第20話
「ジュダル、一体どういうつもりだ!」
キンダーガーデンから救出されて約二時間。
あらかじめ手配されていた救出部隊は(・・・・・・・・・・・・・・・・)ジュダルを本部に送りつけるなり姿を消した。呆れるほどの手際の良さと、手配したであろう人物に自然と皮肉の笑みが浮んでしまう。
「どういうつもりかって?」
組み立て途中だった対物ライフルから一瞬だけ視線を逸らすと、部屋の隅に髭面の黒人が、青アザをこさえて両手足を縛られ床に転がっていた。
「・・・こういうつもり」
左袖に貼り付けられた部隊証を無理矢理引き千切って放り捨てる。
「ウィリアムの奴といいお前といい・・・バートンの制裁が恐くないのか?!」
ウィリアムという人物は知らなかったが、ジュダルは迷わず「ああ」といって頷いていた。思わず狂っているなと苦笑しながら。
「全てを与えたのがバートンなら、俺から全てを奪ったのもバートンさ。だったらやるしかない。違うか?」
視線を再びライフルに戻すと、それだけで人を殴り殺せそうなストックを固定し安全装置をかけて完成。
「おっちゃん、対物式機関銃はどこに保管してたんだっけ?」
口調だけは気軽に、目にはどす黒い感情を。
「お、お前、ぶん殴られて仕事場荒らされて答えてもらえると思ったら・・・」
銃声。
黒人は己の真近で銃弾が弾けた事に気付く。
「悪いね。余裕がないんだ」
いつの間に握ったのか? そんな疑問を置き去りに、硝煙のたなびく銃口が額にポイントされた。
「正直、あの野郎以外は殺したくないんだよ。だけど、おっちゃんが俺の邪魔をするなら迷わず殺す」
あの野郎。その言葉に瞳の狂気が爛々と輝く。
「・・・わ、わかった」
陳腐な動揺を表現しながら銃の場所を口にする。
「ん。ありがと」
本来数人で運ぶ筈の長大なライフルを軽々と肩に担ぎ彼はゆっくり立ち上がった。だからこそ、黒人はなじみの青年に声をかけた。
「おまえ・・・どこにいくつもりだ?」
金髪の陽気な彼は、頭だけ向けて子供のような笑顔を浮かべ、
「・・・地獄さ」
意識の浮上は思っていたよりも安らかなものだった。覚醒していく感覚は意識から始まり四肢へ流れていく。
喉の奥に渇きを覚えたがこれくらいは許容範囲。立ち上がって水を飲めばいい。それだけの事だ。
「・・・・・。」
全身の覚醒を認識した所で手を開き、閉じる。・・・問題なし。続いて重く閉じられた瞼を開けて、
「あっ、起きたよラヴェンダー」
灰色の天井。その下で自分を見下ろしていた少女が嬉しげな声を上げる。しかし、その表情に反して気を失う前に見た少女は、
「ここはどこだ?」
「ちょっ、起きたら駄目だってば」
起き上がろうとする止めるのも構わず押し退けると、
「ようやく目を覚ましたか。相変わらずの寝ぼすけめ」
「どれくらい寝てた?」
両輪切りの煙草を咥えた上司はけだるそうな様子で紫煙をたなびかせていた。
「四時間というところか」
「そうか」と短く言って、かけられていたシーツを引き剥がす。そして、足が白いギブスで固められている事に気付く。
「この小娘を庇った時にやったみたいだな。それに、全身銃弾による裂傷。直撃が無いのが唯一の救いだ」
「少なくとも足が折れたのは、どこかの魔女が周りを考えない一撃をかましたせいだな」
といいながらも恨みがましい響きはない。
「天災は分け隔てなく訪れる」
「いや、人災でしょ?」
容赦ないシーラのつっこみ。対して紫煙を吐きかける大人げの無い大人(ラヴェンダー)。
ケホケホせき込むシーラと、楽しげに笑うラヴェンダーを冷ややかな視線で見つめるカルノ。そして、溜め息のような一言。
「ここは? あの廃墟とかじゃないだろ?」
灰色の天井だけは共通ながら、あの廃墟ならば清潔なシーツとガレキの無い床はありえない。まあ、掃除したというなら話しは別だが、新品同様の治療用機器はガレキと呼ぶには不似合いである。
「それなら一つしかないと思わないか?」
「・・・・・」
言われて頭の中に辺りの地形を思い浮かべる。といっても単純な物だ。前進すれば第十三支社とその周辺の住民地区を保護するバートン社軍事部門施設。常時万を超える駐在員に、千を超える緊急時に備えたエレメンター。管理する人間に対して少ない兵隊は、エレメンター一人一人の戦力が百対一に匹敵するからだ。
・・・にいる事はありえない。
そして、左右に回った所で、いくら進んでもエレメントの加護を失った果ての無い不毛の大地があるだけである。ならば、後方には全てを破壊されたキンダーガーデンがあるわけで、
「・・・どこだ?」
当然の疑問を口にすれば、ラヴェンダーはバカにしたように鼻を鳴らす。
「フン、想像力の乏しい奴だ」
「俺は気絶してたんだ。わかるわけがない」
言いながらどんどん嫌な予感が胸の内に積もっていく。試しに視線を横に向ければ、引きつった表情を称えたシーラが窓の向こうを見詰めていた。
「・・・・・?」とつられるようにして彼も窓の向こうに視線を向けて、
「っ!」
言葉を失う。
「今まで遠くから見てただけだけど、近くで見ると一際すごいよね」
天高くそびえる雲の高さほどの、現代の塔。
純白の塗装に円錐状のそれは、天を貫く槍のようにも映り、己で別の何かに挑む意志を表現しているようにも見えた。
を目にしてカルノは思わず目を剥く。
「なんでだ!」
「なんでもなにも、気を失ったお前ら二人を担いで軍事施設を突破したに決まってるだろ」
動揺もあらわなカルノの傍らにラヴェンダーが並んで事もなげに言う。
「もっとも、常時待機しているはずのエレメンターとも遭遇しなかったし、巡回兵との接触も、ほとんどなかったからな」
いいながら吸いかけの煙草を落として踏みにじる。
「・・・なに?」
「・・・どうせ、私達以外の意志が働いていると言っているんだよ」
その一言に、二人は同時に黙り込む。そして、脳裏に浮んでいるのは同じ人物。
「でも、目標まで楽に行けるのはいいことじゃないの?」
「まあな」「とはいえ腹立たしい」
互いに納得のいかなそうな師弟を正面につくづく似た物同士の二人だなと笑ってしまう。それに気付いたラヴェンダーが眉を潜め、
「なにを笑ってる」
「べつに~~~~」
じゃれあう二人の様子を眺めながら、カルノが一人呟く。
「・・・しかし、これで俺は戦力外か」
包帯だらけの身体にギブスで固定された足。
言うまでもなく重体。これでは戦闘はおろか、己による歩行すら困難である。
「どうした難しい顔して」「どこか痛いの?」
「別に痛くもないし難しくもない」
単純な事だと苦笑した。
「それで、これからの予定は?」
「こっちも単純だ。お前と小娘は留守番で、私はウォンを殺しに行く」
単純明快な上に容赦のないセリフ。予想していたこととはいえ、有無を言わせない力強さがそこにあった。
「待ってよ」
がそれに従わない者もいる事をカルノは知った。
「あたしも行く!」
「言ってどうする」
並んでいた二人が向き合って対峙する。
「つまりラヴェンダーは自分ひとりで行って自分ひとりで解決するって言ってるんでしょ? それじゃ何の意味もないよ」
「意味?」
片眉を寄せてラヴェンダーが問う。
「意味だと? それこそ意味のないことだと思わないのか?」
「それはラヴェンダーが決める事じゃない。あたしの決める事よ」
小柄な彼女は長身のラヴェンダーを見上げる形になっているが、大きな瞳に恐れや戸惑い、狂気はなかった。一歩も引かない彼女の姿勢に、ラヴェンダーは少しだけ感心する。
「ふん、意味を求めるのは結構。なら、戦う力のない、ただの小娘を連れて行って守る私の手間はどうなる」
「ラヴェンダーに守ってもらおうなんて思ってない」
「人殺しを忌避するお前が敵の本拠地で自分を守れるとでも?」
それは、確実にシーラの中枢を刺した。
「・・・そして、人を殺せるのか?」
脳裏に蘇る人々の死。
刹那の炎に焼き尽くされた多くの命、銃弾に弾けた命。命。命。命。
「一緒に行くということは、ウォンを殺す手伝い。お前が人を殺すのと同義。それを認めるというならいくらでもついてこい。いくらでも地獄を見せてやる」
これだけ言えば充分だろう。そう思ってなにも言わないシーラに背を向けようとした時、
「行く」
彼女は続けた。
「ただ待つだけで全てが終わる。とても楽で安全だけど、そんなじゃ何も変わらない」
明確な思いや貫くべき信念もないただの少女。だが、それでも言葉には意地とは別の感情で満ちている。
「与えられるだけの平和。そんなじゃ今までのあたしと変わらない。守られるだけの日々や待つだけの毎日。そんなの絶対に嫌だ!」
一呼吸置き、
「あたしのためにカルノやラヴェンダーが怪我するのだって嫌。ならあたしがあたしの為に自由を取り戻したいよ」
「・・・・・」「・・・・・・・」
二人が一瞬だけ呆気に取られ、続いて苦笑したのをシーラは見た。
「あんたの負けだ隊長」
「……ラヴェンダーだ」
訂正してから向き直って少女の頭をこづく。
「な、なによぉ」
「いいだろう。連れてってやる」
ただしボーヤは留守番と付け加えるのを忘れない。
「ボーヤじゃないカルノだ」
行ってベット脇に置いてあった己の拳銃をラヴェンダーに放る。
「使え。今の俺よりは役に立つ」
「私が銃嫌いと知っててやったのか?」
「社内じゃエレメントは使えないの知ってるだろ?」
言われて嫌々腰の後ろに拳銃を突っ込む。
「あれ? なんで使えないの?」
「使えないからだ」「説明になってない」
溜め息交じりのラヴェンダーに代わってカルノが口を開いた。
「簡単に説明すると、空気中に漂う因子・・・EAのための燃料を特殊な施設が吸収処理を施しているから使えないってところか」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
「わかってないだろ、お前」
「わかるはずないだろ小娘」
普段から頭よりも行動という性格柄この手の説明は理解する事を脳が放棄している様だ。仕方なく「使えない」という事実だけ頭に叩き込んでおく。
「どーでもいいけど、二人ともお前や小娘じゃなくていい加減名前で呼んでよ」
カルノに関しては一年ほど付き合いがあるのにいまだ「お前」「おい」ばかり。一応恋という感情を抱く複雑な年頃の乙女の心中には複雑であった。
「まっ、話しもまとまったし、私達は出発するか」
「えっ、もう?」
「こういうのは早く済ませるに限る」
カルノが目を覚ましてからたいした時間が経過したわけでもないのにと口を開きかけたが、無駄ということを悟る。短い付き合いというものの性格の大半を理解している故にだ。
『猪女って奴ね』
「超突猛進だ」
心を直接見たかのような物言いにシーラが驚く。
『似た物同士って奴か』
聞かれたら生死に関わるので決して口には出さないが。
「なんか失礼な事を考えてるみたいだが」
吊り気味の目を半月上にした彼女に対し、目を伏せ首を振る。
「・・・じゃあ私達は行くが、お前は大人しくしてろよ」
「ああ」
とその時、シーラが彼に向き直り、
「あ、あのねカルノ・・・」
「どうした?」
「い、言っておきたい事があるんだよね」
そう言いながらも指先をモジモジさせながら口を開きかけてから閉じる。
「・・・なんだ?」
「だから、その・・・あたしは、前から言いたかったんだけど、ひょっとしたら・・ええと」
見下ろしていながらも、なぜか上目遣いの瞳は潤み、頬は上気していた。
「あ、あたし、戻ってこれないかもしれないから・・・」
「なら、言うな」
「え?」
最近気付いた事だが、無表情に見えるカルノも無表情ながら感情を宿しているのだ。そして、今のそれは・・・怒り。
「戻ってこれないなら言うな。これから死ぬ人間の言葉なんて聞くつもりはない」
「あっ・・・」
「映画やドラマなら美談の一つかもしれないが俺はゴメンだ。言いたい事があるなら終わってから言え」
暗に死ぬなと言っているのだ。その気遣いに気付いて胸の奥が熱くなるのを自覚した。
「カ、カルノ! あたし・・あたし死なないよ。だから、その時言うね。あたしがカルノの事・・・」
「行くぞ小娘。だらだらやってる暇はないぞ」
そして、長身の美女は何か言いたげな少女の襟首を掴んで出口に向かって歩き出す。
「あたし、カルノもラヴェンダーも大好きだから・・・戻ってきたら言うね!」
「さぁ、いくぞ」
二人の様子にいいコンビだと笑って、
「二人とも無事でな」
ベットの上の青年はおざなり程度に手を上げて、
「いってらっしゃい」
「ああ」「いってきます!」
ここで別れた。
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