第15話
『………エレメント戦闘用起動。出力最大。檻の指定範囲は最大。意識レベルは興奮状態を維持』
バカ弟子だったら意識レベルを平静の状態にまで戻すのだろうが、私はそんな生ぬるいことはしない。荒れ狂う戦闘本能に任せるまま力を振るう。そうすることによって下垂体の補助脳が暴走状体で、大気に含まれる因子を過剰に拾い上げ、檻の限定範囲を広げてくれる。無論、補助脳の稼働率が高ければ高いほど破壊力は増してくれる。つまり私は、最大限の距離で最大の破壊力を行使できる。
現代の魔女はほうきに乗らない。与えるのはカボチャの馬車ではなく破滅と破壊。
そんな私に襲い掛かる紅蓮の炎。
「はっ!」
鼻で笑ってやる。
紅蓮の魔女を炎で屠ろうというのか? いいだろう、何もかもを焼き尽くしてやる!
『前方から熱波。摂氏四千度。解除条件・・・』
補助脳の警告を聞く暇もなく襲い掛かる炎の波。咄嗟にシーラを抱え込むと、咆哮と共に相殺のためのEAを最大出力で展開。
だが、それでも力不足だった。左手のグローブが燃え上がり、続いて左腕自身が燃え上がる。
「ぐっ!」
苦痛のうめき。抱え込んだ少女を守るため炎に向かって背を向ける。すると今度は背が炎に舐められ気が遠くなるほどの痛みに襲われた。
だが、それに耐えるのも少しの間でいい。それを分かっているからこそカルノは耐える。
実際、それは証明された。
「・・・遅いんだよ」
そう、炎が急速に収束していったのだ、一点に向かって。それは、どう考えても自然鎮火の勢いではない。人為に操作された非科学的な科学。たった一人のエレメンターによって行なわれた現実である。
こんな真似ができるのは化物と呼ばれるエレメンターに「魔女」と呼ばれる人の形をした化物。
「ラヴェンダー・C・マクミトン。紅蓮の魔女と呼ばれる化物か」
自分の周囲と限定した条件でもこのありさまなのに、全方位に対してこんな真似のできる化物に、カルノは改めて畏怖を覚える。
「なら、お前は化物予備軍だ」
「確かに」
遠くからの声に肩をすくめようとしたが、痛みで顔が引きつった。
「・・・どういうことだ?」
煮立った地面を平然と歩きながら魔女はカルノに問う。
「俺だってわかるはずがない。だけどあんたもわかっているんだろ?」
歩み寄った彼女と向かい合ったところで矛盾した答え。ラヴェンダーは苦々しげに頷く。
「バートン・・・と言いたいんだろ?」
「こんな真似をするのは連中くらいさ」
炎の消えたグラウンドを一瞥するなり、彼女は小さく頷いた。そして、カルノに抱かれたままだった少女に目を移し、
「・・・こいつ、人が生きたまま灰にされるのを見てしまったんだ」
思い出したように視線を下げると、カルノの胸にしがみつく小柄な影がびくりと震えた。
その少女をなだめるように頭を撫でてやってから、カルノはラヴェンダーと頷きあい、視線を上空へと向けやった。
『限定範囲再設定。最小限から最大へ』
『攻撃型EAの並列処理。出力最大へ』
同時展開されるエレメントのEAは、二条の閃光となって天空に伸びる。その目指す先は一台の戦闘ヘリ。
そして、閃光は黒い点に届くなり、
破裂した。
残骸が降り注ぐこともない。あまりの熱量に、鋼鉄すらも瞬時に蒸発したのだ。カルノではここまでの炎撃は放てない。ひとえに魔女の助力ゆえだ。
「一応、カタキをとったことになるのかな?」
自嘲するような表情でラヴェンダーが呟く。
混乱ゆえだろう。一瞬にして何もかもを失ったがゆえに感情の方が追いつかないのだ。
実感が持てないのはカルノも同じだが、その点、人の生死というものを初めて体験したシーラの反応は過剰なまでに拒否と恐怖を孕んでいた。
誰しもが言葉を失った。そんな時、四人目の声が背後から上がった。
「残念ながら、君の概念で言うカタキというのは生き残ってしまったようだ」
聞き覚えのない声。そして、聞き覚えがないからこそ、ラヴェンダーは振り返りざまに炎を放っていた。
紅蓮の衣が視界の端に映る白い何かを包み、
「いい判断だ」
砕かれた。
遅れて振り返るカルノの視界に映るのは、白の衣装に身を包む二十代後半辺りの男。
細身の長背に長い髪を後ろでまとめた銀縁のメガネをつけた彫りの深い精悍な顔立ち。
公式では知りえることの出来ない姿だからこそ、カルノは知っていた。
ウォン・クーフーリン。
妖精の騎士の字(あざな)を持つ、最年少の神民であり、最凶のエレメンターである。
「いきなりラスボスの登場かよ」
興奮か、それとも歓喜か? カルノの唇が震える。
「理由の是非も、何かもも問わない」
今度口を開いたのはラヴェンダーだった。
「灰も残さず空気となれっ!」
轟音。
熱量の限界を無視した一撃が、眼前の青年に向けて放たれる。
炎を越えプラズマ化した閃光が眼前の何もかもを蒸発させる。
プラズマ炎の余波を予想し防御壁を構築しようとしたものの、炎の余剰波は、ラヴェンダーが無理矢理押さえ込む。
エレメンターですら常識外の離れ業である。
燃え上がるはずのない大地が燃え上がり、瞬時に煮沸し蒸発した。
これならば、どんな生物であれ生きる術はない・・・筈だった。
「・・・素晴らしい力だ。スプリガンと呼ばれる人外の存在に匹敵するのではないか?」
広範囲に煮沸する地面の中心で白衣の青年が手を叩いて笑う。
「それと、となりの君」
白衣・・・ウォン・クーフーリンがカルノに視線を向ける。
「力の扱い方はまだまだだが、反応は素晴らしい。名は・・・」
「カルノ・セパイド知ってはいると思うが、元エレメンターだ」
声だけは平静を保てつつも、実際は全身を冷たい汗で湿らせている。なにせ、ラヴェンダーの全力を防いだ男だ。それだけで自分の成そうとしていた事が絶望的に思えてくる。
自分は最低限の一流。それくらいのことは知っている。だが、超一流であるラヴェンダーがしとめる事が出来ないという時点でカルノにとっては絶望的だ。
『どうしようと敵わない』
それが現実である。だが、カルノがそうであっても、ラヴェンダーは止まらない。
「一体、何のつもりで私の部下を殺した?!」
女戦士の咆哮にウォンは肩をすくめて応じる。
「ラヴェンダー・C・マクミトンがキンダーガーデン全勢力を持って、シーラ・ディファインスの隠蔽を行っているという密告を受けてね。残念ながらバートン社の反乱分子として始末させてもらった」
「ふざけるな! そんな事実はどこにもないっ!」
激昂する彼女の周りで炎が巻き上がる。
「・・・と、まあ、それが表向きの理由だ」
「裏でもあるというのか?」
言ったのはカルノだ。
「ゲームには敵が必要だ。それも、飛び切りに強力な敵がね」
言って彼は笑った。
「理由があれば君たちは私に対して、完全なる敵対をせねばならない」
そう言う彼は、愉快そうに口元を押さえた。
「そんな・・・そんなことのために、あの人たちを殺したって言うの!」
今度叫んだのは涙を浮かべるシーラだった。口元は小さく引き締まり、震えるのは相変わらずだが、その瞳には力が戻っていた。
「何で・・・何のために人を殺すの? 欲しいのはあたしなんでしょ!」
「言ったろう。敵の為だ。君たちが私の敵になってもらうためだ」
狂ってる。シーラは口の中だけで呟いた。
「君達にはそれぞれ理由が出来た。一人は少女を守るために戦う者。一人は未来を取り戻すための者。一人は部下の無念を晴らす者」
ウォンは求めるように両手を広げた。
「少女を守る者は隠した理由があるようだが、それでも歩は止めまい。だから、君達三人は等しく私にとっての敵となる」
「生まれて死ぬまでお前は敵だ」
少女を守る者・・・カルノは射るような視線を向けつつ、隠し持っていた拳銃をウォンに向ける。
「そんなものは利かない」
「知っているからこそだ」
明確な敵対表現。カルノが笑った。
「ウォン・クーフーリン。貴様を殺す」
銃声。
「隊長!」
「隊長じゃないといってるだろ!」
二条の閃光。
それが起こすのは消滅と爆発。
胸の中のシーラを背後にやって、二度目の炎を叩き込む。
だが、
「それでは私は殺せない」
頭の芯から激情に染まった。
『死ね』
ラヴェンダーと声が重なった。
限界を超えたEAが目の前で荒れ狂う。
それでも、
「惜しいな」
烈風が炎を蹴散らした。
「バカな」
「とでも言って驚愕すればゲームの一章だ」
師弟は言って笑う。背中には冷たい汗を流しているのを隠して。
銃声。銃声。銃声。
続いて純白のプラズマ。
「無駄だよ」
それらすらも、方向を逸らされ他を砕く。
それゆえにラヴェンダーは笑みを浮かべた。
「上等! 手加減はなしだ!」
瞬間、視界が純白で染まる。
周囲に散らばる全ての因子を使った、戦略級の最大出力。
刹那の瞬きで全てを灰燼に還す炎による閃光は生存者を残す建築物を除いた全てを焼失させた。
限度を超えた灼熱は、大気中の酸素を焼き尽くし、わずかな間だが真空空間を作り出す。そして、それは無数の断絶現象を呼び対象を切り裂き呼吸器官を焼き尽くし引き裂く。つまり、二重三重の殺戮だ。
抗う術もなく、防ぐことのできない一方的な破壊。それなのに、
「すばらしい」
賞賛が返って来た。ご丁寧に手を叩いて。
「本当の化物か」
「心外な言葉をありがとう」
矛盾を秘めた男が言う。
「何で貴様は・・・」
ラヴェンダーが肩を落とし息をつく。
「切り札だったのだけどな」
「次に期待して欲しい」
風が熱波を吹き散らす。
だからこそ理解できた。
風を制御するエレメントのEAで真空状態を回避し熱量の制御を可能としたのだ。無論、生半可な技術ではない。と言っても、結局はエレメントの相性が焦点となるのだが。
「炎で風は殺せない。炎は風を呼び風が炎を消すからだ。もっとも、それだけでもないが」
科学的な理論は知識だけで知っている。しかし、受け入れることだけが出来ない。それでもラヴェンダーは炎を生んだ。
「すべて消えろぉぉぉー――!」
再び咲く純白の花。しかし、結果は変わらなかった。
「結果を出すのは今ではない」
真空が炎を切り裂いた。
「今だからこそ知っておくといい。君たちは生きているのではない。生かされているのだと」
静謐な声だけが流れる。
「勝手に決めるな俺はまだ戦える」
「私の限界を貴様程度が決めるな」
「これ以上誰も傷つけさせないよ」
異口同音の三つの声。だからこそウォンは笑った。
「君達を縛るものはない。今ここでは私は消えよう。だが、だからこそ、君達は縛られる。私という名の鎖に」
「虚言は聞き飽きた。死ね」
巻き上がる炎と共に、白の青年は消えた。
そして、三人は立ち尽くす。
一人は途方もない敵を手に入れた。
一人が途方もない罪を手に入れた。
一人も途方ない殺意を手に入れた。
そう、それだけの話。
所変わって三人が歩いているのは、極秘の非常脱出路。本来は非常灯がつくはずなのだが、カルノの頭上三十センチ上に配置された蛍光灯は目を閉じたまま。
「・・・・・。」
先頭からラヴェンダー、シーラ、カルノの順でマグライトを片手に進んでいく。
「・・・」「・・・・・・」「・・・・」
誰しもが言葉を発しない。コンクリートを叩く硬い足音だけが反響する。ただし、足音を鳴らすような真似をしているのはシーラだけで、他の二人は衣擦れの音すら残さない。
「・・・ラヴェンダー?」
「・・・・・・なんだ?」
なんとなく似た雰囲気の二人だな。そんな風に想いながらシーラは足音を立てる。
「これから、どうするつもりだ?」
「・・・・・っ」
カルノのセリフを機に前ぶりもなく立ち止まる。それにつられてシーラの足音も止む。
「わかってて聞いているのか貴様は?」
ボッと音を立てて、足元で炎が弾ける。
『ブリットを飲んでいないはずじゃ?』
「わからないから聞いてるんだよ」
内心の思いを別に聞き返す。
ドン!
低く重い轟音は足元を揺るがし、三人の身体を翻弄する。それから震動は緩やかに収まっていき、
「これで、生き残っていた管制塔の連中も全滅だ」
床に転がったライトが照らすのは、自虐的な笑みに顔を歪め、唇の端を噛み千切る凄惨なラヴェンダーの姿だった。
「そん・・な」
「つまり後ろからの追撃がないってことか」
背後を見据えながら持ったままにしていた拳銃をホルスターに戻し、膝をついたままのシーラに手を伸ばす。
「・・・あたし・・あたしは・・・・っ!」
「黙ってろ」
手を握り返す様子がないので、肘の辺りを掴んで無理矢理立ち上がらせる。怯えの差した双眸が見返してきた。その瞳は涙で濡れている。
「・・・行こう」
「・・・・・・」
促すカルノに言葉を返すわけでもなく、転がったままのライトを拾い上げて歩き出す。
「・・・・・・っ」
言葉はない。あるはずがなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます