第16話
煮え立った地面も時間が経つに連れて冷えていく。大気の温度も人間が呼吸できる状態まで下がった頃、荒野と化したキンダーガーデンにいくつもの黒い影が現れた。
空には四方からローター音。
地の八方向からエンジン音。
遠距離ミサイルと魔女のEAの影響がなくなったのを見計らって制圧要員が侵攻してきたのだ。数少ない生き残りを殲滅するために。
そして、彼らは無残に崩れた外壁の隙間を縫って、造形の半ばを崩した管制塔を囲む。 それから軍用の装甲車はドアを開けて、四人ずつの武装兵が降りてきた。
誰しもが濃い緑の迷彩服で身を包み、個性を隠す対BC兵器用マスクを装着している。唯一の違いを感じさせるのは鉄兜からはみ出る頭髪の色だけ。そんな彼らが手にするのはグレネードランチャーと自動小銃を組み合わせた特殊タイプの軍用銃。鎮圧ではなく制圧のための兵器。
の銃口が廃墟の奥に向けられた。誰も生き残っていないのは理解している。それでも彼らが銃を持つのは、誰も生き残れない状況でも生き残れる常識の外を歩く者がいることを理解しているからだ。
その銃を持つ者達の一分隊の中で。
『こちらアルファ1から各アルファへ』
耳元に装着した無線機が、雑音混じりに声を通す。
『状況を確認し、各自報告せよ』
「こちら、アルファ5。見たところ異常なし。これからもう少し接近して様子を見ます。どうぞ」
『了解。気をつけろジュダル』
「どーも。通信終了(アウト)」
無線のスイッチを切ってから、グレネードのコッキングレバーを引いて安全装置を解除する。
「分隊長。アルファ1はこのままでいいと」
皆似たり寄ったりの体格の中でやや大柄で細身の青年が、先頭を歩く分隊長に顔を向ける。
「わかった。ではこのまま進む。各自用心しろ」
「了解」「了解」「りょーかい」
三人目の返事はジュダルと呼ばれた青年だ。やや軽い口調と鉄兜からはみ出る長めのブロンドが特徴的である。
「・・・ジュダル。任務中は真面目にしろ」
「あいあいさー」
分隊長の額に青筋が浮くが、それだけだった。結局四人は、そのまま歩を進めると管制塔のありさまを改めて確認した。完全に崩れた出入り口に粉砕されたコンクリート。熱でひしゃげた鉄骨に、そこからはみ出る黒焦げの『手のようなもの』
そして『手のようなもの』はそれだけではなかった。
「ひどいもんだ」
黒煙の伸びるコンクリートの隙間から這い出すような姿勢で生焼け状態にされた女性の上半身。爆発の衝撃でバラバラになった四肢。助けを求めるように手に伸ばされた腕の数々。血が流れていない分余計に生々しい。
マスクを外せば、さぞこうばしい香りがするだろう。口の中で毒づきながら、ジュダルは視線を移して行った。
『どーゆー神経してんだよ。仮にも仲間の施設に爆撃ぶち込んで皆殺しにしろなんて正気じゃないぞ』
彼の名前は、ジュダル・ミューダース。バートン軍事部門に所属する戦闘技能者である。年齢ゆえに階級は低いが、その実力はアルファと呼ばれる特殊部隊の中でも指折りの青年であった。
バートン十三支社の抱えるαからΣまでの特殊部隊の中でもアルファは、エレメントをよういずにエレメンターを狩る極めて異色の部隊である。別名仲間殺しとも呼ばれている。
「誰も生き残っていないのでは?」
ジュダルの隣にいた男が不安そうな疑問を呟く。
「ハシム。お前も元エレメンターならわかるはずだ。常識の外を闊歩する化物はこんな状態でも生き残る事がある」
この部隊の最大の特徴は、部隊員の全てが、元エレメンターないしエレメンター希望者で構成されている所にある。それだけに連帯意識は高いし、対エレメンター戦闘に長けている。
彼らが元エレメンターにもかかわらず、エレメントを携帯しないのは、エレメント使用時のブリットの服用による弊害を無くすためであり、例えエレメントがなくとも「俺たちはいつでもお前達を殺す事ができるぞ」というポーズのためである。
エリート意識に凝り固まったエレメンター達が彼らだけで結束し、余計な波風を立てないようにするための部隊。それが彼らだ。
「・・・分隊長どの!」
「どうしたジェラ?」
四人目の青年が、銃口で指す。丁度外壁が倒壊し、瓦礫の山となった部位である。
「そこで何かが動いたような・・・」
言葉と同時に全員が頷きあい、分隊長のテ信号に従って展開していく。ハシムとジェラは瓦礫の山を左右に回り、続く分隊長は正面へ前進。ジュダルはその援護だ。
「こちらアルファ5からアルファ1へ」
無線の電源を入れてできるだけ小声で声を飛ばす。
『・・・・・・』
しかし、返って来るのは雑音と沈黙だけであった。
「アルファ1? こちらアルファ5」
『・・・・・・・・・・・・・・・』
やはり沈黙。何事かと上空に待機しているはずのヘリを見上げ、愕然とした。
「なっ!」
隊長機を含めた四台のヘリ。それらが全て消失していた。無論、聞こえるはずのローター音も消えている。
「分隊長っ!」
ジュダルは咄嗟に叫んでいた。
刹那、分隊長の目の前にあった瓦礫の山が、前触れもなく吹き飛んだ。そう空に向かって。
大型の台風でもなければ起こりえない現象だ。そして、一番ガレキの近くに立っていた分隊長が風の渦に巻き込まれた。
「ジュダル下が・・・!」
手が取られた屈強な体が浮き上がった。そう思った瞬間、分隊長の体中が在りえない方向へと折れ曲がり、骨の突き出す関節部から飛び散る鮮血が血煙となって渦を染める。
「ハシム! ジェラ!」
同僚の名を叫び、視線を周囲へ飛ばす。
「こちらアルファ5。誰でもいい応答してくれ!」
変わる事のないノイズに混じって、微かに声が聞こえた気がした。
「誰だ? 返事をしてくれ!」
『・・・だ。・・から・・・・・』
「聞こえない。はっきり言ってくれ!」
『ウォ・・・れか・・・誰か・・・・・・・助け・・うわぁぁーーー・・・っ!』
ブツン……とノイズが途切れる。
「くそっ、何が起こってやがる!」
毒づくジュダルの視界に、見慣れた姿が映り吐息をつく。
「ハシムは?」
同僚に問いに彼は首を振る。そして、それが同僚の取った最後の行動であった。
「っ!」
いつの間にやら収まった竜巻の向こうに白い影がかすめた瞬間、ジュダルはその場を飛んでいた。理由はない。しかし、そうしなければならないという思いだけが在った。
結果、それが彼の命を救った。
白い影が口元に弧を浮かべる。
シュッ
そんな音だ。
そんな音が目の前の同僚を通過し、
「ハシム?」
別れた。左右へ。
二つに。
「・・・・・。」
何が起こったのか理解できない。理解は出来ないが結果だけが残る。証拠に、スイッチを入れっぱなしにしてあった無線機からは、
『諦めろ!』『助けて、タスっ』『ああぁぁあーー!』『何も見えない、どこから・・』『ひっ! バケモ…』『殺して・・殺してやる!』
「わけわかんねぇよ!」
無線機を地面に叩きつけ砕けた破片を踏みにじる。それからようやく小銃を構え直して、先程見えた白い影へと銃口を向け………
「戦闘中に対象から目を逸らしてはいけない。それが安易な結末と死に繋がる事を忘れてはならない」
眼前に立つ鋭利な顔立ちの白衣の男。口元に笑みを浮かべながら、やや上目遣いで自分を見上げている。
脳裏に浮んだのは彼がここにいる筈がないという思いと、なぜこんなマネをしたのかという疑問だった。
「ウォン・クーフーリン!」
「ジュダル助け・・・」
返答したのは白の男ではなく、彼の傍らで膝をつく男だった。彼はウォンの細く長い指に首を掴まれ為すがままにされていた。
「ジェラ!」
バックステップで距離を取って銃口を胸に合わせてポイント射撃。銃声は三回。防弾チョッキすら貫く鉄鋼弾は三つの軌跡を描きながらウォンに迫り、
「無駄だよ」
刹那の火花を散らして消し飛んだ。
同時に確信する。敵は複数いるのではなく彼一人。しかも、エレメンター。
『しかも、ヘリ四機を誰にも気付かせずに消し去って、前動作なしに撃った音速の銃弾を防ぐような化物かよ!』
「素晴らしい反応速度だ」
「対エレメンターの部隊だからな。それより俺の仲間を離せ!」
この場合優先されるのは自分の雇い主ではなく、目の前の友人の命だ。対エレメンター用の戦闘プログラムを脳裏に浮かべる。
「その割りに彼も他もたいした手応えもなかった。仕方ないといえば仕方のない事だがね」
言い終えるなりウォンは掴んだままにしていた男の身体を宙に向かって放り投げた。細い身体に似合わぬ荒業であった。
「ジェラ!」
「もっとも」
男は悲鳴を上げながら落下し始める。
「多に強を求めるのは酷な事か」
その彼を無数の槍が貫いた。
土色の茎に咲く肉の花。紅の飛沫が舞う。
『大地の分子変換。EA『地槍』発現』
「うぉぉおぉーーーー!」
小銃の引き金を引き絞りながら、グレネードのトリガーを連射。毎分五百発の連射式榴弾が咆哮する。
目の前が閃光と爆音に包まれ、それに負けじとジュダルも叫んだ。作戦もプログラムも関係なく、ただ激情だけが荒れ狂う。
そこに、シュッと大気を裂く異音を感じた瞬間、身を捻って宙へ投げ出す。途端、強化チタン製の銃身は二つに分かれて鉄くずに変わった。
ならばと腰のホルスターに下げてあった拳銃を抜き取り、ハンマーを上げてスライド操作、安全装置の解除を一挙動で行い炎の向こうに連続して発砲。
銃声。銃声。銃声。
込めているのは炸裂鉄鋼弾と殺意。銃弾は爆音を鳴らして命中を主張する。
「いい腕だ。怯惰(きょうだ)もなしというのが良い」
爆発による粉塵と硝煙の切れ間から腕が伸びる。同時に地面から幾本もの槍が突き出し、跳ねていたジュダルの足を掠める。
「しかも、激昂していながらも冷静さを失っていないか」
何もかもを両断する不可視の一撃も巻き上がる粉塵のお陰で軌跡が読め、首を狙ったそれは鋼鉄製のヘルメットを弾き飛ばすだけに終わる。
そして、粉塵の切れ間に向かって銃弾を全て叩き込む。響く爆音は命中を意味していた。しかし、声は後ろから聞こえた。
「彼といい君といい、なぜ君たちのような者たちが大衆に埋まるのか理解できないな」
ほとんど瞬間移動のような移動方も、今のジュダルにとってたいした問題ではなかった。
自分が憧憬と畏怖を覚えたあの女性も、常識を無視して結果を出す人間だったからだ。だからこそ、対応する事が出来る。
左手首を捻り、同時に小型の銃が握られる。
それを脇から後方へ向けて迷わず発砲。間違いなく不意をついたはずだ。しかし、彼は止まらない。体勢を低くし振り返り、流れる動作でナイフを引き抜く。その頭上を何かが掠めたようだが気にはしない。
嫌になるくらいの純白のスーツ。それ目掛けて銀の刃を走らせ、肉を裂くのとは別の異様な感触。違和感といって良いだろう。
「惜しかったね」
頭蓋を貫く衝撃。気がついた時には仰向けになりながら地面に叩きつけられていた。
「・・・なぜ・だ?」
倒れてから疑問が蘇る。声が震えるのは肺が痙攣しているからであろう。
「なぜ? 理由が必要かな?」
「何で・・俺たち・・・が殺されなきゃならねぇ!」
自分を覗き込む白衣の男も、太陽の逆光と揺れた脳があいまって歪んだ何かに変わってしまっていた。
「殺してやる! 何があってもお前だけは殺してやる!」
「これで君も理由はいらなくなった。必要なのは結果だ。君は君なりに私を求めたまえ」
と一息つく。
「晴れて君も、マッドティーパーティーの一員だ。待っているよ。いつまでも、いつまでも」
言って、白衣の殺戮者は悠然と去っていった。
「・・・・・」
荒野と化した大地に倒れたまま生暖かい風が吹き抜けていくのを全身で感じる。しばしの時を置き、朱でぬかるんだ地面を握り締め、顔を覆うマスクを剥ぎ取った。
周囲一帯に漂う血生臭い匂いと人の肉が焼ける悪臭が鼻をつき、たまらず彼は嘔吐した。
しかし、それでも天を見据えながらジュダルは大きく息を吸った。この死の香りを忘れないために。そして、味あわせてやるために。
「・・・・・・・・・っ」
大きく息を吸い、そして、弾けた。
「ウォン・クゥーフゥーリィィーーーン!」
咆哮が聞こえた。
ウォンは離れたどこかで苦笑する。
「さて、一時の逃亡のための露払いはここまでだ。後は、君達自身の手でこれからを切り開いていくべきだ。だから私は静観しよう。待っているよ、アンティークと・・・私と同種の獣たちよ」
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