第27話

常時形成(・・・・)させていた補助脳の稼働率を最大にし、反射神経と身体能力を最大まで引き出す。

 眼前に迫るのは目の前に立っていた兵士の骸を微塵に裂いた音速を超えた弾丸。

『燃えろ!』

 通常のライフル弾とは比べ物にならないサイズの弾丸。そのライフリングがはっきり見えたところ限定領域で高密度のプラズマ炎を展開。

 自分を貫くはずだったトライデントの弾丸は瞬時に気化すると同時に、余波で目の前の骸も灰も残さず消失した。

「くっそぉ・・・」

 上品とも言えない罵声を漏らしつつ、ラヴェンダーは荒い息と共に膝をついた。

「・・・ハァ、あいつ見覚えがあるぞ。確か、訓練生の落第者の中にいたジュダル・ミューダースだったか」

 その呟きの向こうで閉じたエレベーターの壁の向こうで稼動音が鳴っている。

「しっかし、奥の手をこんなところで使うとは思いもしなかった」

 本来ブレインデバイスシステムの影響下ではエレメンターはその力を振るえない・・・ということになっている。それはエレメントが必要とする因子をシステムが吸収してしまうからであり、吸収を妨害しているわけではない。

「なら最初からキープして溜め込んでおけばいい・・・とはいえ半分くらい使っちまった」

 もっとも、因子を常にキープするには補助脳を常時起動し続けねばならないというデメリットがある。それは、常にブリットを服用する弊害が付き纏い、ブリットの常用は脳を犯し人格に障害を与える可能性がある。

 だが、ラヴェンダーには切り札があり、そんな常識には囚われない。ブリットにより擬似的な補助脳を形成しエレメントとの接続による補助脳の形成なんていう二度手間は踏まない。最初から補助脳が形成されている(・・・・・・・・・・・・・・・)のだから。

「キチガイどもが考えた人が人を超えるための研究成果とはいえ今の私には唯一の武器」

 ラヴェンダーは、俗に言うデザイナーズチャイルドではない。あくまで人の営みの中で生まれた。

 とはいえ、幼い頃にバートン科学研究部門の研究者だった両親によって『スプリガンプロジェクト』という研究の実験台にされた。

 後から補助脳を形成するのではなく、最初から現実の脳の延長として形成する。それがプロジェクトの概要だ。

 結果から言えば失敗だった。期待されていたまでの性能(・・)がなかったらしい。

 しかし、エレメントと人間の共生体として大いに注目され、成長していくに連れてその力は増大していった。

 だが、それが災いした。

 強力過ぎる力は内外に畏怖を与え、当時の関係者・・・両親を含んだバートンの人間は彼女を見知らぬ地へと遠ざけた。その場所の名前がキンダーガーデン。彼女を閉じ込めるために作られた牢獄の名前。

「だが、獣は解き放たれたぞ」

 紅蓮の魔女は非常階段目指して走り出す。エレベーターに目をやれば使用不可能のランプが点灯していた。倦怠感は微かな休憩によって抜けている。そして、目当てに通じる扉の前で制動をかけノブに手をかけた。

「っそ!」

 管理室が何か小細工をしたのだろうと想像し小さく舌打ち。しかも、この扉の鋼材は複合構造で衝撃に強い。

「この程度で私の歩みを止められると思うな!」

 補助脳の命令による身体能力の上昇。エレメントと共生する者だけの切り札の一つ。それは、本来三割までしか発揮されないという人間の力を限界以上に引き出す。次に全身に散らばっているナノサイズの分子を右手に集中させる。見た目だけはそのままに中身だけが変わっていく。

 その右手が手刀を形成し、弾丸もかくやという速度で射出された。

 ズゴッ! という尋常ではない音を響かせ、彼女の手刀は貫けるはずのない扉を貫いてしまった。ただ、それだけでは終わらない。

 貫いたままだった右手を引き抜くなり、人間の手で開けたとは思えないような大穴に両手をかけて、足を開きスタンスを取る。

「うぅぅおぉぉぉぁぁーーーーー!」

 叫びと共に、彼女の渾身の力が特殊構造の金属扉を引き裂いていく。一方彼女の肉体も関節の節々がひび割れるような音を立てて震えていた。食いしばった口元からは一筋の血が流れ落ち、浮んだ血管は破裂せんばかりに膨張している。

 しかし、物と者の闘争は、すぐに終りを告げた。ラヴェンダーが一際高く咆哮するやいなや、断末魔の叫びのような甲高い悲鳴を上げて引き裂かれた。

「な・・・んで私だけ……こんな疲れて……」

 両手を広げきった姿勢のまま、再び荒れた息を付き呟く。そして、思った。

「あの小娘は無事なんだろうか」と。同時に苦笑。

 付き合いが始まって一日二日の間柄なのに心配をしている己がバカみたいに思えたのだ。

「あのノーテンキは伝染する」

 ならカルノは?

 そう思いかけて考えるのはやめた。今必要なのは進むことだけだ。関係無いことは後で考えれば良い。そう判断し、紅蓮の魔女は非常階段を毒づきながら上り始めた。

「なんで私だけ徒歩なんだよ」

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