第2話
スケアクロウ(かかし)
日差しも届かぬどんよりとした雲、周囲を見渡せば天気のように曇った顔をした人々が歩いている。
そして、そんな彼等が歩くのは、二階建てのオフィスや洋服などを飾るショーウィンドウが立ち並んだ個性という個性の感じられない灰色の街並み。街の中心へ近づけば近づくほど、建造物の高さは増していく。そんなピラミッド型の街並みという意味で、ここ周辺はこのブロックで端に近いことを意味している。
その端に近い街並みの中を一人の青年が歩いていた。
「・・・・・」
個性の感じられない街並みの中で、ある意味彼は異質である。中途半端に伸ばされた銀糸の髪。その下に覗くのは同色の双眸(そうぼう)と、陰気な影を宿した端整な細面。その耳元には二つのイヤーカフス。
年齢は十代後半辺りで身長は百八十センチ弱。そして、痩身(そうしん)痩躯(そうく)の身体を包むのは漆黒(しっこく)の衣装。
流行や周りに合わせようという雰囲気が一切感じられない彼の姿は、この街の中で明らかに浮いていた。周囲の人々から奇異の視線を向けられていることを知りつつ彼はそのまま歩いていく先は、どこを見ても似たような風景の中で一つだけ周囲と雰囲気を違える一軒の店舗であった。
まず、薄汚れたガラス張りの正面玄関と壁は様々なポスターや広告で埋め尽くされており、何の店なのかわからない。だが、その近くまで行くと小さな木の看板が立てかけており『定食屋サバート営業中』と描いてあることに気付く。
銀髪の青年は、その店のドアに手をかけると、ノブを捻ってドアを押す。すると、小さな鈴の音が鳴ってドアが開けられたことを店内に教えてくれる。
「いらっしゃーい!」
開いた隙間から身を滑り込ませるなり、快活な弾む調子の声が店内に響き渡った。
青年は声の主を探して視線を巡らせると、目に入ってくるのは薄汚れた作業着などを纏った大柄な男達が、合計四つしかない狭いテーブルに載せられた料理を一心不乱に口へ運んでいる姿だった。
「・・・・・」
見ての通り席は全部埋まっていた。仕方なく入り口から右手にあるカウンター席に顔を向けると、今までなかったはずの小柄な影がフライパン片手に動き回っていた。
「あっ、きたのカルノだったんだ。いらっしゃいカウンターに座って待てて」
挨拶もそこそこに、鷲(わし)づかみにした肉の塊をあらかじめ手にしていたフライパンに落とすと、肉の焼ける音と脂の弾ける香ばしい香りが店内に漂い始めた。
「・・・・・。」
カルノと呼ばれた銀髪の青年は、仕方なくカウンター席の椅子を引き寄せ腰を下ろす。
そして、備え付けられていた灰皿を手元に引き寄せ、懐にしまっていたソフトケースの紙巻煙草を取り出し口に咥える。
「カルノ身体に悪いよ」
とここで目の前に、グラス一杯に注がれたお冷が音を立てて置かれた。勢い良く跳ねた水滴が茶色の穂先を濡らして湿らせる。
「・・・肺機能が低下するほど吸ってないさ」
ジョーカーと呼ばれる茶色の紙巻煙草を名残惜しげに灰皿へと移す。そして、カウンター越しに立つ少女を恨めしげに見上げた。
「何よ、その目は?」
「・・・別に」
改めて目を伏せると、グラスを手に取り唇をチラリと濡らす。
「とりあえずなんにする?」
「日替わりランチ。それにウィスキーをダブルで」
彼の注文を聞いて小柄の彼女が眉根を寄せる。
「別にいいけど朝っぱらから酒?」
「いいだろ別に」
「はいはい、かしこまりました」
カルノは背を向けて調理の準備を始める彼女を見やりながら、ぼんやりと思う。
『彼女の名前はシーラ・ディファインス。年齢は十七から十九辺り。定食屋サバートを一人で切り盛りする天涯孤独の女』
元々は唯一の肉親であった祖父がこの店を経営していたが、昨年心臓発作とやらで急死。以来、彼の孫であったシーラが料理人兼経営者となって今にいたる。
聞いてもいないのに、彼女から直接聞かされたプロフィールを心の内で反芻(はんすう)。天涯(てんがい)孤独(こどく)という意味ではカルノも同じなのだが、そのタイプはまるで違う。
『まあ、どうでもいいさ』
「はーい、おまたせ!」
新しい煙草を取り出したところで、注文していた日替わり定職のお盆がほとんど叩きつけられるようにして置かれた。そして、やはり狙い済ましたかのように飛び跳ねたコンソメスープが、煙草の根元までしっかり濡らしている。
「・・・・・」
哀れな最期を遂げた一本を灰皿に置きながら、眼下に置かれた日替わり定食に視線を移す。
軽く焦がしたロールパン二つに、フルーツソースをかけた鶏唐が三つ。野菜が嫌いと知っているのにキャベツを添えたポテトサラダ。そしていささか量を減らしたコンソメスープとウィスキーのダブル。これが今日の日替わりメニューというわけだ。
「野菜嫌いなの知ってるだろ」
「なに子供みたいな事言ってるのよ。健康のためにも野菜を食べないと」
「ガキじゃないんだから健康管理くらいできる」
ポテトサラダだけを端に追いやる彼を見て、シーラはヤレヤレと肩をすくめた。
「それより今日はどうしたの? 仕事は休み?」
ロールパンをウィスキーで流し込む姿を見ながらシーラが問う。すると、一瞬の間を置いてカルノが首を振った。
「ない、クビになったからな」
「ク、クビ?!」
思わぬ単語に彼女が目を見開きカウンター越しから身を乗り出す。間近に迫った彼女の双眸を見返しながら「ああ」どうでもよさ気に相槌(あいづち)を打つ。
「年度末心理試験で落とされた。資格も奪われたし、残っているのは役立たずの身分証明と退職金だけさ」
そう言って懐に手を入れ再び取り出したとき、その手に握られていたのは赤の太字で「登録抹消」と刻まれた顔写真つきのカードだった。
『カルノ・セパイド 18歳。
バートン社軍事部 特殊戦闘科。
第三級エレメンター登録者』
それは、かつての肩書きであって、今のそれではない。カルノは小さく息をついてグラスに残ったウィスキーを一息にあおる。
「あてはあるの?」
「俺は馬鹿だからな。今さら普通の生活にはなじめない」
「あたしは・・あたしはそんな事ないと思うけどな」
そう言うカルノに背を向けて、シーラが気恥ずかしそうに呟く。そして、突然何かを思いついたのか、両手を合わせて振り返り、上目遣いで問い掛けてみた。
「カ、カルノが良かったら、ここで働いてみるつもりない?」
頬がやや紅潮しているが、カルノは気付いた様子もない。ただ黙々と料理を口に運んでから、ただ一言。
「ゴメン」
「………そう」
少しは期待していたのだろう、かすかに肩を落として声から元気が消え失せる。
「俺は普通の生活になじめないからエレメンターになったんだ」
「で、でも、そのエレメンターとかいうのクビになったんでしょ?」
クビの一言に、カルノの表情が険しさを増す。まずいと思ったシーラが謝罪の言葉を言おうとした時、彼は何かを吹っ切ったように息をついた。
「そうだな。だから、どっかの用心棒かボディーガードにでもなるさ」
続いて「ご馳走様」と言ってフォークを置く。ポテトサラダは残っていた。
「代金置いとくぞ」
黒のロングコートの内ポケットから食事代を取り出し、カウンターに置いてから立ち上がって出口に向かう。
「あ、カルノちょっと待って!」
「足りなかったか?」
肩越しに振り返ると、そこにはカウンターから出た彼女がなにやら言いたそうに指先を絡(から)めていた。
「そ、そうじゃなくて、今日は暇なの?」
「ああ、なんせクビになったからな」
ただでさえ休日という物を必要としていなかったのに、現状はするべき事が見つからない。誰かに言われたことを遂行すればいいという生活を送っていたカルノには暇という物が苦痛以外の何者でもなかった。
貧乏性・・昔の上司に言われた言葉をしみじみと実感する。
「・・・だったらさ、二人で出かけない?」
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