第13話
「・・・・・。」
カルノは黙して語らない。腕を組み、睨むような視線を虚空に向けている。
「指名手配って?」
わけがわからないといったシーラの様子に、ラヴェンダーは一瞬眉を寄せるが、すぐに戻ってしまったのでシーラは気づくことが出来なかった。
「バートン社軍事部門勤務、ウィリアム・ハーキンスとその部下を殺害した容疑で、お嬢さんは指名手配されていると言ったんだ」
「ウィリアムって・・・そんな! あたし人なんか殺していません!」
「それを証明する証拠は? 回ってきた書類を見る限り、お嬢さんが計五人を殺害した物証はオンパレード。店を焼かれたということから動機も充分。何より、凶器に使われたナイフからは指紋が検出されている」
「完璧なまでに反論の余地がないな」
「ちょっ・・カルノまで………」
表情に翳りを落とし、隣の青年を見上げる。すると憎たらしいまでの冷静な横顔が口を開き、
「だが、完璧すぎる」
「何が言いたい?」
その口調はあくまで懐疑的だ。
「まず、軍事部門の男が、何の訓練も積んでいない小娘に為す術もなく殺されるか?」
「・・・・・」
今度はラヴェンダーが黙り込む番だった。実際、ラヴェンダー自身も疑問に思った理由なのだから。
「それに複数だと? 運良く一人を殺せたとしても、素人の奇襲では一人ないし二人が限度。となれば残った三人に殺される。違うか?」
「・・・・・」
それもまた、反論を許さないだけの説得力があった。
「大体、伏せられているとは思うが、こいつは、殺されたウィリアム・ハーキンスに拉致されかけていた。何の理由でだ? こいつの店を焼くためか?」
「あっ、そういえば、あたしって攫われかけたんだっけ」
ピンとはずれのシーラの言葉に、返事を返す者はいない。カルノは構わず続けた。
「指名手配なんていうのは後付けの理由に過ぎない。はなからバートンはこいつを捕らえようとしていたわけだ。エレメンターまで投入してな」
「・・・なんだと?」
ようやく開いた口から漏れたのは浅い動揺だった。カルノは心の中で笑って、ジャケットの中にしまっていた紅の結晶をテーブルの上に放った。
「見ての通り炎のエレメント。店の前で倒した時に奪っておいた」
本当は、もう一個回収しているのだが、それは口に出さない。カルノがウィリアムともう一度接触した事が知られるからだ。
「これは・・・」
恐る恐ると言った様子で、テーブルの上の結晶体に手を伸ばす。そして、それを手の平に載せて握り込んだ瞬間、浅い動揺は驚愕に変わった。
「これはある意味、無実の証明だな。バートン社の象徴たるエレメンターが小娘一人に殺されるわけがない。もっとも、三流だったけど」
カルノが補足をつけるが、ラヴェンダーはそれすらも聞こえていないようだ。
「バカな正義でも混沌でもなく、中庸を歌うバートン社がそんな真似をする筈がない!」
「だが、こいつは拉致されかかった。理由はわからないが事実だ。どう見ても人畜無害の一般市民にもかかわらず」
激昂するラヴェンダーに対して、冷静に切り返すカルノ。シーラはハラハラと見守るだけだ。
「大袈裟な情報操作は真実を隠す隠れ蓑かもしれない。実はとんでもない事実を抱えた・・・」
「これを見ればいい。確かな筋からの情報だ」
彼女に差し出されたのは個人情報を記した書類。一部に破かれたような跡があるが。
「・・・これはいつ?」
受取った書類に目を落としながら問えば、昨日と答える。
「こいつが拉致されるような理由があるなら知っておくに越したことはない。だが、結果はその通り」
「なになに? 何の話?」
「・・・・・」
ラヴェンダーは黙って書類を渡す。そして、それを受取ったシーラが紙面に視線を落とすなり、真っ赤になって絶叫した。
「嘘ぉぉおおーーーー! なんでぇぇ!」
丁度彼女が呼んでいたのは、調査対象の名前と身体的特徴。叫んだのはその対象の名前がシーラ・ディファインスであり、身長・体重・スリーサイズにまで及んでいたからだ。しかも、推定でなく嫌らしいまでに正確な数字である。
「なんてもの調べるのよカルノ!」
「調べられて困るような事じゃないだろ」
「乙女の秘密を暴いといて何言うか!」
カルノには彼女が怒る理由がわかっていないらしい。一方シーラも、自分のプロフィールしか見ていなかったので「困るような」の単語に堪らない恥ずかしさを覚えていた。
「・・・シーラ・ディファインス。年齢は十代後半。両親とは幼い頃に死別。以後は祖父である定食屋サバートの主の世話になる。しかし、二年前に祖父が病に倒れ帰らぬ人に。それから今にいたるまで自分自身の力で切り盛りして来た」
「えっ?」
「性格は明るく活発。容姿も悪くないことから、対象を目的にしている常連客が多い。客層は主に近くの現場の建設作業員や工場の肉体労働者の比率が高い」
「なんで、あたしのこと・・・」
ラヴェンダーが言っているのは、書類の内容そのままだ。シーラが呆然としているのは目を通していないからに過ぎない。
「店以外での活動は至って十代の少女。主に洋服などで金銭を使う。そして、よく値切る」
「うっ!」
確か二人で買い物に出かけた時、彼女が店員と、やたらに交渉していたのを思い出す。
「高等教育を受けずに店を経営していたため異性との交友関係はなし。寂しい青春時代を過ごす」
「余計なお世話よ!」
真っ赤になって怒鳴り返す。その後、期待するようにカルノを見上げるが、
「・・・・・」
やはり無表情。彼女の淡い期待は霧散した。
「とはいえ、一年前から通い始めた黒づくめの青年に熱を上げてい・・・」
「いちいち声に出さなくたっていいでしょうが!」
もっとも、カルノもこの部分でなくても目を通しているのは分かっている。怒鳴るだけ損というのは分かっているが、理屈で感情は止められない。
「・・・まあ、そんなのはどうでもいいが、この先、破られた部分には何が書かれてあった?」
シーラとしてはどうでもよくないのだが、問い詰めるラヴェンダーの視線は鋭い。
「たいした事じゃない。黒づくめの男に関する情報が詳細に記してあった。年齢は三十代後半で・・・」
「嘘が下手だな」
と一言で断じる。
「なぜだ?」
「だからお前は鈍感だって言われるんだ」
「っていうか、ど真ん中でストレートだと思うんだけど?」
「?」
なぜばれたのか分かっていないらしい。
「ったく、訓練生時代、お前に惚れてた女性士官は両手に余るほどいたんだぞ?」
「言っていることの意味がわからないが、話すのはそんなことじゃない」
「そうだな。で、破かれた部分に重要な事が記されていたんじゃないのか?」
カルノは首を横に振る。
「馬鹿馬鹿しい冗談みたいな事さ。そっちで情報バンクにアクセスした方が確かだ。手配書も回ってきているんだろ?」
言われてしばし沈黙してから、鼻を鳴らして小さく頷く。
「まあいい。それじゃあお前達はなぜここに来た。無実を訴えるなら弁護士か検察局に行けばいい」
「本気で言ってるのか? エレメンターまで投入してきたってことは、バートンの上層部が動いたってことだ。連中にとっては、真実なんて捻じ曲げれば良いだけの話しだ」
「ならばそれが真実だ」
ここで初めて、カルノが表情に感情を表した。
「それこそ本気で言ってるのか?」
怒りだ。普段からは考えられないまでの怒り。歯を剥き耐えるように拳を握る。
「ああ。私はバートン社に雇われている軍人だからな。バートンの不利益になるようなことは言えない」
そう言ってポケットのシガレットケースから煙草を一本取り出し火を灯す。細長いメンソールではなく両輪切りのショートだ。
「隊長はおかしいと思わないのか? 雲の上の連中が放つ一言のせいで、俺たちの運命が容易く切り刻まれる現実を!」
「エレメンターをクビになったことか?」
紫煙が深くたなびく。
「それだけじゃないし、語りたくもない。だけど、それをどうにかしなければ、いつまでも飼い殺されたり操られるだけだ」
「気付いていなければ、それもまた幸せの一つだ」
「だけど、俺たちは気付いた」
目を伏せてから、どこか疲れたような声。それを見たラヴェンダーは悲しげに笑う。だからカルノは気付かない。
「お前の目的は、無実を訴えるためではなく、このお嬢さんに捕縛命令を出している上層部をつぶす事か」
「っ!」
シーラが驚いたような眼差しを向ける。
「世界そのものといえるバートン社を敵に回す。お前らしい愚かで愉快な発想だな」
そして、カルノが顔を上げる。その時にはラヴェンダーの悲しげな笑みは消えていた。
「革命家にでもなったつもりか?」
「見て見ぬ振りをして、ただ与えられるだけの明日に何の意味がある」
「逆に聞かせてもらうなら、自らの力で切り開く、昨日とは違う明日のためにどれだけの人が死ぬと思っている?」
「それは・・・」
「バートンの上層部をつぶしたらどうなるかぐらいガキでも分かる。今の環境が、全てバートンによる恩恵だということを忘れるなよ? バートンが壊れれば、大地は枯れ、空は濁る。水は犯され氷河期が訪れる」
それは紛れもない事実だ。環境維持は秘匿中の秘匿のため、扱う技術を知りえる者は各支社の支社長と近しい者のみである。だからこそ、反乱が起こっても成功の是非を問わず、そこの市民は死滅するという寸法だ。
「それでも人は生きていけるとでも言うのか? 例え、お前が生きる事が出来ても、誰しもがお前のように強くはない」
「・・・・・」
「大体、バートンが、この小娘を求める理由もわからないのに、なぜ、バートンと戦うんだ? 不確定な目的のために他の人々の幸せを奪うのか?」
「他人の幸せ云々はともかくとして、理由の方は少しばかり知っている」
予想外の言葉にラヴェンダーの表情が一瞬固まる。シーラも同様だ。
「こいつと同時に調べてもらった情報だ。とりあえず見てくれ」
懐からもう一枚の用紙を取り出しラヴェンダーに手渡す。
「・・・お前って奴は」
それ以外にも、何か言いたそうに睨みつけてきたが、結局黙って視線を落とす。
「見ての通り。とんでもない『身分』のお方が関わっているらしいな」
その一言にシーラが首を傾げるのに対し、読み終えたラヴェンダーは歯を食いしばるようにように睨め上げる。
「最っ初から知っていたなら言え! 何がバートン上層部だ」
「えっ? なになに?」
苛立たしげに煙草を揉み消してから、シーラの疑問に短く答える。
「ウォンだ」
「へ?」
目をパチクリ。理解できなかったのだ。仕方なくカルノが付け加える。
「ウォン・クーフーリンと言ったんだ」
「ウォン・クーフーリン・・・ってまさか」
顔を知らずとも、その名前が意味することを知らぬ者はいない。はっきりしているのはシーラたちの住む第十三ブロックを管理する絶対権力者という現実。
「上層部どころじゃない。バートン社そのものじゃないか!」
ツバを飛ばす勢いのラヴェンダーに対して、銀髪の青年はどこ吹く風。見れば、いつの間にやら火のついていない煙草を咥えている。
「全ての情報は最初から開示しろ」
「タイミングを逃しただけだ」
「嘘付け」「私だって聞いたのに」
二つの視線を軽くいなして話を戻す。
「まあ、その情報の通り、ウォン・クーフーリンは、自分の権限をフルに使って「アンティーク」というモノを探しているらしいな」
「アンティークねぇ」
「時計のこと?」
やはり、一人だけ話の観点がずれている。
「暗号か伏字のたぐいだろうな」
「わからないのが『吸血遊戯(ヴァンパイアゲーム)』時代から現在にかけてまでの情報を探っていることだ」
「まあ待て。吸血遊戯もアンティークもどうでもいい」
続けようとしたカルノを手で遮って、改めて両切りの煙草を咥えて火をつけた。
そして、荒々しく頭をかいて、
「私には関係の無い話だ」
その声には拒絶の意思が込められている。
「・・・・隊長」
「隊長じゃない」
互いの視線が細まり、両者の間の温度が下がる。二人の様子の変化にシーラが身体を硬直させてカルノを見上げると。
「確かに吸血遊戯やアンティークなんかどうでもいい。俺もそうだ」
ボッと炎が瞬く。
鋼鉄製のオイルライターの火は、咥えたままだったジョーカーに明かりを灯した。
「だが、現実にこいつは狙われている。それが真実で、だからこそ止まる事が出来ない」
二筋の紫煙が細くたなびいた。
「それで私ってわけか」
「そうだ。正直言って、俺だけの力じゃどうしようもない。力を貸して欲しい」
「言ったはずだ。私には関係無い」
視線は交わったまま。しかし、先に逸らしたのはラヴェンダーの方からだった。
「それに、私は腐っても軍人。立場もある」
言って、カルノたちの背の向こう。そこにあるのはゴミ塗れのデスクの後ろに位置する羽目殺しの窓ガラス。
移るのは真剣な表情でグラウンドを走る青年たちの姿だった。
「………お前同様、私にも守るべき者がいる」
自嘲の笑みを浮かべ、視線をカルノに戻す。
そして、その表情から説得が不可能だということを、確信にも似た気持ちで悟る。
「せめて、軍警察に通報しないのが情けだとでも思ってくれ」
今度こそ、はっきりとした拒絶を言葉に載せて、腕を組み目を閉じる。
「・・・わかった」
苦々しげに呟くなり、カルノはシーラの手をとり立ち上がる。
「ちょっ・・どうしたのよカルノ?」
戸惑う彼女に構うことなく出口の前まで進んでいく。そして、ドアノブに手をかけたところで、頭だけ振り返り。
「残念です………隊長」
バタン と音を立てて扉は閉じる。
「・・・・・っ」
一人残されたラヴェンダーは唇を噛み締め、血が滲まんばかりに拳を握り込む。
「隊長じゃないといっただろ。クソッタレ」
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