第19話

 カルノたちを置き去りに、私は悪路を疾走している。幸い・・・といっていいだろう。辺りに敵の気配はない。私にはもどかしい以外のなにものでもないが幸いだ。

 しかし、それも今だけの事で、もうしばらくすれば追撃部隊と遭遇できるに違いない。指揮系統がおざなりのせいで捜索精度が低いのは、私にとって災いだが。

 早く奴等を打ち滅ぼしたい。復讐の牙を突き立てたい。今まで鎖に繋がれていた分の鬱憤を晴らしたい。全身を駆け巡る血潮が憎悪の対象を求めて沸騰する!

「いたか?」

 民家らしき建造物の向こうで呟きが聞こえた。

 バカか? 口頭による確認なんぞ戦場では役に立たない。ましてや相手はこの私、物音一つが命取りになる事を灰になることで教えてやる!

「燃え尽きろ!」

 補助脳による条件設定やサブウインドゥの表示など必要ない。己の意思で力を振るう。

 閃光。続いて音を越えた衝撃が目の前で荒れ狂う。火柱が立ち余波の熱風は一帯のガレキを薙ぎ倒す。

「この私を敵に回したことを後悔しろ」

 景色が一変していた。あれほど密集していた廃墟群はもろとも消失し、紅の輝きを伴う灼熱の湖が地獄絵図の景色を一際引き立てていた。

 沸騰する地面の向こうは陽炎で満ちている。足を踏み入れればただでは済むまい。ただし、

「私には関係無い」

 意識せずとも熱量操作で己の周りをコーティング。おかげで煮沸する大地に膝まで沈んでも火傷一つ負わずに済む。

 そして、熱の海の対岸に辿り着き、不用意に集まっていた集団と対峙する。

「お前らの大好きなマニュアルにはこんな状況など書いてないだろう?」

「い、いたぞ!」「う、撃て!」「化物・・・」

 か弱い女に無数の銃口を向けるとは紳士とはいえない。もっとも私も淑女ではないのだけどね。

「ウォンに組みした事を最大の過ちと知れ」

 銃声が鳴り響き鉛の銃弾が私に迫るが、腕の一振るいで全て気化する。

「滅べ。そして、地獄で悔やめ!」

 叫ぶ。同時に、最大の破壊力が指向性を持たずに放たれる。刹那の瞬きで人は灰になって建築物は蒸発する。

「何もかも消え失せろぉぉぉーーーー!」

 そして、全てが破滅した。


「カルノっ!」

 叫んだ時には全てが手遅れだった。突き飛ばされる衝撃を胸に受け、遠退いていく視界の中で血飛沫が舞い、カルノの身体がコマのように回った。


 目の前の光景がスローモーションに変わっていく。


 無数の銃弾がカルノの身体に突き刺さり、今度は血飛沫の変わりに火花が散る。そして、その火花に照らされ鮮血に染まったカルノの横顔が浮かび上がる。

『・・・・・』

 何もかもを透徹したかのような投げやりな双眸。だけど、その一対の瞳は、弾丸の衝撃に踊りながらも何かを捉えている。それに合わせて右手が連動して動き、

 閃光。閃光。閃光。閃光。

 音は聞こえない。動きだけが理解できた。

 片手だけで照準した銃口から四つの弾丸を吐き出して、それらはT字路の向こうで大きな銃を持ち構える人たちに炸裂し・・・あれ? 何でアタシは壁の向こうが見えるの? 何で見えないはずの銃弾の軌跡が見えるの? なんで人の頭が弾け・・・

「ああぁぁああぁぁぁぁーーー!」

 私の中で何かが切れた。


 赤黒い脳片と脳漿を散らして空洞になった頭蓋。腕を付け根からもぎ取られた歪な人形。左胸が弾けて心臓が肉隗に変わった巨漢。だが、一人だけ外してしまった。

 ・・・正確に言うなら外された……だが。

 殺意を銃弾に込めて銃口を持ち上げ、

 銃声。

 着弾の衝撃に視界が空へ移った。

 撃たれたのは俺の方だ。態勢が崩れて最悪の状態。・・・終りか?

「ああぁぁああぁぁぁぁーーー!」

 蘇った視界に映るのは咆哮する小柄な少女が残った一人に襲い掛かる瞬間だった。

 構えられた重機関銃が火を吹きあいつの身体が穴だらけに・・・

 EAの発動感知 情報測定不可

 構築された補助脳が軋むような悲鳴を上げた。そして、見た。

「うわぁぁあぁぁぁーーー!」

 あいつの眼前に空気の渦が巻き起こり、亜音速の弾丸を無理矢理あさっての方向へ弾き飛ばす。

 続いて熱く焼けた銃身を握り込んだかと思えば、木の枝を折るようにへし折ってしまう。

「なっ!」

 巨漢の動揺も当然だ。俺も驚いているのだから。

「早ク逃ゲテ、アタシニ殺サレル前ニ」

 そう言いながらも拳を振り上げる。小刻みに震える小さな拳は鋼鉄の銃身をへし折るパワーを秘めているのだ。そんなので殴られたりするば人など容易く肉隗に代わる。

 そして、あいつの行動が停滞している間に巨漢の兵士は平静を取り戻し手榴弾のピンを抜くのが視界の端に映った。

「させるか」

 いつの間にやら仰向けで倒れていた俺は、全身のばねを使って飛び起きると同時にダッシュをかけた。

「カルノ?」

 元々間合いは離れていない。勢いを乗せたままの膝蹴りで男の顎を打ち抜くと、意識を失った手からこぼれた手榴弾を拾い、壁の向こうへ投擲する。

 そして、轟音。身体が浮き上がるような衝撃の中で、この現象が投擲した手榴弾のものではありえないと推測する。証拠に数ブロックか先の空で火柱が上がっていた。どこか納得しながらも閃光と衝撃が乱舞し一瞬だけ目の前が漆黒で染まる。だが、その前に横に立っていた小柄な影を抱え込む事には成功していた。そして、俺は意識を失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る