第9話
「シーラ・ディファインスに関しての、有益と思える情報提供は全部で十三件。ただし、ターゲットの現在位置を示唆する情報は二件です」
新たに集められた情報を選別し、数枚の報告書にまとめる作業や、その他業務に忙殺されながらもウォンの前に立つマゼンダの姿は毅然としたものだ。さすがにスーツの小皺までは隠せないが。
「トレーサーを放ち真偽を確かめた所、シーラ・ディファインスの経営する飲食店の常連客の家に隠れていたようです。ただ、すでに場所を移動したようで現在も行方を調査しております」
「常連客の素性は?」
自身は業務上の書類にサインしながらも先を促す。
「単刀直入に言うなら、対象の名前はカルノ・セパイド。年齢は二十三歳、性別は男性。先月まで我が社の軍事部門で二級エレメンターに登録されていましたが、定期心理試験でネガティブの要素が見受けられたために資格を剥奪。除隊処分を受けたそうです」
「二級エレメンター? 除隊処分?」
「はい。訓練や、任務の達成率は上位に食い込むのですが、昇格試験時の成績は平均より上程度。意図的に今の立場を維持しようとしていた様子です」
報告書に映るのは訓練時の白黒写真。その中で彼が打ち倒しているのは部隊の部隊長。
「性格は寡黙で、深い付き合いのある人物はいないようです。異性との付き合いも同様でした。ただ・・・」
「ただ?」
「訓練生時代、あのラヴェンダー・C・マクミトンに唯一資格認定を受ける事が出来たことから、それなりに付き合いがあるのでは・・・と」
「・・・・・ほう」
ラヴェンダーという名前にペンの動きが止まる。マゼンダが言いよどむのも無理らしからぬ事だ。この第十三ブロックでラヴェンダーの名を知らぬエレメンターはいない。
「我が支社のブロックで一級エレメンター認定を受けているのは総勢二十人。その中で彼女に匹敵するエレメンターは一人としていません」
「そして、中央からお呼びがかかるほどの実力者でありながら、その誘いを全て断りエレメンター養成訓練所の責任者であり続ける。バートン社に対して絶対の忠誠は誓っていないが、その実力ゆえ飼い殺さずを得ない」
その言葉にマゼンダは頷く。
「カルノ・セパイドとラヴェンダー少佐が接触した場合、彼等に寝返る可能性がないとも限りません」
「性格の本質が似た者同志と言ったところか。とはいえ、彼女にも立場がある。可愛い教え子を守らねばならないという責任もね」
そう、責任がね。と呟き笑みを浮かべる。
「それと、アンティークの追加情報ですが、これに関しては、ご自分の目で確かめた方がよろしいかと」
マニキュアを塗らずとも艶やかな指先が一枚の紙を差し出す。ウォンはそれを受取り、
「これは・・・」
笑みが深まる。獲物を狙う猛禽類の笑みへと。
報告書に羅列する文字の意味は、場合によって全ての苦労が水泡と科す。ウォンの目的さえも。だからこそ笑みが深まっていく。
「この報告が事実ならば、我々の追うのはゴーストか」
「それが真実ならば」
彼女の言葉に満足そうに頷く。
「いっそ、この方がらしい(・・・)な」
安易な結果は安易な結末を迎える。手に届かない物を手にしてこそ価値がある。世の中はそういう風に出来ている。
「分かった。下がりたまえ」
ウォンの一言に頭を下げると、マゼンダはそのまま扉の外へ消えていった。そして、しばらくの静寂。
「・・・そう。結局は私自身が確かめねば真実は真実でありえない。私がそう望むべきであるからこそ、そうあらざるを得ない」
窓の外の景色を眺めながら、ふと思い出したように振り返る。
「君達も、そう(・・)思わないか?」
所詮言葉に意味はない。必要なのは結果だけ。彼等はそんな人種なのだろう。
高価な木材を使用した大扉が音を立てて砕け散る。そして、その破片を足蹴にしながら何人もの黒づくめたちが室内へとなだれ込んできた。
防弾の強化スーツと暗視スコープ。連射式グレネードランチャーにサブマシンガン。明らかに対人武装ではない。れっきとした戦争用装備であった。
ヂャキッ! とスライド操作の音と共に合計七つの銃口がウォンへと向けられる。
「ウォン・クーフーリンだな。死んでもらう」
感情の感じられない機械的な声。
ウォンは、眉間に指を当てて息をつく。
「よろしい。相手しよう」
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