アイドル候補生の正体

 地元から少し離れた都会での初デートは、俺にたくさんのことを教えてくれた。

 女子の手の小さな感触、女子にプレゼントを渡す時のドキドキ感、UFOキャッチャーですらいつもよりプレッシャーを感じるということ。


 そして、女子の唇の感触……。


 感慨にふけりながら、電車に乗って帰宅し、その後はいつも通りの生活。

 一緒にご飯を食べながら映画の感想などで盛り上がり、リビングでテレビを見て、風呂に入って各自の部屋に戻る。

 だいたい、いつものパターンだ。

 気まずい感じになるよりは、いつも通りがありがたい。


 翌朝になると、またいつものパターン。

 優美がシャワーを浴びている間に、俺が弁当のおかずと朝食を作り、シャワーから出てきた優美が作ったおかずを弁当に盛り付ける。

 朝食を一緒に食べて、制服に着替えて一緒に登校。

 家を出ると、今日は美香が待っていた。

 これも、いつも通りではないがよくあるパターンだ。

 「おはよう」と朝お決まりの挨拶をして、3人で学校に向かう。

 この2人と一緒に学校に向かう時の周りの視線はいつも通りだ。


 「美香は昨日何してたんだ?」


 「うちは、本屋に行って買い物とかして、家に帰ってからはゴロゴロしてたかな。 隼人は何してたん?」


 「俺は、あれだ。 なんかしてたよ」


 「なんか? あんた、昨日の記憶も曖昧なんか?」


 朝から大失敗をしたことに気付いた。

 休み明けでなんとなく聞いてしまったこの話題だが、自分が聞かれることをなぜか全く考えてなかった。

 美香の目が細くなり、何か疑っているような感じだ。

 何か違う話題に変えてしまおう。


 「美香、そういえば、今やってる少女漫画原作の映画知ってるか?」


 「あっ、CMとかでけっこう流れてるやつ?」


 「そうそう! あれがなかなか良くってな。 最後はちょっと切ない感じでハッピーエンドではなかったけど、感動したよ」


 「もう見たの? あれって上映昨日からじゃなかった?」


 「え……?」


 思わず優美に視線を向けたが、小さく頷かれただけだった。

 よし、諦めよう。

 そもそも、隠し事は良くないんだ。

 普通に言えば問題ないんだ。

 デートとか意味深なことを言わずに、普通に映画を見に行ったという事実のみを伝えればいいんだ。


 「あっ、そうそう。 昨日は映画を見に行ったんだ」


 「ひとりで?」


 「いえ、私も行きましたよ。 デートですから」


 「は!? デート!? ど、どういうこと?」


 「休みの日にデートするなんて普通ですよ」


 俺の普通に伝える計画はあっさりと失敗に終わった。

 さっきまで、澄まし顔で横を歩いていた優美が急に会話に入ってきたのだ。

 たまには、タイミングというものを考えてほしい。

 むしろ、悪意的な意味で考えるのをやめてほしい。


 「いや、デートはデートなんだが、漫画制作のために必要なことなんだよ」


 「漫画制作とデートするのと、どう関係あるんよ?」


 「ほ、ほら、少女漫画なんだしデートのシーンとかも出てくるだろ? 経験がないとやっぱり、心境がわからないというか、上手く表現できないかもしれないだろ?」


 デート前日に優美に言われたことを、自分の口に出してみたが、言い訳にしか聞こえないような気がした。


 「一理あるかな? それで、デートは参考になったん?」


 「お、おお、参考になったよ」


 意外と納得させられた。

 たしかに、俺も優美に言われた時はなんか納得してしまったからな。


 「参考になったんだ……。 またそういう参考のためにデートが必要とかならうちも手伝ってあげてもいいかな」


 「そ、そうだな。 その時は、よろしく頼むよ」


 「言っとくけど、漫画制作のためだからね!」


 「あぁ、わかってるよ」


 背中に優美の鞄がぶつかってきた。

 どうやら優美の鞄はご機嫌斜めのようだ。


 学校に着き、教室に入ると教卓の辺りで勇太と数人の男子が騒いでいた。

 朝から元気な奴らだと思いながら、自分の席に鞄を置いて座ると勇太が近づいてきた。


 「おはよう、隼人。 昨日のテレビ見たか?」


 「おはよう。 昨日は、ニュースと夜のバラエティー番組しか見てないな」


 「あなたの町のアイドル候補生を見てないだと……」


 「なんだよ、それ? そんな番組、名前すら聞いたこともないぞ」


 「昨日から始まった番組で、自分の町のかわいい子を番組に推薦して採用されたら、なんと賞金が出るって番組だ。 他薦、自薦は問わず、採用されて番組に出演すれば良いらしい」


 「なるほどな。 で、それがどうした?」


 「昨日出てたんだよ! 俺らと同じ学校の女子が!」


 「へぇ~。 なんていう子? 知ってるやつか?」


 「いや、名前はハンドルネームみたいな感じで本名じゃなかったし、コスプレしてたから特定できてないんだよ」 


 「なんだよ、それ? それじゃあ、本当にここの生徒かわからんだろ?」


 「いや、コスプレしてたこともあり、特集でその子の部屋とかが放送されてたんだが、コスプレ衣装の入っているクローゼットの中が映った時に、ここの制服があったんだよ」 


 「あぁ、なるほどな。 それで、ハンドルネームは?」


 「アテナって名前だ」


 「アテナ……」


 偶然か?

 いや、偶然だろ。

 俺のゲームの中での嫁と同じ名前じゃないか。


 「その子の放送された映像見るか?」


 「あぁ、ちょっと見てみようかな」


 「なんだかんだで、隼人も興味あるんだな」


 「いいから、はやく見せろ」


 勇太が制服のポケットからスマホを取り出して映像を再生してくれた。

 その映像に映っていたのは、俺の知っているアテナだった。

 正確には、俺の知っているアテナのアバターと同じ格好をした女の子だった。 


 間違いない。


 見間違うわけがない。

 このアテナという女の子は間違いなく、俺のゲーム内での嫁の中の人だ。

 まさか、同じ学校だったなんて……。


 しかし、誰なんだろう?

 コスプレをしていて、化粧もしている。

 ウィッグのせいで、本来の髪型もいまいちわからない。


 「待て! 今のところ、もう一回巻き戻してくれ!」


 「なんだよ? いきなり。 今のところなんか衣装しか映ってなかったぞ」


 「いいから、頼む!」


 勇太に巻き戻してもらい、映像をスロー再生してもらった。

 大量のコスプレ衣装の中に、見覚えのある衣装がある。


 白石さんが部活の写真に使っていた、エルフのコスプレ衣装。


 てことは、どうなる?

 白石さんがこの映像の子で、アテナってことか?


 確証はないが、確率は高い。


 聞いてみるか?

 同じクラスで、同じ部活。

 チャンスはいつでもあるはずだ。


 「おい、隼人。 この子が誰かわかったのか?」 


 「いや、全然わからん」


 勇太にばれたら、また騒ぎ出すに違いない。

 それは、白石さんにも迷惑がかかる。


 その瞬間、席は離れているが、白石さんと目があった。  

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