第26話
生まれて最初に手に入れたのは絶望だった。
生まれて最初に手に入れた希望は壊された。
それだけの違い。たった、それだけの違い。
絶望だけが原動力だった。全てを飲み込む感情の渦は遠い昔に置いてきて虚無だけが心の底に沈殿した。
だから、白い壁が嫌いだった。白い物が嫌いだった。
自分がどこまでも汚れていて、どこまでも呪われている事を知っているから。
だが、それでも今は、純白の先頭の前に立ち、黒の衣装で挑まんとしている。
「………くくく」
気付いていた。結局は避けて通れないのだと。
ならば進もう。そう思えた。そう思わせてくれるような奴がいた。ろくに力もなくて言うことだけは一人前。
「・・・いや」
彼女だったら力があっても同じ道をたどる。
愚かしいまでに。
だが、それも一種の才能だという事を知っている。
「だからこそ、俺も選ぼう。もう鍵は必要なし。全てを解き放つ」
それは青年だった。
黒の衣装で全身を包み、銀糸の髪の下には冷たい表情・・・ではない。
「俺は・・・俺を選ぶ!」
牙を剥く獰猛な獣のそれだった。
彼の名はカルノ・セパイド。
バートン社によって作られた人の形をした人形であり、それを操る糸を自ら断ち切った人間(にんげん)である。
争った跡のある正面玄関を抜けてエレベーターに入り最下層へ。途中鉢合わせした哀れな兵士達は死なない程度に再起不能にしてから無理矢理ロックを解除させてた。本来なら何重ものパスワードを必要とし、担当官の許可がない限り開くはずのない扉が開いていく。そんな事を何度も繰り返していくうちに純白の壁を照らす照明が徐々に落ちていく。恐らくこの先にあるものが光という刺激を好まぬためだろう。
やけに長い廊下は一直線。ここに向おうとする者の目を馴らそうとしている意図がある。
「・・・・・」
コツコツコツ・・・自分の足音だけが無闇に高く広い空間に響き渡る。
「何も潜んでいない・・・か」
もっとも、普段は足音など立てない。ならばなぜやっているのか? 答えは音の反射による索敵である。だが、言うのは簡単だが習得するには苦労を超えた努力が必要だ。
まあ、カルノの場合は目隠しの電子錠を取り付けられるなり無視界戦闘の基本とうそぶかれ、市街戦闘訓練用の迷路に叩き込まれたので習得せざるを得なかった。叩き込んだのは当時訓練生時代の上司だった。
ちなみに入り口は閉じられる上に出口は直線距離で五キロ。目隠しなしでも遭難者が出るほどであったという。
突然、頭痛がしたかのようにこめかみを押さえ息をつく。
「ろくでもないことを思い出してしまった」
後で文句の一つでも言ってやろうと思いながら、いつの間にか音の反響が変わってきていることに気付く。正面に何かがあるのだ。
「これは・・・」
巨大な扉だった。
十数メートルあるのではないかという見上げるほどの巨大さと、微かに灯るセンサー群の数々。それだけでなく人間用の手錠をそのままスケールアップした金属の塊が上から三つ、扉の端と端を繋ぎ止めていた。
「・・・・・っ」
中央に埋め込まれた頭蓋骨のような球体も含めて現代科学の産物ながら、それからは歪(いびつ)な印象だけが見てとれた。
「護衛や伏兵がいないわけだ。こんなもの通常火器や爆薬なんかでは破壊できない」
唯一の例外がエレメンターなのだが、支社の敷地内はブレインデバイスシステムによってEAが行使できないようになっている。
そして、そのブレインデバイスシステムを停止させるには、この扉を破壊・・・または通過し、奥にあるそれを破壊しなければならない。
「・・・世の中には例外で満ちている。最たる例がラヴェンダーみたいな人種だ。魔法使いはいつも常識の外で裏をかく」
黒衣の魔法使いがマント代わりのコートの裾をはためかせる。
「聞こえているかウォン・クーフーリン! 俺は俺の運命を受け入れる。大昔の化物のイミテーション! 偽物の力を今解き放つ!」
『コード・イミテーション起動 EA限定使用可能』
本来エレメントによるEA現象は、大気中に含まれる特殊な量子粒子を、エレメンターの全身の皮膚を通して吸収し、吸収した粒子を補助脳が術者のイメージ通りに変換し放出する事で初めて発生する。
そして、ブレインデバイスシステムという物は、エレメンターが必要とする特殊な粒子を限定地域で際限なく吸収し、様々なエネルギーとして供給する機能を有している。
元々は、環境維持用エレメントの効率的なエネルギー供給源として開発されたのだが、予想以上に量子粒子を吸収したため、EAの阻害というのはおまけ的要素が強い。だが、それでも利用できる物は利用するというバートンの方針から、外部エレメンターによる襲撃・・・もといエレメンターによる反乱を防ぐため各支社への配備が命令されている。
余談だが、そのシステムを提唱したのがウォンであり、この時の功績から『神民』と呼ばれる上層部から、同じ『神民』の身分と第十三支社支社長の立場を与えられた。
・・・とまで認められるほどのブレインデバイスシステムはエレメンターを完全に封じる。とはいえ、本物の魔法使いは裏をかく。
旧時代あったとされる魔女狩りでは、石を投げられ火あぶりにあった魔女は本物の魔女ではなく『自白させられた』魔女であったという。つまり、この場合多くの魔法使い(エレメンター)は偽物であり本来の魔を振るう万能の魔法使いは、壁の前で二の足など踏まない。
「だから見せてやる現代の魔法を!」
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