第二部 逢魔時のガカイ

終章 黒い海

 海は、汚い。

 少なくとも今見えている範囲の海は、間違いなく汚い。海へと通じる水路にはビニール袋やら空き缶やらペットボトルやらが散乱し、見ているだけで気が滅入る。そういったゴミは波が当たる度に海へと浚われそうになるが、網が張ってあるのでいつまでも水路に留まっている。しかしこのコンクリートで固められた港には、それ以上のゴミが漂っている。

 少年は想起する。中学生の頃、ボランティア――学年全員が強制的に駆り出されたので、そう呼べるかは怪しいが――でこの港に来た時は、それはもう夥しい数のゴミを集めたものだった。散り散りになっているのでよくわからないだけだ。

 やはり、海は汚い。

 海は川と繋がっている。この町の川は、殆ど全てが未だに生活排水を垂れ流しているドブ川である。その汚水が海に流れ込み、汚染していく。見た目だけではない。中身も汚いのだ。

 海は海と繋がっている。ならば遠い異国で流された工業廃液も毒薬も、この海に流れて来ているに違いない。この世界の海に清潔な場所などありはしない。

 だから、海は汚い。

「海、か」

 少年はそう口を開く。海を見ての一言であるようだが、少年の後ろに少女が一人、何だか申し訳なさそうに立っているところを見ると、どうやら彼女に向けての言葉であるらしい。

 陽は沈みかけ、辺りは薄暗い。釣りをする者も、皆自分の家に帰った後である。

 夕暮れ、黄昏、薄暮。あるいは――。

 逢魔時。

 百魅の生ずる時。昼でも夜でもない、曖昧な時間。

 少女は、その模糊たる空気をゆっくりと吸い、吐き出し、少年に訊ねる。

「見つかった方が、いいのかな」

 少年は視軸を海から空に向ける。空は藍に、雲は紅に染まり、茫漠なことこの上ない。

 少年は再び首を下に向ける。少女はそれを首肯と受け取った。

「そう――だよね」

 少女は少年の隣に並び、一歩前に出て海を見る。海の色は暗いこともあってよくわからない。元々この海は昼間晴れている時でも、灰色のようなよくわからない色をしている。ただ、今はどちらかというと黒に近い。

 少女は耳を澄ます。砕ける波の音。少年の深い溜め息。

「明日には浜に上げよう」

 海の中から、そうくぐもった声がした。

「お願い――します」

 そう言って少女は目をつぶり、唇を噛みしめて下を向いた。

 そして海の中には、きっと死体が沈んでいるのだ。

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