第17話

「今日はここで休むとしよう」

 長々と続いた非常脱出路を抜けて、地上との再会を果たした三人は、ろくに休まず歩き続けた。元々、ここ一帯は旧世代の戦闘による被害が激しく、環境維持エレメントもろくに機能させていないため、見渡す限りの地平線には草木もろくに生えていない。砂漠化していないのが唯一の救いだが、ただそれだけの違いだ。

「明日の夕方には街の方に辿り着けるな」

 そして、それでも歩き続けた三人が休憩場所としたのはバンパイアゲームの名残を思わせる廃墟の群だった。

 弾痕を残し砕けた柱、黒くすすけ倒壊した家屋。どこを見ても残る破壊の残滓に、シーラは胸の奥が重くなるのを自覚した。

『私達が世界をこんなに・・・』「あれ?」

 無論、廃墟の群といっても比較的被害の少ない建築物も残っていた。ラヴェンダーたちが選んだのもそれらの内の一つである。

『あれ? ここが壊されたの五十年以上前なのに・・・』

「どうした?」

 おかしな思考に陥りそうになった時、カルノが自分を覗き込んでいることに気付き、慌てて首を振って後退る。

 すると、彼はそうかといってイス代わりのガレキに腰を下ろす。

『ちょっと勿体無かった・・・かな?』

 何がと聞かれたら答えようもないが。

「そういえば、火傷大丈夫なの?」

 言われて初めて思い出したように、カルノは炭化したジャケットの左袖に視線を落とす。

「・・・・・。」

 手で軽く触れてみる。

 ・・・痛みはなかった。変わりに脱皮する蛇の抜け殻のように、ジャケットの袖がそのまま崩れて落ちた。

「………無事みたいだ」

 傷一つ無いつるりとした皮膚。グローブも焼け落ちたはずなのに傷一つない肌。高熱に炙られたはずの背中も同様だろう。

『与えられただけの忌むべき力だってのに………たいした皮肉だ』

 呪われた身体。苦笑が口元に浮ぶ。

「えっ? でも、あの時・・・」

「一応エレメントで中和していたからな。たいしたことじゃないから気にするな」

 説明する気もないし、説明するのも面倒臭い。だから、ごまかしを選んだ。

「カルノ、腹が減った。準備してくれ」

 いつも通りの口調にいつも通りの要求。だが、わざとそんな態度を取っているのが嫌でもわかった。彼女は魔女であっても化け物ではない。心の痛みは存在する。だからこそ、口を挟まず食事の準備を開始する。

 自分も心の迷いを持たずに済むのだから。


 この場合必要なのは度胸だった。無論、理解も必要としない。結果は目の前だけにある。

 だから、というわけでもないが、シーラは胸の前で手を組み息を飲んだ。

「・・・・・っ」

 ドロドロと・・・そんな表現しか持ちようのない「何か」は固形燃料の火に炙られ、ことこと音を立てている。

「・・・・・・・・・・・っ」

 繰り替えすが必要なのは勇気と度胸。白い湯気に混じる異臭は少なくとも毒ガスではなかった。いっそ、毒ガスの方が救われるかも知れないが。

「使え」

 目の前に差し出される銀の凶器。三又に別れたそれは、妖しい輝きを持って、自分の胸に突き出されている。

「・・・ありがと」

 いつまでもそのままでいるわけにもいかず、仕方なく受取ってしまう。続けて、

「食え」

 簡潔な言葉と共に差し出されたのは耐熱プラスチックの収納カップにはめ込まれた「何か」であった。

「なっ!」

 目の前で見ると、改めて凄まじい破壊力(・・・)だった。

 聞いた話しでは、主成分は主に炭水化物とタンパク質。その他必要最低限の各種ビタミン、繊維質等も含まれているらしい。健康的な食事万歳!

 と彼女も言い切れないのは、茶褐色の流動体の中蠢く灰色のヌードル。なぜ灰色なのだろう? そんな問いは置き去りに緑色の肉片らしき物が浮んで沈んだ瞬間、薔薇色の人生はどこに行ったのと空に向かい絶望色で問いかける。まあ、屋内だが。

「ほら、ラヴェンダーも」

 彼女の右斜め向かい。一際大きなガレキに寝そべる黒髪の美女が、同じような物体を面倒臭げに受取る。

「・・・・・・・これか?」

 嫌そうな顔を隠そうともせず、遅れてフォークも受取った。

「これしかない、我慢してくれ」

 一方左斜め向かいの青年は、淡々と言いつつ自分の分も手に取った。

「・・・・・」「・・・・・・・」「・・・」

 沈黙が辺りを支配する。

「誰か先に食べたらどうだい?」

「隊長が先に食べたらどうだ? 言い出したのはそっちだろ」

「まあまあ」

 それでも三人は手付かずの料理らしきものを持って停止している。

「・・・仕方ない。せーので一斉に食べる」

「わかった」「うん」

 三人は同時に頷いた。

「せーのっ!」


『誰か近づいてきてるぞ』

『左右から時間差でか?』

 焚き火により調達した木炭を使用し石畳で会話しながら二人は頷きあう。

「・・・ぁぁあぁ」

 三人目の少女は喉を押さえながら床で喘いでいる。軍用ツナヌードルの破壊力の結果だった。下手な毒よりも効果がある事が実証された瞬間である。

『建築物郡を盾に北に移動しよう』

『西を潰して迂回すれば、バートン社の軍事施設を避けれないか?』

 二人が文字による会話を続けているのは隠密のためでなく、単純にシーラと同じ症状なだけだ。シーラほどではないが、喉の奥にゼラチン質の何かが張り付いているような不快感が口を開くのも億劫(おっくう)にさせているのだ。

『いや、軍事部門の連中も潰しておく』

『わかった』

 カルノは納得いかなげだったが、仕方なく頷いた。ここで無理に他ルートを推せば『なら二人だけで行けばいい』と言われるだけということを長い付き合いから知っていたからだ。

「・・・おい、移、動する・・ぞ」

 声と喉に違和感がある。久々の軍用食はなかなかのインパクトだった。

「・・・あい」

 ゆっくりと身を起こすシーラ。心なしか憔悴しているようにも見える。自分と彼女の違いは、慣れているか慣れていないかの違いであった。もっとも、慣れたくない慣れである。

「あー、喉が痛い」

 そう言いつつも視線は鋭さを増し、全身で辺りの気配を窺っている。

「カルノ、索敵はお前の方が得意だろう? 一応確認してくれ」

「了解」と言って残り少なくなってきたブリットを口に放り噛み砕く。苦味とかすかな甘味を含むどろりとした液体が喉を通して感じられる。

 途端、目の前が歪んだ。

「かっ!」

 喉にこみ上げる異物感を堪えながら、口の中に残った破片だけを吐き出す。変わりに手を通して飲み込まれたのは血色の結晶。


『エレメントの接続確認 戦闘用起動』


 脳の奥からノイズが走り、視界の色まで変わっていく。形成された補助脳は五感以上の情報を処理し、一瞬気が遠くなったところでギリギリ意識を繋ぎとめる。

『設定変更 遠距離策敵型回路作成』

 次第に暴走していく思考の渦。ラヴェンダーならば、この暴走していく世界に自ら飛び込んでいくのだろうが、暴走した世界を制御できるほど卓越した技量は持っていない。

 だから、俺は………

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