第32話
『ストレイウィザーズハウリング(はぐれ魔女の咆哮)』
二人目はバレッタでまとめた黒髪を夕陽色に染める小柄な少女だった。細い肩を震わし口を開こうとしては揺れている。
そして、微かな時を置いて、ウォンの前に立つ少女、シーラ・ディファインスは初めて口を開いた。
「な・・何を・・・言っているの?」
「わかっているのだろう?」
手を伸ばすというには遠い距離。駆け寄るには近い距離。そんな曖昧な距離を挟んで二人は対峙している。
「君の中で何かが蠢いているのを」
それでも二人にとっては初めて向かい合える距離。
「除々にではなく、急速に自分が代わっていくのがわかるだろう?」
「わからない!」
左手で頭を抱えるようにしている姿はあまりにも彼女の言葉を裏切っている。
「君はこのバートンに足を踏み入れてから加速的に変質している。同種の私だからこそわかる・・・」
「偉そうに歌うな小僧。出来の悪いコピー風情がこの私を同種と呼ぶのか!」
『えっ?!』
聞きなれた自分の声に反して言った事もないような言葉。
「ふむ。部分的には覚醒してきているらしい。とはいえコピー風情とはひどい。せめてイミテーションと呼んで欲しいものだ」
「ふん、有機共生しているナノサイズエレメントが自己崩壊を起こす粗雑な人形如きコピーと呼ぶのすら譲歩というものだ。………っと、この言葉使い現代では古めかしいな。再構成・・・調整完了っと」
「黙って!」
叫ぶと同時に頭を壁に叩きつける。
「身体制御の大半は、まだ君の方にあるらしい。とはいえ、私はもう一人の君の方に話しがあるのだが」
「うるさい! あたしはあたし、もう一人なんかいやしないよ!」
そう言いつつも彼女の顔は苦悶に歪み、見えない何かに耐えるように視線が泳ぐ。
「君の人格は君の物ではない。スプリガンであるもう一人の君によって作り出され人格プログラムに過ぎない」
「嘘よ!」
「信じる信じないは君の自由だ。しかし、事実は事実として結果を為す。それに、君も見たんじゃないのか彼女の記憶とその一部を」
「っ!」
その言葉は彼女の心に亀裂を生んだ。表情は苦悶から引き歪み左目だけから涙が流れ出す。
「それと言っていたね、人殺しを認めないと。ずいぶんと気の利いたジョークだ」
もう一押しとでも言わんばかりに、
「かつての吸血遊戯でヴァンパイアとまで呼ばれた殺戮人形がよくもそんな奇麗事を言えるものだ。私だって幾人も殺めたが、君はその比ではない」
少女は目を見開き信じられないと漏らす。
「事実だ。八つの都市を火の海へ沈め、二つの大陸を地図から消した君がそれでも私を人殺しと罵るのか? ハァーッハッハッハ!」
「………黙れ」
漏らすように、呟くように。
「ダマレェェェーーーーー!」
『コード・スプリガン稼動開始 身体制御 量子因子吸収生成・最大出力 兵装全開放』
また同じ事が起こった。
最初に音が消え、周りの世界がスローへ。
都合のいい世界をシーラは全力で駆ける。
目の前で哄笑する気に食わない男を黙らせるために。永遠に黙らせてやるために。
「あああぁぁぁぁぁああぁぁーーーー!」
咆哮しながら右手は拳を形作る。躊躇や手加減などしやしない。偉そうに語る殺戮者に容赦はいらない。
だから、彼女は己よりも上背の白衣の痩身へ、渾身の力で、銃弾よりも早く、なにものよりも強く、自身の拳を叩き込んだ。
ボッと
あまりにも軽い音と衝撃。
だが、結果は全てを裏切る。
白が赤に染まった。
彼女の拳が彼の腹部に埋まった瞬間、ウォンの背中が風船のように膨らんで、途端に中身ごと弾けて朱色の液体と共にぶちまけられた。
「えっ?」
『あーあ、やっちゃった~~~』
無論、中身を失った身体は上下に分かれ、勢いのあまり壁に張り付いたままで止まる。
「あっ・・・あぁ・・・・」
見ての通りの結果。容赦なく致命的に、決定的なまでに死んでいた。
『おめでとー。これであなたも人・殺・し♪』
「ああぁぁぁ・・うぅわぁぁーーーーーー!」
そして、彼女の心はここで壊れた。
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