第12話

 捕縛用のスタンロッド。最低五万ボルトから殺傷用の二十万ボルトまで調節の利く警備隊の標準装備だ。象すらも即死させるこの武器は、先端の散らす火花のような物に触れなければ効果はないが、それでも鈍器としての破壊力も充分。そして、このタイプでは珍しいことに、グリップの付け根につけられたトリガーを引くことによって先端をスプリングの力で射出することも出来る。

 そのため、複数での捕縛の際には、正面から一人ないし二人。左右、または背後から援護射撃の形で捕縛するのが基本的な戦法だ。実際、ほとんどの場合がそれだけで対処できた。だから、警備部はエレメンターですら倒せるのではないかと、内心慢心している。

「ラヴェンダー隊長を出せといってる!」

 結果、それが裏目に出た。

 エレメントすら使っていないのにも関わらず、目の前の青年は、彼等を圧倒して見せた。

 場所は、キンダーガーデン唯一の出入り口前。車二台通るのがやっとと言った狭い敷地内で、サングラスに双眸を隠した銀髪黒づくめの青年が暴れていた。

「うぉおおぉぉぉ!」

 基本戦法にのっとって四人目の警備兵が、スタンロッドを上段に構えながら飛び込む。その男に気を取られれば飛び込んでくる男の背後と、右に回りこんでいる兵士に電撃を喰らって終了。

『陳腐なやり方だ』

 銀髪の青年……カルノは口の中で小さく笑う。

「まず、戦法というのは」

 武装した敵と無手で戦うのは愚か者のすることだ。どんなに実力差があろうと不利有利は変わらない。人は素手で鋼を砕くことはできないからだ。自分に武器がない場合は可能な限り逃げに徹する必要がある。

 だからカルノは、武器を調達することにした。

「?!」

 警備兵の目の前に、カルノの顔が広がった。きっと、彼の中では自分の打撃を後ろにかわすカルノの姿を想像していたのだろう。そうすればトリガーを引いて電撃が炸裂する。

 だが、現実は、爆発的に加速し迫る青年の姿。

「マニュアル化した時点で応用性を失う」

 振り下ろしかけたロッドの柄を掴んで腕を伸ばしきる。そこに跳ね上がった左膝が男の関節を逆方向に折りやった。

「ひぎぃぃ!」

 握力を失った手からスタンロッドをもぎ取り、そのまま男に押し付けると、彼は悲鳴を上げて崩れ落ち、背後にひかえた兵士があらわになる。

「戦法なんていう物はあってないような物」

 飛び込むと同時に柄の部分で打ち据え確かな手ごたえ。これで二人。

その時丁度背を掠めるようにしてロッドの先端部が過ぎて消える。それを見越しての飛込みであった。

「必要なのは臨機応変」

 ロッドを真右に向けてトリガーに指をかける。視線は向ける必要はない。

「出来なければ倒れるだけだ」

 手首に軽い衝撃。と同時に三人目の悲鳴が上がり、合計六人の警備兵が地に伏せることとなった。

「・・・・・。」

 ロッドの先端部に目をやれば、出力装置が消えている。射出したのだから当然だが、このタイプは有線式でグリップを回して撒き戻せる。しかし、このロッドの先端にはネズミのしっぽのような物が生えているだけだった。つまり、壊れている。これではただの警棒である。

 仕方なく代わりを拾おうとした時、視界の端に数人の姿が浮んだ。

「きたか」

 口元に浮ぶ小さな笑み。

 先頭に立つのは女性のようで、その後ろに数人の屈強な男達が続いていた。普通なら立場は逆である。

 そして、その一団がカルノと5メートルの距離を挟んで立ち止まった。

「・・・あぁ、ミスター。ここがどういうところかご存知?」

 武器を拾う暇はない。そんな隙を見せたら、即座に死に繋がることを知っているから。そして、それを思わせるだけの威圧感が、眼前から迫っていた。

「・・・・・・。」


 とその頃。

「………いきなり連れて来られたかと思えば、カルノは隠れてろなんて言って暴れ始めるし、あたしの存在なんか忘れてるみたいだし、あたしって一体何?」

 と葛藤していたりするが、当事者たちはそれどころではなかった。


「だんまりってわけ。でも、無意味な沈黙は」

 言って二十代半ばほどの女性は、わずかな距離を挟んで対峙するカルノを見やる。

「ためにならないっ!」

 肉食獣めいた野生の笑み。そして、同時に、彼女は爆発的に加速した。カルノと似て異なるのは前動作という物が一切ない。相手の虚を突き接近するのではなく、注意不注意関係なくして結果がでる。その結果が眼前に迫り、

「くっ!」

 スウェーで泳いだ目の前を、鉤爪状の手が貫き過ぎる。咄嗟に避けていなかったら、百キロを超える握力の餌食となっていただろう。

 一方長身の女性は、今の一撃を避けたカルノに、かすかな驚愕を浮かべていた。そして、それはすぐに笑みへと移る。

 その答えは逆手の突き。拳を握るのではなく手刀のままなのは、リーチが伸びるだけでなく、そのままレンガが砕けるからだ。女らしさなど無視した傷跡だらけの指先がカルノの鳩尾に迫り、……引き戻される。警棒の一撃が彼女の腕を狙ったからだ。

 そして、女性はわずかな距離を取って息をつく。

「なかなかどうして、やるじゃないか」

 軽口を叩く余裕に対して、カルノの背中は冷や汗塗れだった。ほんの一瞬の攻防で、余りに余った気力が削ぎ落とされて行くのを実感する。分かっていたとはいえ、とんでもない相手を敵に回したのだと今さらながらの後悔。しかし、心は折れていない。

「様子見の手加減はここまでだ」

『これで手加減だったのかよ!』

 今度は覚悟していた分、一瞬で間合いを詰められても前よりは余裕があった。脇腹を狙った前蹴りを後ろに跳ねてやり過ごし、リーチの優れる警棒で突きを放つ。狙ったのは右の脇腹。それを女性は最小限の動き、脇腹を掠めるようにして避け、これがカルノの狙いだった。

『行けっ!』

 ブーツの爪先が跳ね上がり弧を描く。コンパクトながら威力を伴った回し蹴りが女性の側頭部に迫り、突如、カルノの目の前から姿を消した。

「っ?!」

 と同時に蹴り足の下から突き抜ける衝撃。一瞬の浮遊感、刹那の間に空と地面を数往復。

そして、凄まじい衝撃が全身を貫く。

 地面との再会を果たしたらしい。

「・・・・・!」

 苦痛の声を上げようにも、衝撃で痙攣する肺が思うように酸素を取り込まない。

「まだまだ甘いよ。ボ・ウ・ヤ・♪」

 敗北したのはわかる。そして、その過程も予想はついた。

 単純な話し、彼女は消えたのではなく、体勢を屈めて蹴り足の死角に潜り込んだだけなのだ。後は、好きなように料理すれば良い。

 それが、今の自分の姿である。

「へ、へへ。意外とあっけなかったな」

 今までの憂さを晴らすつもりだろう、警備兵の一人が近づいたかと思えば、手の中の警棒を振り上げる。

「・・・・・っ」

 その時、カルノの見上げる女性の右足が一閃。金属と金属なり得ぬ物のぶつかり合う鈍い音が鳴り響く。そして、警備兵の警棒がくの字に曲がって地面に落ちた。

「・・・」「・・・・・・」「・・・・」

 沈黙が支配した世界の中、女性は一人一人に視線をやりながら一喝。

「私が来るまで何も出来なかったジャリが吼えるな! こいつは私が連行する各自持ち場に戻れ!!」

「は、はい!」

 全員が全員慌てるように走り出す。倒れたままの仲間や、地面に転がる装備も忘れない。見事なまでの撤収だった。

「・・・・・・・・さて」

 たっぷり時間をおいてから、彼女は倒れたままの青年に視線を落とした。

「お前はいつまで倒れているつもりだ? 私の教えは無駄だったのか?」

「動けないんだよ」

 憮然とした顔で言い放つと、女性は小さく噴出し笑い出した。

「ぷっ、ぷはははは・・・変わらないな坊や」

 片手で口元を押さえながら、余った右手をカルノに差し出す。一方カルノは、その手を握り返しながら吐き捨てるように、

「坊やはやめてくれ。ラヴェンダー隊長」


 そして、その遠くで。

「あたしって何?」


 所変わって、場所はラヴェンダーのオフィス。と言っても、部屋数の都合上で寝起きを共にする私室のような物だ。そういうわけで彼女のオフィスは彼女の私物で溢れている。いや、正確に言うなら私物(ごみ)で埋まっている(・・・・・・)。

 それを見た感想は一言。

「………相変わらず汚い部屋だな」

「お前は、私の部屋をバカにするために来たのか?」

 無造作に投げられた大口径ライフルに、錆びた手榴弾。なぜか使用済みの薬莢や、それに混じって成人向け男性雑誌が、握り潰された書類と一緒に隙間なく広がっている。悪臭がしないのがせめてもの救いだ。

「え、えっと」

 ここを初めて尋ねた場合、どこを歩けばいいのか迷うだろう。だが、家主のラヴェンダーとカルノは、気にした様子もなく入っていく。足元の何かが奇妙な感触を残すのはご愛嬌。

 それでも何とか、部屋の奥に辿り着き、進められるまま一対あるソファーの扉側に腰を下ろす。

 となりにはカルノ。正面にはラヴェンダー。

『だけど、この人誰だろう?』

 ここまで来て、ようやく何も知らないことに気付く。シーラは、カルノの言われるままについてきただけなのだ。カルノの目的や、頭の中などわかるはずもない。

 視線をラヴェンダーに戻す。

『綺麗というよりもカッコイイ人だよね。目鼻立ちがすっきりしてるし、ハンサムな大人の女って感じ』

「ん? 私の顔に何かついてるか?」

「い、いえ、なんでもないです!」

 慌てて両手と首を振る。その横ではカルノが呆れ混じりの溜め息交じりの吐息をついていた。

「・・・で? 私の部屋に、けちをつけに来たわけじゃないんだろう?」

「まあね」

 とここでラヴェンダーは意味ありげな笑みを浮かべてシーラを見やる。

「それでそちらのお嬢さんは、坊やのいい人なのかい?」

「隊長こそ、そんな事が聞きたいわけじゃないだろうに」

「隊長」の一言で、眉間に皺が寄る。

「隊長と呼ぶのはやめろ。もうお前は私の部下でもなんでもない」

 ここで言葉を切り、うって変わった鋭い視線をシーラへ向けた。理由のない凝視に彼女は身を固くする。

「指名手配犯(・・・・・)を連れて暴れに来るような奴なら尚更だ」


「へ?」

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