第14話

「これでよかったの?」

 おずおずといった口調で問いかけたのは、いつもの無表情の奥にたぎらんばかりの怒りがあったように見えたからだ。

「仕方ない。当てが外れただけのことだ。この際俺一人でバートンないしウォン・クーフーリンを消す」

 やはりいつも通りの口調だが、それでも苛立っているように感じてしまうシーラだった。

「本当によかったの?」

 覗き込んで来るシーラを一瞥し、小さく鼻を鳴らす。

「彼女がああいうんだからどうしようもない。それなら離れるのがベストだ」

「そういうことじゃなくて、わざわざ危険を冒してまで来たのに、ちょっと話を聞いただけで出て行こうとするなんて……行き当たりばったり過ぎるよ」

 一拍おいてから、

「何から逃げようとしてるの? 何に怯えてるの?」

 刹那、カルノの視線が刃と化す。

「うっ!」

「わかったような口を利くな。お前に俺の何がわかる?」

 口調は穏やかなまま、シーラの胸倉を掴んで引き上げる。その息苦しさのあまり何度か咳き込んだところで、突き放すようにシーラを離す。普通なら、ここで引き下がるのが利口である。しかし、彼女は利口ではなかった。正確に言うなら小利口ではなかった。

「ふざけないでっ!」

 苦しげに喉を押さえたまま、苦鳴を絞るように叫ぶ。

「あたしを助けてくれるって言ったくせに、何から何まで隠して・・・その上何も言ってくれないのに『俺の何がわかる』よ!」

「・・・・・」

「本当は心細いんでしょ? だからここに着たんでしょ? 一人では抱えきれないからここを尋ねてきたんじゃないの? だけど、断られたからって一人で全てを抱え込もうとなんてしないでよ!」

 今まで押し殺していた思いは、その分激しく爆発した。目じりには薄く涙が浮び、過熱した感情は収まることを知らない。

「そりゃアタシは情けないほど役立たずだよ? だけど、ただ守ってもらうだけなんて嫌! それじゃあアタシの意味がない。カルノにとってアタシって何? なんなのよ?」

 セリフの後半は半ば涙声。小さく俯き肩を震わす。

「・・・別に」

 そんな彼女に答えるわけでもなく、銀髪の青年は背を向けた。そして、シーラを促すこともなく歩き出す。だが、言葉だけは残してくれた。答えではなく言葉を。

「お前は俺にとってキッカケみたいなモノさ。今のままだったら無益なまま、二度と道は交わらない。俺にとってのお前は(これから)とでも言っておく」

 シーラはハッとし顔を上げる。その表情は驚きと微かな喜びに染まっていた。

「ちょっと待ってよ!」

 小走りで彼の横に並ぶと、そこで唇を尖らせ横顔を見上げる。

「大体答えになってないよ。これからどうするかっていうのも、結局行き当たりばったりじゃない。それに何より、あたしの存在が無益ってどーゆー意味よ?」

「行き当たりばったりじゃない。状況に応じて臨機応変に対応しているんだ。それとその質問は、それこそ無益だ。今の時点じゃ失いこそすれ、何も得てないんだからな」

「・・・もうちょっと労わりという物を知れば、人間関係が円滑に進むと思うんだけどな」

 頬を引きつらせながら弱々しい口調である。一応自覚しているのだろう。

「これからに期待してくれ」

 出口に近づくにつれ、眩い太陽の輝きが強まっていく。

「今度はどこに行くの?」

「とりあえず車に戻ってエンジンをかけてから考える」

「いや、だからそれこそ・・・」

 行き当たりばったり……と言いかけたところ、カルノがそれを手で制す。

「・・・・・。」

 耳を澄ますにつれて瞳も鋭さを伴っていく。

 そして、何らかの確信を抱いたのだろう、眉間に皺を寄せて出口に向かって走る。その背を慌てて追うシーラ。

 そして、出口の前まで来て、ようやくシーラにも理解できた。タタタタタ・・・という断続的なローター音。その音は極めて小さく、出口の前まで来てようやく分かったくらいだ。そして、その音源は、

「真上!」

 弾かれるように顔をあげた先、雲ひとつない青空には豆粒大の黒い影があった。

 それは断続的なローター音を立てながら、船首を広大なグラウンドに向けている。その意図はなんなのか?

 意味のない消費は意味がない。理由のない飛行は意味がない。少なくともそれくらいのことはわかる。しかし、バートン社の『戦闘ヘリ』が意味もなく空を駆ける理由が思いつけない。

『もしや筒抜けだったか?』

 そんな考えが一瞬よぎるが心の中で首を振る。ここから一番近い発着所からでも最低二時間はかかる。このキンダーガーデン所有のヘリという可能性もあったが、ここに収用されている航空機は輸送用のみで武装は積んでいない物ばかりだ。

「一体なんのつもりで・・・」

 呟くようシーラとは対照的に、カルノは確信めいた気持ちが高まっていく。つまりはこう言うことだ。

 牙を持った獣は牙を振るう。銃を手にした戦士は撃つことを躊躇わない。答えという物は得てしてそう言うものだ。

「・・・まさか」

 視線を落として向けた先は大勢の若者が訓練しているグラウンド。そして、ヘリの船首は彼等に向けられていた。

「くそっ!」

 理由はわからないが結果はわかった。瞬間的に悟ったカルノはポケットに収めていたブリットを、迷わず口に放り噛み砕く。途端、視界がグニャリと歪んだ。

 刹那、上空から響く発射音。

 ヘリから放たれたのは黒い影の何か。そして、その何かは幾百人の訓練するグラウンドの中心に落ちて・・・


 閃光。轟音。衝撃。


 単純に表現するなら一瞬の破壊と殺戮。残るのは炎の海。

 全ては一瞬の出来事だった。だからこそわかった。シーラの視線の先で、真剣な表情で走っていた青年たちが、炎に全身を舐められ、続く衝撃が全身を細切れにしたのを。気付いたのは一瞬で、終わるのも一瞬だった。

「・・・・・っ」

 そして、彼等を「終わらせた」熱波が自分たちに襲いかかってきた時、もう一度、彼等の結末がイメージとして浮んだ。

 赤! 赤! 赤! 赤! 赤! 赤!

 全てを塵芥に還す真紅の輝き。それが眼前に迫り、

「っいやぁぁあぁーーーー!」


 着弾した瞬間に全てが終わったことを私は知る。


 私は世界の残酷さを知っている。だからここに押し込められた。だが、それが苦痛だとは思っていなかった。むしろ心地よい。そう言って良いだろう。

 エレメンターになる夢を抱えた彼等を守るのも悪くない。そのためなら飼い殺されたって良い。そう思えるなら鎖に縛られるのも構わない。実際、そう思わせてくれる奴がいた。銀髪黒づくめのバカ弟子だった。

 その予備軍がグラウンドで訓練に励む青年たち。誰しもが私の可愛い部下だった。

 だが、目の前に押し寄せる炎が、私の全てだったものを否定した。

 だからこそ悟った。

 鎖を千切る時が来たと。

戒めを解かれた犬は爪牙を振るう獣になる。


「結局あいつが正しかった」

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