第28話

「カルノ・セパイドが解き放つ!」

 言葉に意味はない。本来はイメージするだけで理想が実現する。それでも言葉で意志を示すのは必要な事だと思えた。

 だから、叫ぶ。魔法使いに呪文はつきものだから。

「火よ風よ、水よ地よ! 我が命に従い破壊の力を顕現せよ!」

 脳だけでなく全身に散らばる破壊の意志と力が具現する。

 EAの並列処理。

 最初に起こったのは業火の破裂だった。

 闇に落ちていたはずの地下室が紅蓮の炎によって照らし出される。だが、それは灯りのために放ったのではない。現に、手錠にも似た拘束器具が音もなく形を歪め液状化した。

 次に起こったのは姿無き破壊の旋風。

 超高熱の炎によって強度を落とした巨大な門に無数の裂け目が刻まれ、無事だったセンサー群が一様に宙へ舞って微塵と化す。

 三度目は直接的な破壊ではなかった。

 周囲に散らばる酸素の中に、突如発生した水素の群が飛び込み大量の水となって現れる。それは門の全体に降りそそぐと同時に術者の命令を受け瞬時に凝固した。結果、極低温にさらされ原形を保っていた箇所は形を歪めてひびを走らせ、亀裂の入っていた箇所は無残に砕けた。

 最後は、突如大地が歪んだかと思えば、門そのものが縦横無尽に引き裂かれた。正確に言うなら門から裂けていったと言った方が正しい。異様な光景だった。

「見せてもらうぞ。過去に追いつくために作った現代の罪を」

 周囲で火花を散らす機械群の名残に一瞥もくれず、黒づくめの魔法使いは地獄の門をくぐる。

 ・・・そう、地獄だ。

「照らせ」

 門を潜って数歩進み、頭上に松明(たいまつ)代わりの炎を灯す。

「・・・これは」

 どこまでも広がる底なしの暗闇の中で、水の揺れる音だけが明瞭に響いていた。そして、カルノの炎はそれを浮びだした。

 薄々は想像していたし理解もしていた。だからこそ、言葉を失ったのだ。

 薄闇の中で果てなく続く、水槽に浮ぶ数え切れない人間の脳。だが、それだけではないのだ。その各々の脳から生えた無数のコードが中継点を通じ、その奥の奥、入れ組んだケーブル群にがんじがらめされるようにして繋がれた一個の巨大な物体。

 いや、炎の輝きを受けて七色に光るからには物体というよりも結晶体であった。七色に光るありえるはずの無いサイズと色彩のエレメント。

「これが・・・こいつが・・・・」

 安易な形に別れることを許されなかった原初の結晶。それにつながれた意志を取り去られた人々の脳。

「………これが、ブレインデバイスの正体か」

 俯いた口元に笑みが浮んだ。

「・・・ならば俺が解き放つ」

 だらりと下げた右手に赤黒い雷光が巻きつき荒れ狂う。それはさながら生き物のように蠢き、秘められた狂気を開放する喜びに打ち震えているように見えた。

「悪夢は終りだ!」

 カルノの雷光が水槽に突き刺さり、瞬時に粘着質な液体が沸騰。

「ここはブレインデバイスシステムの中枢。EAを使えるのが不思議か?」

 赤い稲妻は波に漂う脳の群を引き裂き、焼き焦がし、砕いて散らす。

「確保しといた量子粒子は底を尽き、こんな真似ができるはずもない。そう思うだろ?」

 誰に向かって言うでもなく、そのままカルノは続ける。

「それにこの雷光。こんなEAは存在しない」

 ならばなんなのか?

「元々エレメントという物はわかりやすく(・・・・・・)す(・)るために(・・・・)四つに大別しているだけであって本来は、その程度の数で収まるはずが無いんだ」

 水槽のいたるところに亀裂が入り、そこから蒸気のようなものまで噴出し始める。

「本物のエレメンターは己の意志で理想通りの理想を実現できる!」

 紅き雷光の本流が勢いを増して荒れ狂う。

 確かに余力を残していたとはいえ、それでもありえない現象であった。

 ラヴェンダーは予備の因子を確保して力を行使した。確かにそれは事実。それでも限界値というものが存在し、息を吸い続ける事が出来ないように過多の吸収は身を滅ぼす。

 にもかかわらずカルノは出力の増加をたどっている。

「っ!」

 鉤爪状にかたどった右手が強化ガラスの抵抗を物ともせずに振り抜かれる。それを追うようにして赤黒い閃光が全てを消滅へと導き、

「引き裂け雷光!」

 振りぬかれた腕を、そのまま突き上げるように振り上げる。同時に紅の閃光がケーブル群の中央。虹色の結晶体目掛けて一直線に走る。

 鳥の鳴くような音が聞こえたかと思えば光の速さが全てを切り裂き、破壊の音を奏でる。

 虹色の結晶が二つに割れ、無情の雷が粉砕して続く。

「滅べ呪われし現在!」

 全方位へ渡って紅い閃光が何もかもを蹂躙。虹色の結晶が完全に消滅する間際、甲高い悲鳴のような叫びを上げて、雷光と共に消え去った。

『ブレインデバイスシステム強制停止。以降、施設の中でエレメントの行使が可能と共に・・・』

「安かに眠れ」

 黒衣の魔法士は取り出した煙草を咥えると共に背を向け歩を進めた。これが終りではなく、始まりと言わんばかりに。


『ブレインデバイスシステム強制停止・・・』

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