴まれたままだった左腕。それを肘より上から切断し、歯を剥いて笑った。

「まさかっ!」

 少女の声に初めて動揺が混じる。

『分析完了。左腕部に込められた量子粒子と後天性EA発動を確認』

「もう最悪っ・・・」

「燃え尽きろぉぉーーーー」

 最初で最後のとっておき。捨て身で相打ちすらも考慮に入れた必殺の瞬間。それをラヴェンダーは見逃さなかった。たちまち生み出された純白のプラズマ炎を眼前に向けて解き放つ。

 目の前が閃光で染まった。

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