第22話

『God damn』



 それは、一番最後の招き客であり、一番最初の来客でもあった。


 時の頃は昼。普段であれば、昼食を取りに行く社員達の姿で溢れかえっているであろう施設の出入り口は、閉じられたまま沈黙を溜め込んでいた。

「・・・・・」「・・・」「・・・・」「・・」

 ただし、一般社員とは別に、警備を職務とする軍事部門の無骨な兵隊だけはいつも通り、中央塔正面玄関の前で沈黙と警戒を秘めて立っていた。各々の手には使い勝手のいい軽機関銃が構えられており、その安全装置はかけておらずトリガーには指がかけられていた。だからこそ、不審な影が目に止まり向かい合って十メートルの距離になった時には四人全員が銃口を向けていた。

 不審な影は青年だった。年の頃は二十代。ホコリやススでくすんだ金髪に空色の双眸。

長身ではあったが身体つきは反して細め。とは言っても見るものが見れば必要以外の肉を全て引き削いだ均整の取れた肉体である事に気付くだろう。

「やあ」

 本来ならここで撃ち殺すはずだった。不審者を見つけたら殺せ・・・そう命じられていたからだ。しかし、それをしなかったのは、その青年の装備があまりにも馬鹿げていて面食らってしまったからだ。

肩に担ぐ槍と見まがわんばかりの鉄塊。対物ライフル『トライデント』本来長距離狙撃用に設計されたそれは、その威力と重量から、人間が振り回すような物ではない。少なくとも彼らの常識ではそうだ。作戦で使用する時も直前まで分解して運び地面に固定した上で撃つ。マニュアルにもそう書いてある。

「支社長殺しに来たんだけどいる?」

 を担ぐ青年は面白そうに笑いながら言った。そして、それが彼らの職務を思い出させた。

 一斉に銃声が鳴り響き続けざまに放たれる銃弾が尾を引き終わりなく放たれた。そして、それら全ては、

「痛ぇじゃないか」

 青年・・・ジュダル・ミューダースに致命傷を与える事は出来なかった。お返しとばかりに切っ先のような銃身が旋回し、

 轟音。

 太陽の輝きすらかすむマズルフラッシュと空気の破裂を思わせる銃声。ボルトを引いたところで一輪挿しもあろうかという空薬莢を吐き出し大きな音を立てて地面に落ちた。

・・・ここで静寂が辺りを支配する。恐怖という本能のために。

「あーー耳痛い」

 緊張感も薄い青年の声だけが明瞭に響く。そして、微かに曇る硝煙の向こうで一つだけ変化していた物があった。もう一つは者。

 まず正面入り口の防弾耐熱処理を施したガラス扉が完全に粉砕されていた。貫通したのではなく粉砕だ。

 次に、警備兵たちの内の一人。盾形に陣形を組んでいた右から二番目の彼の背が異常なまでに縮んでいたのだ。いや、正確に言うなら腰から下が完全になくなっていた。

「・・・?」

 その彼はきょとんとした顔のまま血を吐き出し、手にした銃の重さに負けて前に倒れ、そのまま動かなくなった。

「悪いね。だけどウォンに従うなら皆殺しって事で」

 やはりお調子者の笑みのままトライデントに再装填。しかし、それは撃たずに地面へ放る。

 その瞬間、固まっていた三人が再び銃口を向けたところでジュダルが背中に手を回し何かを手に取った。

「バカかあいつは!」

 兵が叫んで銃撃。残り二人もそれに続く。

 だが、今度もジュダルに致命傷を与える事が出来なかった。しかも、今回は三人揃って弾切れを起こす。

「オタクらシロートじゃないんだからさ」

 ジュダルが今度手にした兵器は重機関銃『ヘルズストーム』これも人間が持って歩くような武器ではない。毎分八百発という常識と実用性を無視したそれは、本来戦車やヘリなどに搭載するはずである。良く見れば腰に弾帯を巻いており、ただでさえ過剰な重量を更に増している。

「そんじゃさよなら」

 軽機関銃とは比較にならない銃声と破壊力。肩に衝撃がきたと感じた瞬間に根元から弾けて、全身に衝撃がきたと思った瞬間意識が永遠の闇に落ちる。

 そうしてしばらく斉射を続け、充分だと判断した所で銃口を下ろす。

『・・・おかしい』

 実際警備経験もあるジュダルは不審者の現れた場合の対応を思い出していた。日中は社員の出入りがあるため使う銃弾は非殺傷のゴム弾のはずであったし、応援は相手の数を問わず十秒で駆けつける。だが、

「銃弾はよりによって軟頭弾だし応援もこないし」

 実際彼は超人ではない。銃弾の何発かを受けて弾種を知ったのだ。それでも怪我らしい怪我がないのは戦闘用の特殊プロテクターで全身を包んでいたからだ。人が人のままエレメンターを制圧するために開発されたそれは、エレメントの元となったナノマシン機構で制御されており薄地でありながら通常の倍以上筋力と柔軟性を保ちながら大口径のライフルにさえ耐える。もっとも、コストの都合上製造中止になり試作された数着のみがジュダルの部隊に配給されたのだ。

「まっ、いいか」

 と言っていれば、ようやくガラス扉の向こうから慌しい足音が響き、青年は深い笑みを唇に浮かべる。

「らしくなってきたじゃないか。食傷気味だったんだ」

 地面のトライデントを拾い直してから、金髪の青年は加速した。同時に懐に収めていたカプセルを口に含んで噛み砕く。

「っ!」

 刹那の陶酔感。通常では反応できない加速された世界がゆっくりとゆっくりと収まっていく。だが、同時に心が高揚していく。そして、その高揚は即座に先鋭化。

 両手に構えた殺意の顕現。人以上の者達を殺すための武器を、向かい来る兵達に向けて叫んだ。

「貴様の全てを破壊してやる・・・聴いているかウォン・クーフーリン!」

 祝砲の代わりといわんばかりの銃声。途端、前方の集団が原形を失って弾け飛んだ。

 そして、殺戮が始まる。

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