一章 鏡
私は酷く沈んでいた。
否、正確に言えば最近の私は四六時中沈んでいる。ただ、今日の私は特に深くに沈んでいた。
理由は単純明快、鏡を見たからである。
起床し、着替え、顔を洗おうかという時に、私は洗面所の鏡に映った己が顔をしかと見てしまった。
何とも抑揚のない顔の中、目だけが切って貼ったように大きい。調和の取れていないという意味では、不細工な顔である。
鏡や写真は昔から苦手だったが、最近は特に酷い。そこに映った普段決して見ることがないはずの自分の顔を見せられると、私はどうにも堪らなくなり、得体の知れない熱さに襲われる。だから、鏡の前で躍起になってひっきりなしに髪型を整えている者達を見る私の目は、異人を見る目になっている。私からすれば、彼らは悉くナルシストであり、決して相容れることの出来ない存在なのである。中学ではそういった行動をする者は揶揄されたものだったのに、高校に入った途端それが当たり前になっていたことには、私は一人愕然としたものだった。
今、私は自分の教室――
昼休みということもあり、教室の中は騒がしい。皆談話し、笑いが途絶えることはない。
私はというと、机の上に突っ伏し、目を閉じていた。眠っている訳ではなく、ただ単に話をする相手がいないだけである。
このクラスになったのは一箇月程前だった。私は教室に生徒の名簿が貼られた時から、何か妙な違和感と胸騒ぎを覚えていた。それが何かはすぐにわかった。皆が皆、別々のクラスだった者達と楽しそうに会話を始めたのだ。私は訳がわからず、一人ぽつねんと教室の隅にいた。後になってわかったのは、クラブ活動や
火清会とはこの青川市の市街地に建つ塾のようなもので、学生に勉強するためのスペースを提供しているらしい。
私はその、既に完成された人間関係の中に入っていくことが出来なかった。自分があまり社交的な人間ではないことは自覚しているが、それでも中学の頃は皆の輪の中に入っていくことが出来た。しかしそれは私の通っていた中学校が、殆ど全員保育園から幼稚園、小学校とずっと一緒だという変わった体質だったからだと、最近は思うようになった。
結局何が言いたいのかといううと、私はクラスでは浮いた存在だということだ。
否、浮いているだけならばまだよかった。
――笑い声。
最近は彼らのあらゆる笑いが、私に対する嘲笑に聞こえてくる。
行き過ぎた考えだと自分でも思うが、どうもそれはあながち間違いでもないようだ。
だから最近は朝早く学校に来るようになった。万が一私の机や机の中に入った教科書等に悪意ある悪戯がされていた場合、他の者達に気付かれる前に対処が出来るようにするためである。
それまでは同じ中学――つまり保育園からずっと同じ――だった腐れ縁、
それが今年、同じクラスになった。
初めの内は変わらずに毎朝待ち合わせ、一緒に自転車で学校に向かった。
しかし四月の末頃、私は直感的に自らのクラスでの立場を感じ取った。私と付き合うことで、桐谷に累が及ぶことだけはどうしても避けたかった。
別に、桐谷を守りたいと思った訳ではない。彼が私と同じ状況に陥り、私のせいだと罵られるのが怖かっただけである。
桐谷がそれを察したかどうかはわからないが、別段何も言うことなく、私達の関係はほぼ崩壊した。
幸い、桐谷は上手くクラスの輪の中に溶け込み、今も後ろの方で楽しそうに笑っている。
その笑い声さえも、私を嘲っているように聞こえる。
いよいよ私も駄目かもしれない。桐谷はそんなことはしない――そう思いたかった。
一際大きく笑いが起こる。
ああ、笑っている連中はきっと私の背中を指差している。クラスも学年も関係なく、皆が私を笑っている。
そんなはずはないと自分に言い聞かす。それでも私の身体は妙な熱さに襲われる。
こんな考えを起こすようになったのはあのサイトを見つけてからだったか――。
そのサイトを見つけたのは、二週間程前だった。
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