第23話
「様子がおかしいな」
正面を避け反対側の機材搬入路から浸入を果たしたラヴェンダーが納得いかなそうに呟く。
「おかしい?」
続いたのはシーラだ。いつも通りの軽装で武器らしい武器もない。最初銃器なりを渡そうと思っていたラヴェンダーだったが、自分の方がましという結論に達して、そのままにしておいた。
「こいつ等との戦闘を行なったのに応援がこない。通常、何者かと交戦状態になった場合、対象の人数関係なく応援が駆けつけるはず」
そう言う彼女の周りには、十人近くの武装兵士が揃って意識を失っていた。
「それがこないってのがおかしいって事?」
ラヴェンダーは頷く。
この時の彼女が知るよしもないが同じ頃、正面玄関でジュダルが警備兵と交戦していたため警備部の方もどちらに応援をやればいいのかわからず混乱していたのだ。元々常駐の兵がなまじ多いばかりに情報の混乱も生じていた。
「まあいい。とにかく進むぞ」
「うん」
互いに頷きあってから、社内に通じる搬入ゲートの前に立つ。その際、あらかじめ奪っておいた軽機関銃の安全装置を確認し、ゲート脇のスリットにやはり奪っておいたIDカードを通す。
一瞬の間を置いてから、ピーっと短い電子音を鳴らしてシーラの倍程度はあるゲートが左右に開いていく。
「さて、魔王の城に到着だ。覚悟はいいか?」
「覚悟なんてとっくに決めてるよ。なんでウォンって人があたしを求めるのか? そのためになんでこんな事をしたのか? 直接会って問いただす!」
「・・・お前を求める理由か」
ゲートをくぐって最初にあるのは高い天井の一直線。誰かの侵入の際、身を隠す場所を与えない作りになっており迎撃される方としてはいただけない。とはいえこちらを選んだのは正面玄関は警備部の本部が近いこともあり、なおかつ目立つのを嫌ったからだ。
「お前は自分で気付いてないのか?」
「・・・心当たりはないよ」
ラヴェンダーの視線が疑わしげなのは、廃墟群の中で異常な気配を察知したからだ。それに、カルノが何か知っているような素振りを見せたからでもある。その時はあえて気付かなかった振りをしたが。
「それにウォンが探していたアンティークっていうのも気になる。どこでどうお前が関係してくるのか」
「あたしだってわからないよ」
二人は小走りのまま直線の終りの十字路に差し掛かる。このまま直進すれば正面玄関へ。左右はどちらも上層階に通じる業者用エレベーターに通じている。そして、そのまま飛び出そうとしたシーラを、ラヴェンダーは襟首を掴んで引きずり倒す。途端、銃声がこだまし少女の悲鳴が上がった。
「な、なに!」
「場所を考えろ小娘。ここは敵の本拠地だぞ」
冷静に呟きつつ銃弾の方向を確認。左右からの狭撃ではないことに気付き悪態をつく。
「ここにいるのは素人だけか!」
無論、罠の可能性もあるし、後方からの狭撃かも知れないという可能性もある。だが、なんとなしに悟っていた。
「こいつ等は、こうするように操作されてる(・・・・・・・・・・・・)」
底意地の悪い白づくめの姿が脳裏に浮ぶ。
「どこまで人をおちょくれば気が済むんだ!」
実際の所はジュダルとの応戦のために人手を割いているだけの話でウォンは関係なかった。だが、それを知らない彼女は怒りを溜め込んでいく。
「おい小娘!」
「名前で呼んでよ」
いいからと言って左方を指差す。
「私があいつ等を黙らせるから先行しろ」
「なっ!」
戸惑う彼女に取り合わず、機関銃のコッキングレバーを引いて安全装置を解除。同時に腰に下げていたボール状の何かからピンを引き抜く。
「三秒後に突っ込め!」
銃声に負けじと叫び、同時に球体を右方へ放った。同時に通路の向こうから「逃げろ!」という叫びが声上がる。
「一・・・ニ・・・三!」
鼓膜が破れんばかりの爆音が鳴り響き通路の向こうで閃光が瞬く。
「行けっ!」
同時に機関銃だけ通路に乗り出し銃撃開始。途端悲鳴が上がった。そして、その声に押されるようにシーラが飛び出し、ラヴェンダーが腕だけでなく身ごと乗り出す。
「そこのエレベーターじゃ最上階までいけない。後の道は自分で探せ、私はすぐに追いつく!」
鳴り響く銃声に少女が頷く。
こうして二人は、それぞれ一人になった。
尾を引いて続く銃声。目の前で肉が弾け血が踊る。だが、それもこの瞬間だけの事。銃弾の尽きた機関銃は沈黙し、イジェクションポートが開きっぱなしで止まる。
「上等!」
向こうとの距離は十メートル以上。しかも、通路脇に隠れながら銃撃できる分向こうが有利。だが、黒髪の美女は獰猛に笑い、腰の後ろに差した大型ナイフを引き抜いて走る。
常識でいうなら自殺行為だ。十の距離は一でないし生身で銃弾は受け止められない。
だが、紅蓮の魔女には関係なかった。
目の前に迫る灼熱の銃弾。それを銀光の一閃と共に弾いて終える。
彼女の行動は、全てに置いて常識を超えていた。視認する事が不可能な銃弾の軌跡を読み、間に合うはずのない迎撃が形を為す。それは、エレメンター以前に人間を超えた行為だ。それでも彼女は笑いながら一蹴に伏す。
「魔女はいつも常識の外にいる」
T字路の突き当たりでたむろする兵士たちに、歯を剥いて笑いかける。
「撃て死んでないぞ!」
悲鳴のような警告。しかし、すでに彼女の射程圏内だ。長く続く直線をヒョウのように駆け抜け銃口の目の前まで迫る。そこで勢いを載せたまま上体を捻り、螺旋の軌跡を描いて銀の凶器を振り抜く。
ギッ! と鈍い金属音が鳴り、同時に火花を散らし黒い影が宙に舞った。
「仕方ないから生かしておいてやる」
宙に舞ったのは銀の刃によって斬り飛ばされた銃身である。本来ならナイフの一本・・・しかも女の細腕で強化チタンの複合金属を「斬る」ことなどできる筈がなかった。しかし、結果は見ての通り目の前にあった。そして、役立たずになった武器を捨てる事もできず立ち尽くしていれば、目の前のラヴェンダーが旋回し低い体勢から打ち上げの踵落とし(・・・・・・・・・)。
「っ?」
死角から、しかも意表のついた一撃に為す術もなく打ち倒され背中から倒れていく。その後ろにはただでさえ狭く設計された通路の終り。そこには数多くの兵士たちが密集していたのだ。
「戦術を学び直せ!」
倒れかけていた最初の兵にとどめと言わんばかりの後ろ回し蹴りで集団ごと押し潰す。
これで彼女に向けられる銃口はごくわずか。
「起きた時にバートンが残っていたらな」
チッと短い音が彼女の口元で鳴り、続いて乾いた音が床に落ちる。
「じゃあな」
背を向け、何の迷いもない全力疾走。
「?」「チャンスだ!」「撃てっ!」「こいつ重いんだよ」「目標はどこだ?」
自分自身、己の戦闘力で無理を押し通し、戦略も作戦もあったものではないのだが、さすがに背後の彼等はひどすぎる。自分の落し物にすら気付いていないのだから。
ゆっくりと上がり、向けられる銃口を背中越しに感じながら苦笑を含めて身を投げ出す。胸から床に着地し、口を半開きにするのも忘れない。
「待て、これはっ!」
気付くが遅い。兵の一人が声を上げると同時に、廊下という限定空間に衝撃を越える轟音と、見るだけで網膜が焼かれんばかりの閃光が白の壁に反射しあって炸裂。
『!!!!!!』
目を閉じ耳を塞いだラヴェンダーはともかく立ったまま、しかも、彼女の落としたスタングレネードの威力を真近で浴びた兵たちは違った。音を超えた衝撃に下っ腹を貫かれ、ゴーグル越しの視界も真っ白に染められ悶絶する。
「く、くそっ!」「大丈夫か?」「立てる奴!」
とはいえ無事な者だっている。限りなく少数派ではあったが。無論、そんな事に気付かないラヴェンダーではなかった。誰よりも、いち早く身を起こし銃口が向けられる前に唯一の弾倉を叩き込んで拳銃で銃撃。立て続けに鳴り響く銃声は苦鳴と硝煙を織り交ぜこだました。
「抵抗するな。そうすれば命までは奪わない」
言っておきながら苦笑。全てに対して復讐すると誓っておきながらこれだ。わずかな間だが近くにいたお人好しに感化されたのだろうかと自問してみる。
そして、手元を撃たれうずくまっていた数人の手が上げられた所で、
轟音。
「っ!」
目の前で人であったものが弾け肉隗に変わった。
「・・・・・な」
血の花が咲く。
そして、静寂が彼女の周りを支配する。
「・・・・・なにが」
半ば呆然としたまま時が過ぎる。
それから微かな時を置いて押し殺した足音が通路の向こう・・・左側から響いてくる。
トットットッ・・・と。
目の前の破壊力に反して軽い足取り。耳を澄ませばやはり軽い音色の口笛が響いて渡る。
「………ありゃ俺以外にお客さん?」
一見すれば長身痩躯。くすんだ色の金髪が中途半端な長さで伸ばされ、その毛先は鈍い赤錆色で染まっているのを除けば陽気な好青年として映るだろう。
「………お前は」
だが、彼の着ているのは流行にのっとった衣装でもなんでもなく、毛先と同じ赤錆色に染まった戦闘服で両手に携えるのは長大な槍と見まがわんばかりの金属の塊。
名前だけは知っていた。対物式ライフル「トライデント」まかり間違っても人に対して使う物ではなかった。
「貴様はっ!」
と言葉に反して、ラヴェンダーは背を向け全力疾走。もと来た道を引き返して十字路の右に飛び込む。同時にけたたましい銃声。硬質特殊鉄筋を仕込んだはずの壁が次々に弾痕を穿って突き抜ける。
「いい反応するねぇ」
通常弾ではありえないサイズの弾痕の向こうで、金髪の青年が駆け出すのが見えた。
「冗談じゃないっ!」
ラヴェンダーの武器らしい武器はカルノから借り受けた拳銃とナイフ数本。ファイヤパワーという意味で明らかに負けている。エレメントの起動が不可能な今、彼女は戦闘能力を有しただけの女性に過ぎない。
「もっとも」
奥の手は残っている。とはいえ、残してこその奥の手であった。
「よりによって最初の最初からピンチとはねぇ」
苦笑と共に両手にそれぞれナイフを握って逆手に持ち替える。本来ならこのまま逃走を続けて正面玄関を目指すべきだ。ましてやナイフの二本で立ち向かおうというのは自殺行為以外他ならない。
それでもラヴェンダーは体勢を低く構え、
「・・・・・」
十字路に銃身の陰が見えた瞬間、音もなく突撃した。遅れて現る長身の陰。
『殺った!』
声には出さず、内心で叫び銀光を一閃。
銀の軌跡は長身の首筋を切り裂き、
「違うっ!」
見上げる長身は黒髪だった。瞳孔の開いた虚ろな瞳はすでに命亡き者。ゆっくりと崩れ落ちていく男の向こう。作業員用エレベーターの前で例の金髪がトライデントを構え苦笑していた。
『避けられない!』
音を越えた銃声が咆哮し目の前が閃光で染まる。そして、目の前の死体が形を失って弾け、ラヴェンダーは、
チーンと音を立てて作業用エレベーターの扉が開く。そして、その中からけだるげな様子で身を乗り出したのは金髪の長身・・・ジュダルだ。
「おいおい勘弁してくれよ」
鉄の箱から出る前に操作機器を拳で破壊し手動で閉じる。
「よりによってラヴェンダー・クロスフォード・マクミトンかよ。なんでまた紅蓮の魔女(クリムゾン)がここにいるってんだ」
最初は気付かず銃撃していたが気付いた時には手遅れだった。もっとも、あれで死ぬような玉とは思えなかったが後々が恐い。
なぜなら彼女は自分の元上司(・・・・・・)であったのだから。気付かれたら最後、あの執念深い魔女の事だ、地の果てまで追ってくるだろう。かつての同僚同様ろくでもない目に合わされること確実だ。
「・・・まずった」
エレメンターの適性がないと判断されるまで共に痛めつけられた同僚は見事エレメンターになったらしいが、反して自分はエレメンター殺しの部隊へ配属となった。
「死ぬかも俺」
不意打ちという意味で先制をかけたのはいいが正面からやりあった場合、一敗地に塗れるのは自分の方だと確信している。
「まあ、元々死にに来たようなもんだしな」
諦め交じりの吐息をついて凝り固まった首を鳴らす。
「だけど俺ってあいつと違ってマゾじゃないのよね」
カッカッカッと硬いいくつもの足音が前方に続くオフィス廊下と左方の作業用通路から響いてくる。ジュダルは苦笑し、
「さあて、殺される前に殺しに行くかね」
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