今、確かに「自分」を実感している。

 それまでは全てが綯い交ぜになっていた。ただの憎悪の塊で、余計なことなど考えることもなかった。

 自分を認められる。そう、今ここにいる。少年の姿をした、かつての自分の姿とはかけ離れた存在。

 だが、どうあっても、自分は自分だった。

 死を経ても、変わらずあった。名を忘れても、世界が変わっても、自分は変わらなかった。

 それはもう辛かった。世界を認めることが出来ず、周囲の全てを呪った。そして何よりも、死という絶対の地獄の記憶が思い出される度に果てしない苦痛の渦に呑み込まれていった。

 そこでふと思い出す。

 自分は、今から死ぬのだ。

 それまで自我も正気もなかった頭の中に、確かな意識が戻ってきている。身体中から血を流し、もはや指一本も動かすことが出来ない。そのやがて死体へと変わっていく自分の身体を、やけに落ち着いて眺めている自分があった。

 死ぬのは、厭だ。

 死というものを記憶しているこの魂は、何よりも死を忌避している。しかし記憶がある限り押し寄せるその記憶に晒され続ける。

 つまり結局、逃げ道は一つしかなかった。

 もう一度死ぬ。再びあの苦痛を味わった後で、全てを、本当に全てを忘れてしまえばいい。

 その一歩を踏み出す勇気など、あるはずもなかった。あの苦痛をもう一度経験するなど、何があっても絶対に厭だ。

 正気を失っていれば、ひょっとしたら何も考えずに死ねるかとも思った。

 だが、結局は自分を取り戻してしまった。いざ死ぬという時になって、こうして馬鹿げた思考を巡らせている。

 やはり、自分は自分だ。

 思い返せば、こうやって自分を認められていることは昔では考えられなかった。何かの契機で、こうして自分を、そしてそれを取り巻くこの世界を認められたのだった。

 そう、彼女のおかげだ。

 いつも近くにいた。誰よりも自分をわかってくれた。全てを打ち明けることが出来た。

 かけがえのない、たった一人の、何よりも大切な彼女。

 ――会いたい。

 最後に一目でもいい。彼女に会いたかった。

 会えたなら何を語ろう。話すことならいくらでもある。何も考えずに片っ端から話してしまおうか。ああ、そういえば今の自分は声も出せないんだったな。全く、情けない話だ。

 傷だらけの身体に、ふと何かが触れた感覚があった。ただ、今のこの身体にまともな感覚は残っていない。ただの幻想だと切って捨てることも出来たが、今ではもうどうでもよかった。

 耳に声が届く。これもだたの幻聴かもしれない。何よりも甘美な幻だ。

「ロウト」

 ――ああ。

 ただ、そう――酷く懐かしい声が聞こえたような気がした。

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