ストレイウィザーズハウリング 箒に乗らない魔女
@touyafubuki
第1話
俺が手を振るう度に何かか染まった。
その度に俺の身体も染まった。
老若男女関係なくして破滅だけが飛び散った。
誰も殺したくなんてない。殺したくないのにあいつ等は、いつまで経っても追い立てる。立ち止まれば刹那の時で殺される。
殺すのも殺されるのもカンベンなのに、世界は思いの他残酷だった。
白い壁の研究施設を走り回り、誰かと出会うたびに命を奪う。だから、嫌になるほどの純白の壁も、いつしか赤黒く染まって鉄錆の匂いを撒き散らす。
「いたぞ!」
補助脳なんかを構成しないでも、身体がそれを覚えていた。手を動かす、息をする。そんなのと同じレベルで炎が弾け、風が渦巻き、大地が脈動し、水分子が凝固する。
「誰も俺に近づくな!」
全細胞を凝固させた上で煉獄の炎が哀れな犠牲者を粉砕する・・・殺したくない?
そう思っていたら先の曲がり角から現れた白衣の研究員達。
俺の身体を切り刻み、修復していくからといって臓器を取り出す。
心臓を、目を、肺を、
「・・・殺してやる」
思考が安定しないがやる事は一つ。
全てを破滅させてやる。
望んでもいないのに必要以上の力と身体を与えて物扱い。
さっきまでは殺すのも殺されるのも嫌だったが、俺の脳を犯す麻薬の昂揚感で、そんな甘ったるい情けを書き換える。
殺してやる。誰も彼も殺してやる。
神の領域とほざいて好き勝手する奴等を殺してやる!
俺たちイミテーションの犠牲の上で成り立つた狂った社会を破滅させてやる。
だから、俺は
殺
して弄
って犯して
破壊して、殲滅
して滅亡させて、悲
鳴を上げさせ、破滅の力
を振るい尽くす命乞いもなに
も聞きやしない、アンティークご
ときの再現といって俺やあいつを生き
たままばらした奴を俺の手でばらして、世
界を壊してやるバートンなんて知った
事かバンパイアゲームの再現だ!
だから俺は復讐するこんな腐
った世の中を作り出した
奴等を皆殺しにする
『手段のために
目的は選ば
ない!
』
序章
気の滅入るような灰色の雲の下、しとしと降りそそぐ冷たい雨が、人気の少ない街の一角を濡らして行く。
灰色の街の灰色な街並み。個性というものを感じさせない整理されたオフィスや住宅はある種の統一感を持って並んでいる。
時刻は夕方を過ぎて夜に入ろうとする少し前。
「今日のスケジュールですが、これから街の評議長と会談、食事となっております。それから・・・」
「・・・・・」
「・・・というわけで以上です」
そんな世界を走る一台の車。流れるように過ぎ去っていく窓ガラスの景色を眺めながら、後部座席に座っていた一人の青年が疲れたように息をつく。
「稀(まれ)に降る雨は風情(ふぜい)があっていいものだが、こうも毎日降られては風情もあったものではないな」
「申し訳ありません」
「君が悪いわけじゃないさ」そう言って視線を前に向ければ、バックミラーに自分の顔が映る。
二十半ばを過ぎたばかりの彫りの深い鋭い眼差し。度の入っていない銀縁メガネはご愛嬌。色素の薄い長髪は紐(ひも)でまとめて後ろに流している。日に焼けたこともないような白い肌は、白のスーツとあいまって気品めいたものを感じさせた。
「ん?」
自分への観察が終わった後、何かに気付いたように顔を上げ、前に座る運転手に声をかける。
「マゼンダくん止めてくれ」
運転手であった赤スーツの女性は、彼の言葉に素直に従いブレーキをかけた。微かな水飛沫を上げながら停止すると同時に、後部座席のドアが開く。
「ウォン様濡れてしまわれます」
彼女の声に構わずに、やはり人気のない十字路の前に走る。そこには薄汚れた一匹の子犬が道を渡ろうとよろめきながら歩いていた。
子犬は自分に向かって駆け寄ってくる男の姿を見上げるなりゆっくり倒れた。小さな身体が水溜りに落ち、ピクリとも動かなくなる。
「・・・・・。」
その子犬のもとに男は遅れて辿り着くと、動かなくなった身体を何も言わず抱き上げた。
「ウォン様、そんなものを抱き上げたりして・・・スーツが汚れてしまいます」
マゼンダと呼ばれた女性が傘を持って駆け寄ると、スーツの青年は小さく苦笑した。
「マゼンダ君、そんな風に言ってはいけない」
ウォンと呼ばれた青年は、彼女の差している傘の中に入るわけでもなく、泥に汚れた子犬の額を優しく撫でた。
閉じられた瞳が開かないことは、今腕の中で失われていく温もりからわかりきったことだった。
「さて、ひとつ聞いてみよう」
ウォンは子犬を抱いたまま運転手であった女性に向き直る。
女性にしては高身長。長い髪を結い上げ縁なしのメガネの先にあるのは、ナチュラルメイクを基調とした、ふっくらとした唇にややきつめの顔つきをしながらも整った容貌。色調を押さえた赤スーツが包むのは豊かながらも押さえる所は押さえた肢体。そんな彼女を見やりながらウォンは静かに問い掛けた。
「君はこの子犬を見てどう思った」
「そ、それは・・・」
正直な感想を言い淀むように言葉に詰まるが、やがて思い切ったように口を開いた。
「正直、汚らしい・・・そう思いました」
「ははははは、君は良くも悪くも正直だな」
苦笑しながらも彼は笑って、その小さな身体に目を落とす。
「だが、私はこう思う。この子犬は、この世で光り輝いていた存在だったと思う」
「光り輝いた……存在」
マゼンダの眉が怪訝(けげん)そうに寄るのを見て、ウォンは小さく頷く。
「例え外面が泥で薄汚れていたとしても、生きるため、諦めるわけでもなく歩き続けた。勝利を得ようとするために」
「勝利ですか?」
「こんなにも小さい身体で、生存という名の勝利を勝ち取るために生きたこの子犬は、偽者の平和の中で安穏(あんのん)と暮らす人間よりも、よっぽど美しい。………結果、このような寂しい所で死んでしまったけどね」
ここで言葉を切って空を仰ぐ。その瞳は何かを思い出すように遠くを見詰めている。
「かわいそうに、寒かったろう、辛かったろう」
一瞬、彼の脳裏を思い出が一枚の風景となって蘇る。そこには薄汚れた裏路地でぼろを纏い薄汚れた一人の子供が立っている。口には何の肉かもわからない白い骨を咥え、右手には錆びたナイフを握っていた。
無論、自分で直接見たわけではない。もし、第三者として見る事が出来たなら・・・そういう風景だ。
「・・・あの頃の私と同じだ。寒さに震え、泥水を啜(すす)り飢えを凌ぐ。だが、私は生きている。こうして生きて生き恥をさらしているんだ」
「ウォン様・・・」
「数々の苦難を乗り越え、その後手にするモノは至高……そう信じて生きてきた。だが、私は変わらなかった。昔と同じくして泥水を啜(すす)って生きているようなものだ。権力という名の腐肉を喰らい飢えを凌いでいるだけ」
子犬を抱く腕は震え目線が落ちた。そんな彼の傍らにひかえる彼女は首を横に振る。
「ウォン様は先程、生きることこそ勝利と言ったではないですか。それに今も戦っていらっしゃいます。勝利するために戦っているウォン様の姿は、何者よりも美しく輝いていると思います」
「ありがとう、マゼンダ君」
彼女に向き直り優しく微笑む。すると彼女は真っ赤になって顔を伏せた。
「私には勿体無いお言葉です」
彼女の反応に苦笑して、
「こんな事が二度と起こらないような世界が出来たらいい。誰かに与えられるような平和ではなく、自分自身で勝ち取るような・・・そんな世界を作りたい」
その発言は、何もかも決められた、与えられた平和の中で生きる世界の住人のセリフではない。
「だが、そのために私は泥水を啜り続け、外面(そとづら)だけを着飾る豚供の肉を喰らわねばならない。それは永遠と思える時を歩まねばならないイバラの道だ。それでも、ついてきてくれるかい?」
「ならば私はウォン様の歩む先を照らす灯りになりましょう」
すまないといって頭を下げようとすると彼女はそれを手で制す。
「それは、私の道でもあるのですから」
「ありがとうマゼンダ君」
瞬間、辺りを真っ白に照らす雷光がまたたき、続いて地面すらも揺るがす轟音が鳴り響いた。マゼンダが小さく悲鳴を上げ、ウォンが眉を寄せる。その鋭い眼差しの先に、一瞬だけ黒い影が映ったことに気付いたのだ。
「マゼンダ君、この子犬を車の中に入れて待機していてくれないか」
「一体何を・・・」
言いかけて言葉を飲んだのは子犬の身体が予想以上に冷たかったわけではなく、彼女も気付いたからだ。彼等二人の先、十字路の向こうから五人ほどの男達が姿を現す。
全身を黒の戦闘服で包み、顔まで同色のマスクをかぶった徹底ぶり。肩に下げているのは携帯性を追求した小型のマシンガンだ。一見して不審人物ということがわかる。
「ここまでわかりやすいと、いっそ清々しいな」
「なんだお前達は!」
呆れ気味の溜め息をついているウォンの横から子犬を抱いたままのマゼンダが前に出る。
「よう、あんたがウォン・クーフーリンだな」
ゆっくりとした足取りで近づいてくる彼等の一人が右手を上げて安全装置の解除を命令する。
「何のことかな」
「とぼけても無駄だ。バートン社 第十三支社社長。ブロック管理機構在籍の神民」
良く調べたものだと漏らし、更に前へ出ようとするマゼンダを手で制す。
「私の経歴や顔を知っているということは、君たちの雇い主は同じバートンの神民かそれに次ぐ者か」
「んなこと関係ないさ。これから死ぬ様な奴に教えることはない」
やがて五人とウォンたちの相対距離が約五メートルまで狭まる。そして、彼等の銃口はまだ上を向いていない。
「しっかし・・・」
リーダー格らしき真ん中の男がマゼンダの抱いている子犬を見て、わずかに覗く唇を歪める。
「はっ! こんな雨の中ずぶ濡れになってまでイヌコロの死骸を拾うとは酔狂なこった。ステーキにして食っちまうつもりかい?」
その言葉に他の四人も声を上げて笑う。
「貴様等っ!」
「待て」
「しかし!」
「待てといっている」
静かながらも反抗を許さない口調に、マゼンダは「………はい」と頭を下げた。それを見て満足そうに頷くと、前方の五人に改めて向き直った。
「しかし、君達が誰の命令で動いているかは関係ないし、知ったことではないが、バートン社・・・つまり私のような立場の人間に敵対するということの意味をわかって立っているのか?」
「わかってねぇのはそっちの方だ。護衛なんかはつけずに、いるのは秘書のネェちゃんだけ。何の武装も力もない頭でっかちの狐野郎がエレメント持った俺達を殺せるか? 勿論証拠なんざ残さねぇ全て消し炭にしてやる!」
「そして、俺達は大金持ちだ!」
すでに、その大金を手にしたかのように彼等は声を揃えて歓声を上げる。そんな彼等を眺めながら溜め息をつくウォン。
「ウォン様は下がってください。ここは私が・・・」
「いや、その必要はない」
ウォンは穏やかに微笑みながら首を振る。
「彼等は私に用があるのだ。金などのために人殺しを請け負うような低俗な人種だが、自分自身の力で何かを手に入れようとする、未来を切り開こうとする意思はわからないものではない」
その語りは五人に向けられているのではなく、自分自身に言い聞かせるようにも見えた。
「・・・そして、その心意気を無駄にするのは美しさに欠けるものだ。わかるね」
「・・・はぁ」
「そういうわけで、私だけが相手しよう。だから、彼女に手は出さないで欲しい」
そう言って彼等から彼女を守るように右手だけ広げて呼びかける。すると途端に下卑た笑い声が響き渡る。
「構わないぜぇ。どうせ、後で嫌ってほど楽しませてもらうしなぁ!」
刹那、彼等五人の銃口が跳ね上がり、けたたましい銃声が辺り一帯に響き渡った。
「ウォン様!」
叫ぶ彼女の声も続く銃声の中でかき消されてしまう。
そして、ウォンの姿を確認しようにも、マシンガンから吐き出される硝煙のためにままならない。
「そろそろいいか」
煙の向こうで、白のスーツを真紅に変えた姿を思い浮かべながら、リーダー格の男が撃ちかた止めと合図を送る。
「はん、ちょろい仕事だったな」
弾丸を吐き出し尽くしたマシンガンを地面に捨てると彼等の視線が揃ってマゼンダに注がれる。
そして、マゼンダはその視線を怯えた瞳で見返しつつ、煙の向こうに倒れる惨状に言葉を失っていた。
「終わっていませんよ」
・・・わけではない。
「あ?」
それは正に一瞬の出来事だった。
一番端に立っていた男の上半身が、音もなく弾け飛んだのだ。黒手袋に包まれた両手首だけが腕の名残として地面に落ち、残りは真紅の霧となって霧散した。
「・・・え?」
隣に立っていた兵士も何が起こったのか理解できず呆然としている間に、音無き攻撃に身体の中心線を切り裂かれて左右に分かれる。
「な、なにが!」
「ひとつ思うのだが」
不測の事態に動揺し始めた彼等の間へ、唯一平静を保った声が投げ込まれた。そして、その声の主が誰なのか? それを理解した瞬間、視界を遮っていた煙が一斉に吹き散らされた。
「バートン社の支社長ともあろう者が護衛をつけずに出歩くものなのかな? だが、私は君達がいったように、秘書である彼女しか同行させていない。その答えは何か?」
そして、そこには一人の青年が立っている。銃撃の前とまったく変わらない、汚れ一つ無い純白のスーツ姿で。
「その答えは簡単だ。つける必要が無い」
「い、一体何をした!」
ウォンの返事を待つことなく、リーダー格の男はサイドポーチにしまっていた何かを取り出そうとして、
「そういう物は使わないで欲しい。私の街が傷つくからね」
その手が何かを掴み取る前に彼の腕は肩の根元から弾け飛んだ。その身を襲った衝撃に悲鳴を上げる前に、続いた無音で不可視の一撃が彼の首を跳ね飛ばした。これで残るは二人。
「ひ、ひぃ!」
ほんの一瞬で訪れた凶行。それを眉一つ動かさずにやってのけた主は、腰をぬかして動けぬ二人のもとへ歩み寄る。
「ふむ。やはり君達では面白味にかける。ラヴェンダー・C・マクミトン辺りを連れて来れば、もう少しは楽しめただろうに」
「た、たす・・殺…さないで!」
震える声の命乞いに、ウォンは薄く笑って息をつく。
「やったらやり返される。そんな単純なことを理解もせず、自分たちから仕掛けておいて命乞いとは・・・よく言えたものだ」
ウォンの長髪が一瞬揺れたかと思えば、残る二つの命が紅に染まった。ろくに動いていないにもかかわらず二人の身体を同時に八つ裂き。普通に考えるのならば不可能だが、普通ではない方法をウォンは知っていた。
「お怪我は?」
振り返れば、傘を差したマゼンダが彼のかたわらに立っている。彼女の胸元にはまだ子犬が抱かれていた。
「問題ない。それより街の評議長との会談と食事はキャンセルだ。連絡を入れてくれ」
「承知しました」
頷くなり自分の握っていた傘を無理矢理ウォンに握らせると、車の運転席まで走って戻り自動車電話を耳にあて、何やら喋り始める。
ウォンはフッと苦笑して、
「同じ組織に身を置いていても絶えず命を狙われるか。他の神民共は余程暇を持て余しているらしい」
その時視界の端に映る何かがあった。改めてピントを合わせてみれば、それは赤く輝くルビーに似ていた。だが、それが宝石などでないことをウォン自身が一番理解している。
十字路の中心の辺り・・・血の海に沈んだ道路も、降り注ぐ雨で少しずつもとの色に近づきつつある。そして、赤で染まっていた男たちの死体も雨で洗われ、その生々しさに拍車をかけていた。
男達の死体を踏み分け肉塊らの中に手を伸ばす。そして、引き戻される手の中には、血で染めたような真紅の結晶体が握られていた。
「中でも外でも敵だらけ・・・か。困ったものだ。だが、私は変えて見せる。こんなくだらない真似しかできない劣悪な豚共を排除し、新たなる歴史を作らねばならない。例えそれが、今の世界を滅ぼすことになろうとも」
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