第10話
キンダーガーデン(幼稚園)
流れてゆく変わり映えのない風景。
一歩町から離れれば、どこまでも続く荒果て乾いた大地と、何の感慨も抱けない地平線だけが眼前に広がる。
太陽の位置は真上。そして、空を仰げは雲ひとつない青空が広がっているのが唯一の救いと言っていいだろう。ずっと上を見上げていると、自分の身体が、あの大気の海に吸い込まれていくような、そんな不思議な気持ちにとらわれる。
そう、空は良い。どこまでも自由だ。そして、それを見上げると周りの殺風景を一時的に忘れる事が出来る。もっとも、
「あーづーいー」
適度な気温と静かな環境。その二つが実現しない限り、この青空を鑑賞する余裕は生まれない。道と呼ぶにはおこがましい道を、法定速度の三倍で駆ける天蓋なしのジープも苦痛でしかないからだ。
「うるさい。見ているこっちまで暑くなる」
「・・・って言うか、カルノの格好も、見てるだけで暑くなってくるんだけど」
「ジャケットは脱いでる」
そう言うカルノが身に着けているのは黒のタンクトップと同色のカーゴパンツ。ただし履いているのは鋼鉄を仕込んだ軍用ブーツ。脱いだ時が恐ろしい。
「まあいいけどね。それより何より、色々聞いてない事があるんだから説明してよ」
「どこから聞きたい?」
クラッチを切り離してギアをシフトダウン。ジープの風切り音が穏やかになり、声が幾分か聞き取りやすくなる。
「まず最初にあたしを攫おうとした奴等って、何の理由があってあんなマネをしたの?」
「・・・・・。」
鼻先に引っ掛けていたサングラスを指で押し上げ空を仰ぐ。
「・・・聞き出すの忘れてた」
サングラスに隠れた遠い眼差し。シーラは、フッと微笑し、
「誤魔化すんじゃないわよ!」
表情を一変させた。運転中にもかかわらず、カルノの胸倉を掴んで前後に揺する。
「バ、バカ離せ!」
車体が大きく蛇行し、カルノが珍しく狼狽する。それでもシーラは離さない。
「隠すなんて男らしくないわよ!」
「本当に俺も知らないんだよ。バートンがお前を狙ってるってこと意外は!」
とここで車体が大きく跳ねる。小柄な少女の身体が飛ぶように座席を離れ、
「くっ!」
咄嗟に右手を伸ばし座席に押し付けると同時に着地。そのままギアを二つ落として息をつく。
「・・・・・」
一瞬、何が起こったのかわかっていなかったシーラは放心状態。カルノは背中に冷たい汗をかいている。
「・・・次、運転中に妨害行為をする時は事前に言ってくれ。容赦なく気絶させるから」
「あ、あい」
まだ放心状態の抜けないシーラも、それから数分がたつなりいつもの調子を取り戻してくる。カルノの警戒心は抜けていないが。
「そういえば、さっき言ってたよね。私を狙っているのがバートンだとか何とか」
「気のせいじゃないのか?」
「もう一度言うけど誤魔化さないで。エレメンターって、バートン社だけに許される職業のことだよね」
「・・・・・」
考えるのは一瞬。そして、答えるのも一瞬だった。
「そうだな」
バートンというのは、全世界にネットワークを広げる世界最大企業といった方が通りが良い。というよりも、世界そのものと呼んだ方が適切だ。エレメントという未知の技術を独占的に保有し、紙おむつから軍用兵器まで幅広く扱う、この世の支配者とでも言うべき複合企業。
それが姿を現したのは百年以上前に起こった全世界規模の戦争『吸血遊戯(ヴァンパイアゲーム)』終期。
血で血を洗うなんて言う言葉では済まされない理由のない殺戮のための時代。だが、それは、最後の一年で突然終結を迎えた。
「まあ、バートンの歴史はこんな所からだな」
そう、戦争終結の一年前に、バートンという名の企業が表社会に姿を現す。全世界の各地に、エレメンターという戦争兵器を引き連れて。
一見、彼等は非武装で老若男女関係なかった。だが、唯一共通していたのは、誰しもがたった一人で一つの町を破壊できる力を有しているということだった。
見るだけなら一般市民。しかし、内包された力は人知を超えていた。降りそそぐ銃弾もそびえ立つビルも、敵も味方も関係なく無に還す。そんな、一方的な力。それらが世界各地で一斉蜂起したのならば、その結果の想像は容易であろう。
「もっとも、一人のエレメンターができることなんて限られてるけどな。昨日の三流エレメンターを見れば、バートン社が意図的に流した噂と見るのが妥当な所だ」
「ふーん。でも、実際に戦争は終わったんでしょ? バートン社のお陰で」
「まあな」
戦争終結後、残されたのは荒果てた大地と汚染された空だけだった。世界規模の戦争は世界そのものを蝕んだ。食べる物も、喉を潤す水もない。誰しもが絶望し、人の歴史が費える黄昏の時。
その時だった。救いの手が差し伸べられたのは。
「ようはバートン社だ。戦争を終結させた連中が、次に着手したのは世界の再生そのもの」
ただの戦争兵器と思われていたエレメンター達が腕を振るたび、祈りを捧げるたびに、大地は潤い空は晴れて行った。そして、世界は再生されていった。急速に、休息し、急速に。
「それも、エレメントやエレメンターの力なの?」
エレメントの開発概念は軍用はもとより、環境改善の意味合いが強い。
「ああ。もっとも、逆に言うなら自然環境を支配されているようなものだけどな」
それは、命を握られているのと同義であることに、カルノは気付いている。
「もし、敵対勢力なんかがブロック規模で起こったとしても、その地域の環境用エレメントを操作すれば、昼は砂漠のように暑くて夜は雹が降りそそぐ。そうなれば一昼夜で反乱は終結。戦争終結後の残党勢力はそうやって駆逐していったらしいしな」
「だけど、それって化学なんて言うよりも、神の領域なんじゃ・・・」
「さあな。そんなことは俺たちが考える必要もない。考えるのは当面どうするかということだけさ」
言われて一瞬俯き、
「っていうか、あたしはそんな連中に狙われてるわけ?!」
「最初から気付け」
天高く上る太陽と、そこから降り注ぐ光。
陽炎が浮び、消えていくその大地は適度に整備された巨大という言葉では表せない面積を誇る。
だが、ここからでは地平は見えない。見えるのは元は白地の、しかし今は砂塵で黄色ばんだ檻であり壁だ。しかし、それすらも果てしなく遠い。
そして、その内を走るのは夢と希望に満ちた若者達。別の一角を見やれば格闘訓練や基礎練習を繰り返す姿も見える。
「・・・可愛いもんだ」
巨大な中央施設の壁を背に、日差しを遮るパラソルの下で一人の女性が微笑んだ。
すっと通った鼻梁に吊り気味の大きな双眸。横だけ伸ばし、後ろは短めに刈った黒髪とあいまって、野性的な美しさを持つ、掛け値なしの美女であった。
ただし、すらりと伸びた手足や、モデル並のプロポーションを包む衣装は、色あせた黒のタンクトップにドックタグ。迷彩色のカーゴパンツといった色気の無い物だったが、なぜか不思議と馴染み似合っていた。
「なれるかどうかも分からないエレメンターのために毎日訓練。幼稚園(キンダーガーデン)とはよく言ったもんだ」
ちなみに、パラソルの下に設置された簡易テーブルには、灰皿とビールの空き缶が数本転がっている。そして、今も、中身の入った缶ビールを片手に訓練生たちの様子を見て楽しんでいた。
彼女の瞳に映る彼等は訓練生。そして、缶ビールを呷りながら涼む彼女は、このエレメンター養成施設「キンダーガーデン」の総責任者。
ラヴェンダー・C・マクミトン 二十七歳
それが彼女だ。
彼女の名が示すのは、大抵の場合は恐怖と憧憬を同時に孕み、その名を知らぬエレメンターはいない。
誰もが名を知り周りに人がいるのに、彼女の傍には誰もいない。孤独ではない。しかしどこまでも独り。それが彼女の名の持つ意味である。
煙草を咥えながら、そんなことを考えていた時のことだった。
「ラヴェンダー隊長!」
肩越しに頭を向け視線をやる。そして、荒々しい足音と共に現れたのは、警備部の紺の制服に身を包んだ大柄な男だった。
「どうした?」
「大変なんです。正門の前で 皆が……隊長をって………」
目の前の青年はパニックを起こしているらしく、話す言葉は勢いだけで要領を得ない。
「落ち着け。そして、詳しく説明しろ」
深呼吸するように、数秒の間を空け、
「じ、実は正門の前で変な男が暴れてるんです。私達も押さえつけようとしたんですが歯が立たなくて。そして、呼んでるんですラヴェンダー隊長のことを!」
「・・・は?」
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